Chapter2 穏やかな日々

Episode 2-1 新たな生活

 それから更に、一月が過ぎた。この世界のこよみでは、春が終わって初夏へと差し掛かろうとしている。


 モーファの街に出かけたあの日から、又三郎の生活は少しずつ変わっていった。


 まず、教会での家事手伝いの合間を見ながら、モーファの街で人足仕事に就くようになった。モーファの街は多くの商人が行き交う要衝の地であるため、荷馬車から荷馬車へ積み荷を移し替えるための人手は、いくらあっても困るものではなかった。そこで、荷場の監督と交渉した結果、隊商キャラバンの荷の積み下ろしの仕事を貰うことが出来た。


 幸いなことに、やや細身ではあるが比較的身体が頑健だった又三郎にとっては、人足仕事はそれほど苦にならなかった。労働の対価を日銭で貰えることも、又三郎にとっては好都合だった。


 荷馬車の荷の積み下ろしをしていると、冒険者と呼ばれる者達を目にする機会が自然と多くなった。彼らの仕事の中には、隊商の護衛といったものも含まれていたからだ。


 人足仕事をする中で、時間に余裕が有る時には冒険者の中でも比較的話がしやすそうな者を相手に選び、冒険者の仕事について聞くこともあった。


 彼らの話によると、隊商の護衛以外にも古い遺構の発掘作業や「魔物」と呼ばれる生物の討伐など、様々な仕事を請け負っているとのことで、自分が生きていた世界における万事屋よろずや稼業のようなものであると又三郎は理解した。


 冒険者の給金は、人足仕事のそれに比べると格段と高かった。とはいえ、時には命を賭けて仕事をこなす必要もあるため、それを思えば命の値段として、その金額が妥当なものかどうか疑わしいと思うこともあるらしい。


 新選組の平隊士の月給はおおむね四両から五両、一番高い者で十両。これもまた、いつ命を落とすかも知れない仕事の給金として妥当なものかと考えたこともあったが、その一方で会津藩預かりの元、京の町の治安を守るというやりがいのようなものはあったと思う。ナタリーとの約束もあった手前、冒険者という仕事に就くつもりは又三郎には無かった。


 人足仕事で稼いだ金は、又三郎にはこれといって何かに使う予定もなかったため、そのほとんどを教会に納めていた。ナタリーもジェフも、最初の頃はそのような気遣いは無用だと言って受け取ろうとしなかったが、世話になっている礼金ではなく、あくまでも六人の孤児達のための金だと言うと、しぶしぶながら、しかし丁重な礼をもって受け取ってくれるようになった。


 新選組に居た頃は斬った斬られたの毎日で、なかなか気が抜けない日々を過ごしていたが、このような生活も悪くはない――日々汗を流しながら、又三郎はつくづくそう思った。


 また、この頃の又三郎は、まげを結うのを止めていた。


 こちらの世界に来た当初の頃こそ、これまでの習慣として毎日月代さかやきを剃り髷を結っていたが、この世界には髷を結う髪結い師がいないため、自分一人ではなかなかうまく髷を結うことが出来なかったし、モーファの街で働く上で髷姿は非常に目立っていたため、郷に入っては郷に従えの心構えに落ち着いた。


 髷を結うのを止めるようになった最初の頃こそ、中途半端におかしな髪形になってしまい、教会の孤児達や人足仲間達にも笑われることが多かったが、ある程度髪の長さが揃ってくると、次第に髪形のことを指摘されることもなくなった。


「以前のマタさんも決して悪くなかったですが、今のマタさんはとても素敵ですよ」


 ナタリーにもそう言われたことがあったが、今いるこの世界には武士の習慣なども存在しない訳であるし、まだ多少の違和感は残っていたが、これはこれで別に構わないだろうと思った。


 人足としてモーファの街で働くようになってから、少しずつ教会の人達以外の知り合いが増えるようにもなった。商人や人足仲間達はもちろんのこと、表通りに並ぶ店の主人達や、教会の近所の農家の者達とも、又三郎は挨拶を交わすようになっていた。


 これについてはジェフの名前が、少なからず又三郎にとって良い影響を与えていた。決して裕福ではないものの、街はずれで六人の孤児達を育てているジェフは、モーファの街では多くの人から好意的に見られている人物の一人であり、「あのジェフが面倒を見ている者であれば」ということで、どこからどう見ても余所者の又三郎に対する警戒心を解いてくれる者が、意外に少なくなかった。


 同じ余所者に対する扱いでも、「壬生浪みぶろ」と呼ばれ忌み嫌われることが多かった頃とは大違いだった。日頃の行いは大切だと、又三郎はしみじみ思った。

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