Episode 2-4 ささやかな幸福のために

 その次の日の朝には、ティナは再び教会を後にしていた。冒険者の仲間達を街中で待たせており、既に次の仕事の依頼が入っているとのことだった。


 ティナを見送る時のナタリーとジェフの表情は、やはり複雑そうだった。流石に年の功と言うべきか、ジェフはあまりその様子を表に出さなかったが、一方のナタリーはティナに対して、何度も「くれぐれも無茶はしないように」と念押しをしていた。


 一方、子供達はと言えば、これはいつものことだと言わんばかりにあっけらかんとしている子もいれば、歳の小さな子などはティナとの別れを寂しがり、涙ぐむ子もいた。


「マタさーん、みんなのこと、くれぐれもよろしくねー!」


 教会を後にしたティナが道すがら一度だけ振り返り、又三郎に向かって手を振った。


 ただ一時の居候の身であるため、身内同士の別れの場を邪魔しないようにと少し下がって見ていたのだが、どうやら彼女の別れの挨拶の相手には、又三郎も含まれていたようだ。たった数日、短い間しか顔を合わせなかったというのに、又三郎には何とも意外な感じがした。


 その後、又三郎もまた、ティナを追いかけるようにモーファの街へと向かった。今日は人足仕事のある日だった。


 いつものように、荷場の監督の指示に従って荷馬車から積み荷を降ろし、あるいは荷馬車へと積み荷を積んでいく。この仕事を始めた当初こそは足腰が悲鳴を上げていたが、今となっては別段どうということもない。今日も多くの荷馬車が集まり、辺りはとても賑わっている。


 隣で一緒に仕事をしているのは、ロウという名の中年の男だった。又三郎とは違い、ロウはほぼ毎日、この荷場で働いていた。又三郎にとって、街における顔なじみの一人だ。


 ある時、仕事の合間にロウから「結婚しているのか」と尋ねられ、独り身だと答えると、ひどく羨ましがられたことがあった。


 ロウには妻と、四人の子供がいた。妻は四人目の子供を産んで以降、身体が弱くなり、今は生計を助けるために家で細々と内職の真似事をしているが、夫婦二人でいくら働いても、食べていくのが精一杯だとロウはこぼしていた。そして、人足仕事は街にある仕事の中ではまだ給金が良い方だが、年々この仕事を続けていくのが辛くなってきた、とも。


 妻と一緒になったのも、妻との間に四人の子を成したのも、ロウ自身の責任によるものだろう――又三郎はそう思ったが、又三郎のいた世界同様、この世界においても市中の人々の生活は、決して楽ではなかった。


 今日も額から流れ落ちる汗を拭きながら、時々腰をさすっては黙々と積み荷を運ぶロウの後ろ姿に、又三郎は何ともいたたまれない気持ちになった。そして、昨日ティナから聞いた話を思い出し、ふと空を見上げた。


 雲一つなく抜ける青い空が、やけに目に染みた。

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