第3話 奔走の色
人食い沼に着いたアルドの傍らにはサイラスがいた。人食い沼について話を聞こうと、おそらくは仲間の誰より人食い沼に詳しいサイラスについてきてもらったのだ。
「サイラスは不思議な色の結晶を落とす魔物について心当たりないか?」
「うむ、拙者にもさっぱりでござる。ただ柔らかい身体の魔物というのはこの沼一体に生息しているスライムで間違いないでござろうから、見たことのない色のスライムとやらを探すのが最善でござろう。」
「そうだな、地道にスライムを探そう。」
珍しいスライムを探し始めたアルドとサイラスだが、出てくるのはいつもと変わらない見た目のスライムばかり、赤青赤赤緑青青青緑緑…。本当に不思議な色のスライムなど存在するのか、逸話だけの伝承上の存在ではないか、と思わず考えてしまうほど途方もない数のスライムを倒し、二人の顔に疲れの色が見えてきても、スライムの色は変わらない。青青緑赤青緑赤赤……赤青赤緑青黄…………黄⁉
何気なく見逃しそうになったが、そこにいたのはまごうことない黄色の身体を持ったスライムだった。突然の出逢いにアルドはひどく驚き、大声でサイラスを呼んだ。
「見てくれサイラス!黄色のスライムだ!今まで黄色のスライムなんて見たことないよな?」
「うむ、拙者も初めて見たでござる。あれが
「よし、あいつを倒して結晶を手に入れるぞ!」
黄色のスライムとそれを守るように囲んでいた三色のスライムを倒したが黄色のスライムも結晶を落とすことはなく、アルドたちは途方にくれていた。
「このスライムも結晶を落とさなかったな…、珍しい色のスライムが唯一の手がかりだったのにこれじゃあ完全に行き詰ったな…。一旦IDAスクールに戻って新しい手がかりがないか聞いてみるか……。」
為すすべなく、アルドが人食い沼を後にしようとした時、サイラスの慌てた声が人食い沼に響き渡った。
「ア、アルド!見るでござる!先刻倒したスライムたちの核が動いているでござる!」
サイラスが指さす方向を見ると先ほど倒した四色のスライムの核が互いに引き合うように動き始めていた。
「な、なんだ⁉何が起きてるんだ⁉」
戸惑うアルドを気にも留めず四色のスライムの核が混ざり合って融合していく。四つが三つに、三つが二つに、二つが一つに、融合が進むほどに核を覆う光が強まり、その光はやがて周囲を覆いつくした。光が次第に弱くなり、ようやく視界が戻ってきたとき、そこに先ほどまでの核はなかった。そこには一匹のスライムがいた。その身体の中には何色とも言い難い奇妙な色が渦巻いていて、その姿からは異様なオーラが漂っていた。アルドはこいつこそが例の結晶を落とすスライムだとその姿を見ただけで確信した。
「間違いない、こいつが結晶を落とす魔物だ!いくぞサイラス!」
アルドはすぐさま剣を抜き戦おうとした。しかし肝心のスライムはアルドたちに背を向けて逃げようとしていた。
「まずい!すぐに追いかけないと!」
必死に追いかけるアルドとサイラス。だがスライムは明らかに他の個体より素早く、なかなか距離を詰められなかった。追いかけている途中、スライムの前方に数匹普通の色をしたスライムが現れた。しかし、奇妙な色のスライムはスピードを弱めることなく、スライムの一団と激突!……とはならなかった。激突するかに見えたその瞬間身体同士が触れ合ったところから、スライムの一団は吸収されてしまった。
「あいつ、仲間のスライムを体内に取り組んでるのか⁉それになんだか少し身体が大きくなったような……。」
「まずいでござるぞアルド、このまま他のスライムを吸収し続け巨大化し続けてしまったら、拙者たちでは太刀打ちできなくなってしまうでござる!」
「ああ、何とかしてすぐ追いつくぞ!」
その後も追いかけっこは続いた。スライムは逃げながらも周囲のスライムたちをどんどん吸収し、その身体をより大きく変化させていった。幸い身体が大きくなるにつれて素早さは失われ、アルドとサイラスは少しづつスライムとの距離を詰めていった。遂にあと一歩のところまで追いついたその時、巨大化したことで勝ち目があると考えたのか、スライムの方がアルドとサイラスに向き直った。
「追いつけないうちにすっかり大きくなっちゃったな。来るぞ!サイラス!」
「うむ、迎え撃つでござる!アルド!相手は何から何まで謎の存在、気をつけて戦うでござるぞ!」
巨大な見た目に違わぬパワーに押されながらも、アルドたちは何とか巨大スライムを倒した。
「これが『百一日の涙』か…。巨大化したスライムと同じで不思議な感じだなあ。それにしてもまさか倒したスライムたちから新しいスライムが生まれるなんて驚いたな。それに他のスライムを吸収して巨大化するなんて。」
「うむ、生い立ちから何から驚くことばかりでござったな。今までも多少大きなスライムと戦うことはあったでござるが、あそこまでの大きさと威圧感、まるで四大精霊のようでござった。なにはともあれ、目的のものが見つかってよかったでござる。」
アルドは安堵の表情を浮かべて頷いた。
「ああ、これで全力でIDEAに協力できるよ。早速IDAスクールに戻ってあの先生にこの結晶を渡さないとな。」
IDAスクールに戻ってきたアルドは一目散に男性教師の研究室に向かった。研究室に入ってきたアルドを見て男性教師は困ったような表情を浮かべた。
「どうしたんだい、こんなに早くここにくるなんて。申し訳ないけどまだ有益な情報は見つかっていないんだ。どの文献を読んでも宝石を手にした男女の物語ばかりで宝石そのものの出どころについては言及されていなくてね。一番多いのは怪しい行商人から買い取るっていうパターンなんだけど、この文献における情報だけから行商人がどの地域から流れ着いたのかなどを推定して宝石の出どころにたどり着くのは気が遠くなるような労力をもってしても難しいし、ほかのアプローチにしても…………」
頭を抱えながら
「ちょっと待ってくれ、俺は情報をもらいに来たわけじゃないぞ。ほら見てくれ、結晶を手に入れたから持って来たんだ。この結晶があんたの言っていた『百一日の涙』で間違いないか?」
結晶を目の前にした男性教員の身体が震えだした。
「こ…こ…これだああああああああ!まさか!実在するかも定かではなかったものを!あの逸話だけを頼りに!この短期間で見つけてくるだなんて!君本当は超一流のトレジャーハンターか何かなんじゃないかい!これだよこれ!いくつか検証は必要だけど、そんな科学的裏付けが無くとも、この輝きを一目見ただけで確信したよ!これこそ『百一日の涙』だ!」
「本当か!これで違うって言われたらどうしようかと思っていたんだ。そんなに喜んでもらえるなら俺も見つけたかいがあるよ!」
「君にはいくら感謝しても感謝しきれないよ!本当にありがとう!」
「それじゃあ俺はもう行くよ。彼女への贈り物、うまくいくと良いな。」
「ああ、君の厚意を絶対に無駄にしないように僕も頑張るよ!」
研究室を出たアルドは緊張の糸が切れたように息を吐いた。
「ふぅ、とりあえずこれでひと段落だな。とはいえのんびりもしてられないからな、すぐにIDEA作戦室に行こう。」
すぐに気持ちを切り替えて、アルドはIDEA作戦室を目指し歩き出した。
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