Chapter4 街娘の習い事
Episode 4-1 夏の朝
さらに一月、月日が流れた。
真夏の強烈な日差しが、洗濯物を干す又三郎を容赦なく照り付けていた。
講堂からは、子供達に文字の読み書きを教えるナタリーの声が聞こえてくる。ジェフ亡き後は、ナタリーが教会と孤児院の跡を継いでいたため、自然と又三郎が家事に励む時間が増えていた。
「いやー、ここまで洗濯物を干す姿が様になっている男の人って、ちょっと見たことないなぁ」
傍らの木陰ではティナが、ぱたぱたと服の胸元をあおいでいた。モーファの街の夏は、日差しはきついがからりと乾燥しているため、洗濯物もよく乾くし、日陰で風に当たっていればそれほど暑さを感じなくて済む。又三郎が元いた世界の夏とは、随分と異なるものだった。
ティナが教会に戻ってきたのがつい数日前で、戻った当初はまだ真新しいジェフの墓前で、彼女はぼろぼろと涙を流していた。良く見てみると、彼女の目はまだ少し赤いようにも思える。
「でも、今回の件ではマタさんが教会にいてくれて、本当に良かったと思う。ありがとね」
そう言って笑ったティナの笑顔が、又三郎にはとても痛々しく見えた。次の洗濯物を手に取り、広げて干す。
「ところで、さ……この間の話、考えてみてどうだった?」
「この間の話、とは?」
「マタさんが、冒険者になる話」
怪訝な顔をした又三郎に、ティナが白い歯を見せて笑った。
「マタさんぐらい腕が立つ人だったら、荷運びの仕事をしているよりも絶対に向いてると思うんだ、アタシ」
又三郎が、洗濯物を干す手を止めて答えた。
「ナタリー殿が良い顔をしないだろう。それに、この教会をそうそう留守にする訳にもいかぬ」
洗濯物を干し終わったら、次は昼食の下準備の仕事が待っている。ナタリーはそう気にしなくても良いと言ってくれるが、居候の身でただ喰って寝ているだけというのは、何とも心苦しい。
その一方で、人足仕事の口が無くなってしまったのは、又三郎にとって結構な痛手だった。先の一件以来、荷場の監督から「他の人足達が気味悪がっているから」と、やんわりと解雇されてしまったのだ。
たまに街へと買い出しに出る時なども、商店街の店主たちが又三郎を見る面持ちは、何となく硬いように見えた。京の街とは異なり、モーファは人の命が重い街であるようだった。
「その点なら大丈夫だよ。冒険者の仕事ってのは、別にモーファの街の中でもたくさんあるんだから」
「何と、それはまことか?」
意外そうな顔をした又三郎に、ティナが言葉を続けた。
「そりゃまあ、魔物の駆除だとか迷宮の探索だとか、そういった街の外での仕事よりは随分と
「ふむ」
街はずれの小さな教会の台所事情は、依然として余裕があるとは言えない。それに、人足仕事がなくなってしまった今の又三郎の懐具合は、ほとんど空に近い。早急な対策が必要であることに変わりは無かった。
ティナが右手の人差し指を立て、片目をつぶって見せた。
「だから、さ。いっぺん冒険者ギルドに顔を出して、話だけでも聞いてみるってのはどうかな?」
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