Episode 1-4 モーファの街へ

 その日の昼、又三郎はモーファの街に出てみることにした。ナタリーとジェフには、夜までには戻るつもりだと伝えておいた。


 久しぶりに、羽織袴はおりはかまを身に着けた。やはり着慣れた衣類の方が、何かと動きやすく性に合っていた。ところどころにあったほつれや破れは、全て綺麗に修繕がなされていた。


 大小の刀は差さなかった。教会から外に出るのは今日が初めてで、街の様子などが全く分からなかったからだ。もしもこの世界が、帯刀が当たり前ではない世界だった場合、いらぬ誤解や詮索を招くことにもなりかねない。


 これまでは日常的に身に着けていたものが手元に無いことに、多少の不安を感じなくもなかったが、幸い又三郎には柔術の心得があった。それでも、いざ何かが起こった時には、下手な抵抗をするよりも、その場を逃げ出す方が得策だろうと又三郎は思った。


 街に出てみると、又三郎は大いに驚き、そして少々拍子抜けした。街の表通りを数多くの荷馬車が行き交い、あちらこちらで商人達が大声を張り上げ、商いをしている。商人の街として知られる大坂もかくやと言わんばかりの勢いだ。


 街を行き交う人々の中には、様々な武具を身に着けている者も少なからずいた。いずれも西洋風の造りで、剣は言うに及ばず、斧や槍、弓なども見える。どこかで戦でも始まるのだろうかと又三郎はいぶかしんだが、彼らはごく普通の感覚で武具の類を身に着けているようだった。


 何よりも驚いたのは、細長く耳の尖った男女や、背丈は子供よりも少し高いぐらいなのに立派な髭を蓄えた筋骨隆々の者、その者達よりも更に背丈が低く、まるで子供のような大人が、ちらほらと普通に街の往来に行き交っていたことだった。


女将おかみ、相すまぬ。この町では、あの者達のように武器や防具を身に着けて歩くのは普通のことなのか? それに、あの耳長の者や髭の小人、更に小さい小人のような者達は一体何者だ?」


 軽く目まいを覚えた又三郎は、近くにいた露天商の女を捕まえて尋ねた。


「はあ? アンタ、一体どこの田舎から出てきたんだい? それにアンタのその恰好、一体何だいそりゃ?」


 露天商の女は、呆れた声と態度で臆面もなく言った。その声の大きさもあってか、辺りを行き交う者達の視線が又三郎に集まる。


「あの連中は『冒険者』なんだから、武器や防具ぐらい持っていて当たり前だろう? それにアンタ、エルフやドワーフ、ハーフリングを見たことが無いのかい?」


「女将、冒険者とは一体どのような身分の者か? それに、えるふにどわあふ、はあふりんぐとは何だ?」


 目を白黒させる又三郎に、露天商の女は商売の邪魔をするなとばかり、面倒臭そうにひらひらとてのひらを振った。


 辺りを行き交う人々は、武具の類を身に着けた者達や、明らかに人間とは違う特徴を持つ者達の姿を目にしても、皆平然としている。


 一体ここはどのような世界なのか――初めて目にした光景の数々に、又三郎は無貌むぼうを恨めしく思った。

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