Episode 5-7 不審

 モーファの街を発ってから、六日目の朝。又三郎はクレアと連れ立って、アイギルの街を後にした。


 たまに隊商キャラバンの列とすれ違う以外には、街道に人通りはなかった。二人はあまり話すことも無く、ただ静かに街道を歩いていく。


 街道を歩く中で、又三郎はクレアの意外な健脚に感心した。たおやかそうな見かけの割には、又三郎の足にも良くついてくる。


 そのことを指摘すると、クレアは「巡礼の旅で、歩くことには慣れています」とほほ笑んだ。クレアを連れての帰路となると、予定よりも少し時間がかかるだろうと思っていたので、又三郎にとってこの予想外はありがたかった。


 アイギルの街を出てから、一日目の晩。手頃な野営場所を見つけた又三郎は、街で買い込んだ保存食で食事を済ませるつもりだったが、クレアは手早く火を起こすと慣れた手つきで持っていた道具を使い、簡単な食事を作ってくれた。


 だが、クレアが勧めてくれたその食事を、又三郎は素気すげ無く断った。


「嫌ですわ、毒なんか入っていませんことよ?」


 クレアはそう言って笑ったが、又三郎が「道中のことを考えると、慣れない食べ物は口にできない」と答えたので、彼女もそれ以上は勧めてこなかった。


 また、又三郎が木の陰にもたれかかり、外套に包まって眠りに就こうとした時には、クレアが静かに又三郎の元へと身体を寄せてきた。


「ところでマタサブロウさん、お金以外の報酬のことなんですけれども」


 クレアの豊かな胸の感触が、又三郎の左腕に軽く当たっていた。彼女の化粧のものであろう甘い香りが漂う。又三郎の耳元を、クレアの吐息がくすぐった。


「大変お恥ずかしいのですが、私、特にこれといった持ち合わせが他にないもので……」


「明日も一日歩くことになる、早く眠られるがよろしかろう」


 それだけ言うと又三郎は、刀を抱いたまま静かに目を閉じた。クレアは一瞬鼻白んだが、やがて又三郎から身体を離すと、そのまま焚火の側で横になった。


 アイギルの街を発ってから、二日目。アイギルとモーファの、ほぼ中間地点。


 そこは街道の中でも、木々が生い茂る森の中だった。珍しく、うっすらとした霧が出ていた。道を行き交う者は他になく、辺りは静寂に包まれている。


 正直なところ、昨夜は流石に熟睡することが出来なかった。そのため、ここまでの道中では身体の節々が少しきしむような感じがしていたし、多少の眠気も禁じ得なかった。


 だが、又三郎は確かに、徐々に周囲を取り囲む殺気を感じ取っていた。身体のきしみも眠気も瞬時に吹き飛び、頭の中で何かがぱちんと音を立てて切り替わった気がした。


「何者か」


 又三郎が誰何すいかすると、霧が漂う森の木陰から、剣を手にした男達が二十人ほど姿を現した。ちょうど前後左右を挟まれた形だった。


 これが噂に聞いていた、野盗の類か――又三郎は腰の刀に手をかけ、クレアに視線を移す。


「はいはい、動くんじゃないよ」


 傍らにいたクレアが、どこかに隠し持っていた短剣を又三郎の首元に突き付けていた。その様子を見て、周りの男達は低く笑っていた。

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