Episode 5-3 隊商

 街の門をくぐって街道に出ると、行き交う人はまばらになった。時折隊商キャラバンの荷馬車の列や、数人で集まった冒険者達とすれ違うぐらいで、又三郎のような一人旅の者は、まず見かけない。


 うっそうと茂る森が続く風景を見ながら、又三郎は街道を歩いた。又三郎の生きていた世界のように、開かれた街道沿いに茶屋などが見えるわけでもなく、ただひたすら自然の風景が続く。旅をするには、何とも不便な世界だった。


 途中、背後からやってきた隊商の列から、又三郎の背中に声が掛けられた。振り返ると、モーファの荷場で良く顔を見かけた旅の商人が、先頭の荷馬車に乗っていた。


「よう、マタさん。こんなところで一体何をしているんだ?」


「エヴァンズ殿か、久しいな。これから、アイギルの街まで行くところだ」


「おいおい、たった一人でかい? そいつはまた何で?」


 又三郎が簡単に事情を説明すると、エヴァンズと呼ばれた商人は呆れて被りを振った。


「いくら何でも、一人で歩いてアイギルまで行くのは無茶ってもんだ」


「しかし、これも仕事なのでな。仕方が無い」


「ワシらもたまたま、行き先は同じ方向だ。マタさんさえ良かったら、うちの荷馬車に乗っていきな」


 こうして又三郎は、隊商の護衛任務を無報酬で手伝うという条件付きで、思いがけずアイギルまでの往路の足を確保することが出来た。


 モーファからアイギルまで、徒歩で行けば丸三日はかかる道のりだったが、荷馬車で行けば三日目の午前中にはアイギルへ着くことが出来る。


 冒険者ギルドからの依頼では、又三郎に対してアイギルの冒険者ギルドに手紙を届けろと言われただけで、アイギルまでの交通手段についての指定などはなかった。


 モーファの荷場で人足仕事をしていたおかげで、思わぬところで楽をすることが出来そうだ――又三郎は心の中でほくそ笑んだ。


 エヴァンズに案内されて、又三郎は最後尾の荷馬車の荷台に乗った。そこには既に、二人の冒険者達が腰を下ろしていた。二人の雰囲気や身に着けている武具の様子を見る限り、どちらもなかなかに手練れの者らしい。


「エヴァンズの旦那ぁ、こいつは一体何もんだ?」


「アイギルの街まで乗せていく、お前達と同じ護衛役だ」


 そう言って姿を消したエヴァンズの背中を見ながら、一方の男が小さく舌打ちした。


「何が護衛役だよ、ったく。こんな防具も身に着けていない、ひょろっちい文無しを押しつけやがって」


 隊商の最後尾の荷馬車に乗る者は、野盗や山賊に襲われた時の殿しんがり役を務めることが多い。そのため、最後尾に乗せる冒険者には手練れの者をあてがうのが定石だと、又三郎は聞いたことがあった。


 今回エヴァンズが又三郎をこの荷馬車に乗せたのは、又三郎の腕前を見込んでのことなのか、それとも単に他の荷馬車に空きの場所がなかったからなのか。先程「文無し」と揶揄されたのは、防具を買う金も持っていない奴という意味だったのだろう。


「いやおい、ちょっと待て。こいつ……」


 もう一方の男が、又三郎の姿を上から下まで眺め、先の男に小声で耳打ちした。


「なっ……こいつが例の『人斬り』か?」


 男が唾を飲み込む音が、微かに聞こえたような気がした。又三郎は構わず荷馬車の角に腰を下ろし、軽く会釈をした。


「大江又三郎と申す。短い道中の間だが、ご一緒させてもらう。よろしく頼む」


「お、おう」


 最初の男が気まずそうに頷き、隣にいたもう一人は、既に視線を逸らしていた。


 再び荷馬車が動き出した。ゴトゴトという音と振動が、どうにも居心地が悪い。それでも、自らの足でアイギルの街まで歩くよりは遥かに楽なので、文句は言えない。腰の帯に差していた大小の刀を外して手元に抱き、又三郎は静かに目を閉じた。遠い空の彼方から、一羽の鳥が鳴く声が聞こえてきた。

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