Episode 2-2 冒険者の娘

 そんなある日、たまたまその日は人足仕事も無く、暇を持て余した又三郎は教会の庭で孤児達と遊んでいたが、そこへふと、一人の女が現れた。


「えーっと……アンタ、誰?」


 又三郎が見た限り、まだ少女と言っても良さげな年頃の若い娘だった。短い栗色の髪、濃褐色の瞳。ナタリーよりも少し年下のように見えるあどけない顔立ちで、やや大きめの目が印象的だ。腰には片手剣、左腕には小さな丸い盾、おそらく革製と思われる胸当てを身に着けている。


 娘の姿は、モーファの街で見かける冒険者の恰好そのものだ。右肩には、何やら大きな頭陀袋ずだぶくろのようなものを提げていた。


 又三郎が誰何すいかするより先に、一緒に遊んでいたミーシャが満面の笑みを浮かべて娘に駆け寄った。


「ティナお姉ちゃん、お帰り!」


「ただいま、ミーシャ。今日も元気そうだね、感心感心」


 ティナと呼ばれた娘はにっこり笑うと、ミーシャの頭を撫でた。他の孤児達も、彼女の周りに集まって歓声を上げていた。どうやら又三郎だけが何も事情を知らず、蚊帳かやの外といった状況だった。


「ティナ殿、と申されたか。それがしは二月ほど前からこの教会で世話になっている、大江又三郎と申す」


 ミーシャが「お帰り」と言ったからには、どうやらこの教会の関係者なのだろう――又三郎はそう考え、ティナに目礼した。


「ふーん。オオエマタサブロウ、ねぇ。随分と変わった名前だね」


 いくら何でも本人を前に失礼だろうと又三郎は思ったが、屈託のない笑みでそう言われてしまうと、不思議と怒る気にもなれない。


 子供達の歓声に気付いたナタリーが、洗濯物を干す手を止めてこちらへとやってきた。


「ナタリー姉、ただいま!」


「おかえりなさい、ティナ」


 ナタリーはティナの顔を見て、喜んでいるような、憮然としているような、複雑そうな表情を浮かべていた。ティナはぐいっと、右肩に下げていた頭陀袋をナタリーに差し出した。


「はい、これ。今回のおみやげ」


「いつもありがとう……でも、私が一番嬉しいのは、あなたが無事に帰ってきてくれることよ?」


「またその話? もう、ナタリー姉は相変わらず心配性だなぁ。アタシのことだったら大丈夫だってば」


「あのねぇ。あなたが普通の暮らしをしてくれていれば、私だってあなたに心配性だなんて言われるようなことは……って、あら嫌だわ」


 又三郎の視線に気づいたナタリーが、思わず赤面した。


「あの、この子はティナ、以前はこの教会で一緒に暮らしていた子なんです。ティナ、こちらはマタさんよ」


「ああ、うん。この人の名前は、さっき教えてもらったよ。よろしくね、マタさん」


 ティナが手袋を脱いだ右手を差し出した。


 最初はその意味が分からなかったが、又三郎は以前に土方副長から、西洋の挨拶として「握手」というものがあると聞いたことを思い出した。


 慣れない手付きで又三郎はその手を握り返したが、その時ティナが一瞬意外そうな表情をしたのを見逃さなかった。


「ティナ、とりあえず自分の部屋に戻って、その身に着けているものも全部外してきて。それから、お父さんにも挨拶してきなさい」


「はーい」


 ティナは勝手知ったる我が家といった様子で、教会の中へと入っていった。子供達もまた、ティナの後ろをぞろぞろとついていく。


「ごめんなさい、マタさん。この袋を炊事場に運んでおいていただけますか? 私はまだ、洗濯物を干すのが途中なもので」


「ああ、お安い御用だ」


 ナタリーが両手で抱えていた頭陀袋は、見た目に比べてかなり重いものだった。袋の口を開けてみると、中には加工肉やチーズ、菓子など、食べ物の類がぎっしりと詰まっていた。


 この袋を片手で軽々と持っていたティナは、細身の割には案外力が強いのかも知れない――又三郎は袋の口を縛り直すと、頭陀袋をひょいと片手に持ち上げて炊事場へと向かった。

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