Episode 1-3 模索

「ナタリー殿。少し相談と、お聞きしたいことがあるのだが」


 その日の朝食を終えたあと、又三郎は炊事場で食器を洗いながら、隣で洗い終わった食器の拭き上げをしているナタリーに声を掛けた。


 新選組は男所帯だったため、炊事や洗濯などは手慣れたものだった。今はナタリーと二人きりで、離れの講堂の方からは、子供達に文字の読み書きを教えるジェフの声が聞こえてくる。


「はい、マタさん、何でしょうか?」


「それがしはここ一月ほどの間、この教会で世話になっている。正直なところ、今はまだ行く宛てが無くて困っているのだが、ただ世話になりっぱなしというのも流石に心苦しい。例えば何かこう、それがしでも日銭を稼げるような仕事などはどこかにあるまいか?」


 ナタリーは最初こそ食器を拭く手を止め、呆気に取られて目を丸くしていたが、ややあって又三郎の言葉の意味を理解し、小さく笑った。無貌のそれとは全く違う、仕事で荒れた白く細い手が、又三郎にはひどくもの悲しく見えた。


「マタさん、貴方はそのようなことを気にしなくても良いのですよ。ここは生きることに困っている人を救い、生きる道に迷える人を救う教会です。どうかご安心下さい」


「む、そう言われてもな」


「それに、マタさんはこうやって私や父の仕事を手伝ってくれています。そういう仕事に就いているか、よほどのことが無い限り、普通男の人は炊事場で食器洗いなどしないものです。それだけでも、少なくとも私は大変助かっていますよ」


 そう言われて、水に濡れた手で頭を掻く又三郎の姿が、ナタリーには随分と微笑ましく感じられる。


 何より、又三郎の目が良かった。少し目元が険しいが、その奥にある瞳は、まるで深く澄んだ湖のようだ――ふとそんなことを考えていた自分に気が付き、ナタリーは少しばつが悪くなった。


「それで、もう一つ。お聞きになりたいこととは?」


「うむ、そうだな」


 軽く咳ばらいをして、又三郎は次の食器に手を伸ばした。


「それがしがどこから来た何者なのか……ジェフ殿もそうだが、ナタリー殿はそのことについて、あれこれと詮索をしてこられないのだな」


 又三郎のその言葉に、ナタリーは思わず小さく噴き出した。


「あら、大層改まってマタさんがお聞きになりたかったことって、そんなことですか?」


「そんなこと、ではないだろう……それがしがこう言うのもなんだが、随分と不用心なのではないか、それは」


 普通に考えれば、得体の知れない行き倒れの男を助け、そう短くはない期間寝食を共にするというのは、特に若い娘がいる家ですることではないはずだ。


 又三郎が洗った食器を次々と拭き上げながら、ナタリーは少しおどけるように笑ってみせた。


「それはまあ、初めてマタさんを見た時には、とても驚きましたよ。見たこともない変わった髪形だし、服装も変わっていたし、何より二本も剣を持っておられましたし。ひょっとして、食い詰めて山から下りてきた山賊の一味だろうかって、父とも話をしていました」


 まあ、そう言われても致し方がないだろう――ナタリーやジェフ、教会の孤児達の格好と自分の恰好を思い比べ、又三郎は苦笑した。


「でも、マタさんが目を覚まして初めて言葉を交わした時、そんな疑問は消えてしまいました。マタさんは、見た目や言葉遣いはちょっと変わっているけれども、普通にお話ができる普通の方ですよ」


「そう言ってもらえるのは、正直助かる」


「だったら、それ以上のことは、少なくとも今はまだ良いのです。マタさんがこの教会に来られたのも、きっとエスターシャ様のお導きだったのでしょう。マタさんがどこから来られた誰なのか……いずれはお聞きする時が来るかも知れませんが。それとも、何かマタさんの方からお話ししたいことでも?」


 ナタリーにそう言われ、又三郎はしばしの間考え込んだが、その先を口にするのは止めた。自分がこことは違う世界で一度死んだ身であることや、この世界に来るまでの無貌むぼうとのやり取りのことなど、話してみたところで到底信じてもらえるとは思えなかった。

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