Episode 5-4 アイギルの街

 モーファを発って三日目の朝、又三郎はアイギルの街に着いた。


 道中ではエヴァンズの隊商キャラバンで臨時の護衛役を務めたが、結局のところ何事も無く済んだ。エヴァンズに礼を言い、早速街の冒険者ギルドを探す。


 アイギルは、モーファと同じく活気に溢れた港町だった。潮の香りが風に乗って、又三郎の鼻腔をくすぐる。今の時間、街の一画では朝市のようなものが開かれていて、早朝にもかかわらず大勢の買い物客で賑わっていた。


 この街へ来るまでの道中にエヴァンズから聞いた話では、遠い異国の地からアイギルに運ばれてきた交易品が、モーファを経由してイシュトバール王国の各都市に運ばれ、逆にイシュトバール王国の各地から寄せられた交易品が、モーファを経由してアイギルに運ばれ、諸外国との交易品として輸出されているとのことだった。


 程なくして、又三郎は冒険者ギルドの建物を見つけることが出来た。モーファの冒険者ギルドに負けず劣らずの規模の建物で、武具の類を身に着けた冒険者達が朝早くから建物に出入りしている。


 又三郎は冒険者ギルドの建物に入り、カウンターに座っていた受付嬢の一人に声を掛けた。


「それがしはモーファの冒険者ギルドから、こちらの冒険者ギルドに文書を届けるよう頼まれた者で、大江又三郎と申す。済まぬが文書の受け取り手続きを願いたい」


 又三郎が声をかけた相手は、短めの黒髪に濃褐色の瞳をした娘だった。なかなか愛くるしい顔立ちをしており、左の目じりにある小さな黒子が印象的だった。


 冒険者ギルドの受付嬢は、選考基準の一つとして容姿が重要視されるのだろうか――又三郎は、ふとそんなことを思った。


 黒髪の娘は又三郎から受け取った手紙の封蝋ふうろうの状態を確かめ、封筒の中の文書を取り出し目を通した。やがてその内容を見て得心した娘は、又三郎ににっこりと笑って見せた。


「遠路はるばる足をお運びいただき、お疲れさまでした。モーファの冒険者ギルドからの文書、確かにお受け取りいたしました」


 それから黒髪の娘は、さらさらと何かの文書をしたため、それを新しい封筒に入れて印璽いんじを用いた封蝋を施し、又三郎に差し出した。


「モーファの冒険者ギルドに戻られたら、こちらの文書を窓口の担当者にお渡しください。中には今回届けていただいた文書の受領書が入っています。これを渡していただくことで、貴方がこの度の依頼を無事達成されたことのあかしとなりますので、どうぞ大切にお持ち帰りください」


「相分かった、そうさせていただこう」


 神妙な面持ちで封筒を受け取った又三郎を頭から足元まで眺めた黒髪の娘は、くすりと小さく笑った。奇異の目を向けられることにはすっかり慣れたはずの又三郎だったが、思わず彼女に尋ねた。


「やはりそれがしの見た目が、そんなに気になるかの?」


 又三郎の言葉に、黒髪の娘は少しの間ためらったが、やがて柔らかい笑みを浮かべて言った。


「今回の文書配達の依頼を貴方にお願いしたのは、イザベラという者ですよね?」


「いかにもその通りだが、そなた、イザベラ殿と面識がおありか?」


「彼女と直接お会いしたことはまだありませんが、私達冒険者ギルドの職員同士では、文書のやり取りをする際に、連絡事項の添え書きを付けることが良くあるのです」


 そう言うと、黒髪の娘は一瞬躊躇しながらも、又三郎に一片の紙片を差し出した。


 そこにはイザベラの署名と共に、流麗な筆跡で「急ぎ文書を送付するため、当方より配達人を依頼しました。なお、今回の文書の配達人はちょっと目元が怖くて変わった人ですが、悪い人ではありません。そちらへ到着したら、ギルドの宿で出来るだけ良い部屋を見繕って、二日間までは無料で宿泊させてあげて下さい」と記されていた。


 イザベラの又三郎に対する人物評の部分については、いささか引っかかるものを感じたが、彼女は彼女なりの方法で、又三郎との約束を守ってくれたという訳だ。


「ということで、当館の二階部分がギルド直営の宿となっています。これからお部屋へとご案内いたしますので、まずは旅の疲れを癒してください」


 黒髪の娘は又三郎の前に立って、二階の部屋へと案内した。又三郎は複雑な顔をしながら、黙ってその後に続いた。

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