第5話『慢性的な人手不足』
「ああ、ミラージュさん。お久しぶりです、この前はどうもぉ」
「あら、ルテナ様でしたか。今度はどんな面倒事を運び込んできたんです?毎度毎度あなたは何でも首を突っ込んでしまうんですから。巻き込まれるこちらの身にもなってくださいよ」
「アハッ申し訳ないです、なぜか迷い込みを見つける頻度が高くてですね……。本当にこれは自分でも不思議です、誰彼構わず人に声をかけるような性格をしてないんですがね。偶然向かった先にいるんですよ。いやーほんとコマッチャウ」
知り合い……みたいだな、なんとなく親しげだし。というかこいつルテナなんていう素敵な名前してんのか。本人から名前を聞く前に聞いてしまったとかそういうことは置いといて、ルテナってのは可愛い女の子の名前じゃないのか?
お前みたいな、ちょっとばかし外見がいい普通の男がしてる名前じゃないだろ……ってこれは偏見か、そういうのよくないよな。俺は偏見で物を語る人間が大嫌いだ。危うくなりかけたな、危ない危ない。
ルテナ、いい名前だな!お前に合ってるよ!と、誰にも求められていない弁解を心の中でかましてみる。
「それで今回も、“迷い込み”ですか?」
「はい、そーらしいです。今回はちゃんと確認したんですよ、だから怒んないでいただけると嬉しーです」
「“ちゃんとした”迷い込みさんですね。信じますよ?では……承りました。ご連絡は後ほどさせていただきます」
「はーい「ちょっと待ってくれよ!!」」
「ん?」「はい?」
「なんか物事がトントン拍子で進んでるけど……俺には何も知らされないのか?俺がこの先この迷い込み管理所で何をするのか、とかそれ以外の道はないのか、とかそういう軽くでも打ち合わせ的なものはないのかよ」
「ないですね、残念ながら。迷い込みの方は絶対数がそれほど多くありません。だからこそ、一人一人に丁寧な対応がなされるはずですが、絶対数があまりにも少なすぎるが故に、迷い込みを専門で扱う担当の部署がそもそも作られてはいないのです。なくなってしまった、というのが正しいのでしょうが。現状、他の部署のものが臨時で迷い込みの相談を受け付けるといった形をとっております。つまり“迷い込み管理所”と言う名前を謳っておきながら名前に沿った活動はしていなかったという訳です」
まるで完璧に考えられた台詞のような、今とっさに考えたのが嘘のように思える、無駄が省かれた簡潔に内容が伝わる言葉だった。俺と同じ立場にあった人間から、全く同じ質問を何回もされてきたことが伺えた。それほどに定型文化したセリフだった。
とはいえ、それに圧倒されて本来の目的を見失うわけにはいかない。だって俺の今後に関わる事なのだから。
「でも教えてくれるのが筋ってもんだろう?仮にも俺は、ついさっき異世界に迷い込んできた、不安で仕方ない一般市民なんだぞ。もう少しくらい労ってくれたっていいじゃないか」
「それもそうですね、確かに今までの対応は冷たすぎました。思いやりのかけらもないひどく残忍な行為であったことを認め、心からお詫びを申し上げます。ではご質問にお答え致しますね」
所々に薄っぺらさを感じる謝罪の意を全く感じ取れないセリフ……。このミラージュさんとやらただのいい人ではなさそうだ。そりゃそうか、ルテナと仲良くしてるんだ。まともな人間だと思わない方がいいだろう。なんてたってルテナは用心に用心を重ねたと言えど、偶然出会った俺にナイフを何回も突き刺したんだからな。正気の沙汰とは思えない。
「まず迷い込み管理所で何をするのか、でしたね。この迷い込み管理所は慢性的な人手不足に悩まされています。そこで迷い込んで来られた方の住居と仕事を保証するために、あくまで体裁を取り繕うためだけに、この迷い込み管理所で雇わせて頂いております。このままいけば貴方様はこの迷い込み管理所で社畜と化すでしょう」
「……それは嫌だな」
「次に他の選択肢はないのかでしたね、ないことはありません。つまり、あります。ですが何回も言うようですが、この迷い込み管理所は慢性的な人手不足に悩まされています。できるならば、その事実を知らずに、こちらの職場で一生働いてもらうことが最善の策、我々にとって最善策です。他の方には聞かれなかったので言ってきませんでしたが、聞かれたので仕方ありませんね。この世界に迷い込んできたかたには社畜と化す以外に、ゼファーを目指すという選択肢があります。ただこの選択肢はあるとは言っても、結局のところ死ぬか死ぬか。死の選択肢が増えただけなので救いにはならないと思うんですが」
「ゼファー……、ルテナが目指しているものか」
とはいえそうか……。
俺はこの世界でも簡単に自由になることはできないのか。
だってそういうことだろう?選択肢が用意されているんだ。つまりは、選べるものに制限があるということ。そんなの自由じゃない……少なくとも俺の望んでいたものには程遠い。
やっぱり完全に自由の世界なんてないだろうな。存在する世界が変わったからといって、所詮人間が暮らす同じような世界。法律や社会の構造が似ていたってそう驚くことでもなかったのに、何を期待していたんだ俺は。なぜ自分勝手に生きていけると思っていたんだ。
「あの、どうかしましたか。何かお気に障ることでも?事実を述べたまで、だったんですが」
「ああ、ごめん。俺のこと。俺自身の中で決着をつけなきゃいけなかった甘ったれた気持ちを、軽く、本当に軽くだけど整理してた」
「ふーん、君って意外と色々抱えて生きてる人間だったんだね。何驚いた顔してんの?それくらいわかるよ、君わかりやすいし。しかもそれは、無意識に出ちゃってるってよりは、どっちかと言うと……気づいて欲しくて自分から出してる感じかな。当たった?」
最悪だ……こいつ。人類史上最低最悪な人間だ。普通わかるだろう、この人のここは触っちゃいけないとこだなってことぐらい。そっとしておいておくべきだって言う“とこ”が人の心にあることくらい。
それはもう、無遠慮に熟慮もなく適当に踏み荒らしていきやがって……いや踏み荒らすというよりを暴き出すという感じだな。とにかくこいつには俺の本心を隠し通すようにしないと……。そうでないと、いろんな言われたくないことを全て見透かされそうだ。
「ハハッ、意外と可愛いね君。君のこと少し好きになったよ」
「ああ、そうかよ。全くもって気が合わないな、俺はお前のことがだいぶ嫌いになった。それはもう、こっから先何をやっても取り返しがつかないレベルぐらいにはな」
「そー、残念。で?結局キミはどっちを選ぶの?ここまで来たら、どちらかを選ぶしかできないよ。まあそうでなくとも、君に与えられた選択肢なんて限られていたんだけれど。好きな方を選ぶといい。アドバイスをしておくとね…………、より辛い方を選んだ方がいいらしいよ。それが君の本当に行きたい道だからって。俺の愛犬シュナイダー・シルビアンが言ってた」
「どんな犬だよっ!!達観してるな!!俺の人生の先生になってほしいわっ!!」
こんな俺でも一応元の世界では優等生やってたんだ。たとえそれが仮面をつけた俺であっても。だから犬に諭されるのは少し……いや大分気に障ることもないかもしれない。
それにしても、辛い方か……。
俺にとってどちらが辛いのか。
改めて聞かれると、よくわからないと答えるしかない。どちらもぼんやりとしたイメージでしかないというのもあるだろうけれど、向こうの世界で何かずっと大切なものを拾い忘れてきたんだろうな、きっと。
自分の感情が、自分の感情の形が、その輪郭が、曖昧すぎて捉えられない。
自分を押し殺して生きてきたからこそ今となってはもう自分の欲求さえよく分からない。
それもこれも、全ては、楽をしようとした俺の責任だ。
今度こそは順風満帆に生きてやろうじゃないの @KKOOKK
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