Episode 6-14 人斬りの目

「よう……待っていたぜ、『人斬り』」


 娼館を出てしばらく歩いた裏路地の途中で、男が又三郎に声を掛けた。


 辺りに人影はなかった。男の側には、小柄で耳が長い娘が立っていた。


「お久しぶりね、マタサブロウ」


 娘の方が、遠慮がちに手を振って笑った。


「確か……シャーリィ殿、だったか?」


 いつか又三郎が冒険者ギルドで出会った、エルフの娘だった。


「アンタにちょっと、聞きたいことがあるんだ」


「あっ、ちょっと!」


 シャーリィを軽く脇へ押しのけると、男が一歩前に進み出た。


「俺はロルフっていうんだ、よろしくな」


「ふむ」


 又三郎は、ロルフと名乗った男を一瞥した。おそらく年の頃は、三十を少し過ぎたぐらい。簡素な皮の上着を着ている以外には、防具の類は身に着けていない。武器は右の腰に下げた一本の長剣のみ。長く伸ばした黒髪を後ろで無造作に束ね、整った顔立ちには薄く顎髭を生やしている。


 のんびりと構えているように見えたが、立ち居振る舞いに全く隙が無かった。又三郎の目に、暗い影が落ちた。


「一体何用か」


 又三郎は左足を半歩下げ、身体を半身に構えた。


 ロルフはバツが悪そうに笑うと、ひらひらと左手を振った。


「おいおい、待ってくれ。俺は別に、アンタとやり合う気はねぇよ」


「……」


「本当に、ちょっと聞きたいことがあっただけさ」


「何のことだ」


 又三郎が、つっけんどんに言った。


「アイギルへの街道に出たっていう『鬼』の正体……あれはアンタだな」


 ロルフの言葉は質問ではなく、確認だった。


「どうしてそのようなことを」


 又三郎の問いに、ロルフは左手の人差し指で鼻の頭を掻きながら答えた。


「いやなに、いきなり押しかけて勝手を言って悪いんだが、俺達の仕事の都合ってやつでね……街道に出た『鬼』の正体について、冒険者ギルドへ報告をしなきゃならん」


 又三郎の目が、すっと細くなった。


「何故それがしだと思われた」


「あんな真似が出来そうな奴が、この辺りで他に見当たらなかったからさ」


 ロルフが片方の眉を上げて笑った。


 ロルフはモーファの冒険者ギルドに籍を置いてから随分とたつ。ことモーファにいる冒険者のことであれば、おおよその実力は見当がついた――ここ最近、彼が街を留守にしている間に流れてきた余所者を除いては。


 又三郎が次の言葉を発しようとしたのを、ロルフが機先を制して遮った。


「勘違いしないでくれよ、別にアンタを責めたりしに来た訳じゃない。ただ事実確認がしたかっただけさ」


 そう言うとロルフは、腕を組んで唸った。


「まあ、二十人以上の野盗を一人で斬って捨てたってのは、なかなか大したものだが、一つだけ解せなかったことがある。街道で斬られていた女、ありゃ一体何者だったんだ?」


 星四つ持ちの冒険者達が相手だ。それなりに色々と下調べもされていたのだろう。観念したように、又三郎が息を吐いた。


「野盗に襲われたから、己の身を守った。ただそれだけだ」


 その言葉を聞いて、我が意を得たりと言わんばかりに、ロルフが唇の端を歪めて笑った。


「分かった、ご協力ありがとうよ……ギルドには、街道に『鬼』はいなかったとだけ報告しておこう」


 ロルフの言葉に、又三郎は少し意外そうな顔をした。ロルフが続けた。


「さっきも言っただろ、別にアンタを責めたりしに来た訳じゃないって……所詮は街道で起こった事故だ。街の衛士達の出番って訳でもないし、俺達は街道の安全が確認できれば、それでいいのさ」


「ロルフの言っていることは本当よ」


 隣にいたシャーリィが、そっと合いの手を入れてきた。


隊商キャラバンの護衛が野盗を退治しても、貴方が一人で野盗を退治しても、結果は同じでしょう? まあ、あれだけの数の人間を一人で斬ったって話には、とても驚いたけれども」


 シャーリィの目が、じっと又三郎を見ていた。鮮やかな新緑の色の目は、嘘偽りなどを言っているようには思えなかった。


 又三郎はようやく半身の構えを解き、二人に向き直った。


「用件がそれだけなら、もう行っても良いか」


「ああ、呼び止めて悪かったな」


 又三郎は二人に軽く会釈すると、静かにその場を立ち去った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……やーれやれ。全く、おっかないったらありゃしねぇな」


 又三郎の背中を見送ったロルフが、大きく息を吐いて苦笑した。その隣でシャーリィが、小さく頬を膨らませていた。


「もうっ! ロルフったら、もうちょっと声の掛け方とか、何とかならなかったの?」


 ロルフを一人で又三郎の元へ行かせなくて良かったと、シャーリィは心の底から思った。もしもそのようなことをしていたら、ロルフの性格や言葉遣いから考えると、きっと二人とも只では済まなかったことだろう。


「悪かったよ。でもまあ、やっちまったもんは仕方ねぇだろ」


 そういうとロルフは頭を掻いた。


「あいつ、何やら随分とご機嫌斜めだったみたいだが、そいつを抜きにしても、ああいう奴とはやり合いたくねぇなあ」


 のんびりとそう言ったロルフの額には、微かに汗が滲んでいた。今にも相手を喰い殺しかねない又三郎の暗い眼差しに対峙出来たのは、ひとえに彼の持つ剣腕と胆力の賜物だった。


「一昨日ぐらいだったっけか……街道を出たところで凶状持ちの男が斬り殺されていたのも、おそらくはアイツの仕業だろうさ。ギルドで聞いた話じゃアイツ、まだ星二つの冒険者だって言われていたが、こと人を斬るっていう一点にかけちゃ、アイツは星四つオレたちと十分にタメを張れると思うぜ」


「そうね……あの人のただならぬ気配は、とても恐ろしく感じたけれど」


 シャーリィはそこで言葉を区切り、呟くように言った。


「でも、あの人の目……とても悲しそうだった。一体何があったのかしら?」

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