第4話『迷い込み管理所』

 ただ何の考えもなしに、前方をスタスタと歩いていくアイツに着いていく。誰かの後を追っている時って頭の中空っぽになっちまうよな。ご多分に漏れず俺もその中の一人だったわけだ。


 「なあ、その迷い込み管理所ってのはどれぐらいで着くんだ?しばらくかかるんだったら、ここで一旦今の俺の状況を整理して伝えておきたいんだが……読者に」

 

 「残念ながらそんな時間はないなぁ。もう着いちゃったから。ここだよ、見える?」


 指を刺された方を向いてみる。

 しばらくコイツの背中を見ていたから、周りの景色なんて視界に一ミリたりとも入っていなかった。だから、街並みなんか当然記憶になくて突然そこに現れたものにただ驚くしかなかった。


 それは『ただの管理所』と言うには豪華すぎる建造物だった。まるでどこかの貴族の屋敷のような建物が堂々とそびえたっていたのだ。


 「うわー、これは若干……」


 「若干、なんだよ?」


 「……引く。俺の今の気持ちを包み隠さず、開けっぴろげに表現するとしたらドン引きという言葉が一番合っているな」 


 「普通だねぇ、リアクションが驚くほど普通。普通すぎて逆に印象に残っちゃうぐらい普通だよ、君。あー僕今何回普通って言っただろ、だいぶ言ったよね。ここに来た迷い込みの人間たちはみんなそうやって外観にドン引きするの。ほらやっぱりこの管理所豪勢な作りしてるから。どっかの誰かのなんとかっていうお偉いさんがね、全財力を使って作ったんだってバカだよねー。公共のものなんて国に任せとけばいいのに自分で作っちゃうなんて」


 「一人の財力でこんなものが作れるものなのか?!いや世界にはやっぱり異次元なお金持ちというものがいるんだな……。俺の身の回りには明らかにいなかったけど」


 「当たり前でしょ、そんなの。君自身普通の家庭で、普通に暮らして、普通に勉強して、普通に生きてきたんだからそこに普通じゃないものなんて紛れ込むわけないじゃないか」


 「さっきからそんなに俺を普通普通って……。じゃあお前は普通じゃないって言うのかよ。大概の人間が平凡に生きてるだろ」


 「僕?僕は少なくとも普通ではないよ、僕の素性聞きたい?でもなぁ、この色のない世界に来て間もない君が僕の肩書きを聞いたって、ふーん、くらいのリアクションが関の山だし言いたくないなあ。もうちょっと君が知識をつけて僕の肩書きを羨望の目で見れるレベルの人間になったら、教えてあげてもいいけど」


 「お前そんなに地位の高い人間なのか?さっき才能ないのかとか言って落ち込んでたじゃないか。どうせどっかの聞いたこともないような兵隊の歩兵ぐらいじゃないのか」


 「……全く違うね。歩兵を羨望の目で見る人間なんて存在するわけないだろう。しかもこの国には……この世界の人には、人間VS人間をしている余裕なんてないんだよ。だから兵隊なんてもの存在しないし。全て、それより脅威の存在がいるからなんだよね。彼らに対抗する時兵隊何て言うものは無力そのものなんだ。もうここまで言えば分かると思うけど、それはね僕が最初に言った妖怪というものだよ。そして彼らに対抗しうるのは、歩兵でも、騎士でもなく、僕が目指しているもの。簡単に言うと妖怪退治屋で、この国の言葉で言うと“ゼファー”と言うんだ。あーあ、つい勢いに任せて言ってしまったよ……、僕に足りないのはこういうとこ。言ってしまったついでに説明するとね、そよ風のように、優しく美しく妖怪を葬り去ってほしいという意味から名づけられたそうだ。どうだ、まあまあかっこいいだろ?」


 「かっこいいが、話が長いな。後半聞くのが嫌になってしまった。そして結局お前が地位が高い理由もよくわからなかったな。それもこれもとりあえずいい。中に入ろうぜ、これ以上外で長話をしていても何の得もないだろ」


 「それもそうだねぇ〜」


 俺はついさっきまでずっと前を歩いていたアイツを先導し管理所に入った。いやあ、こんな分厚い扉初めて見たな……人生初かもしれない。こんな扉に触れるのも初だな。

 

 とりあえず、恐る恐る触っている風を装って扉を開けた。残念ながら、室内は思っていたより豪華ではなかった。勿論、シャンデリアもあったし、何やら高値がつきそうな絨毯もあった。ソファーもふっかふかそうだったし、これといってまず申し分ない豪華さだったように思うが、しかしそれを全てぶち壊しているのが目の前に広がる光景だった。


 それは例えて言うならばあれだな、旅行のプランを立てるために行くあの旅行案内所のような、受付カウンターそれぞれに番号が書かれたランプが点灯しているあの何とも業務的な風景。至ってシンプル、しかも効率が良い。がしかしこの豪奢な建物の内観には来世でも似合わなそうな空間だった。


 「ははっ、内観を見てがっかりしてるのも他の迷い込みの人間と一緒。君は至って普通だね、やっぱり普通を極めているとしか言いようがない。いや悪いことだとは思ってないよ、むしろ良いことだと思ってる。勿論、嘘はついていないさっ」


 と、さもまあ自分は嘘をついていますと言いたげな顔でそう吐き捨てたあいつは、スタスタと誰も席に座っていない五番のカウンターに歩いて行った。


 「おい、呼ばれてもないのに勝手に座っていいのか?」


 「別に良くもないけど悪くもないでしょう?そんなことを気にするより、さっさとさっきの話の続きをしようよ。カウンターに座ってさ。そのうちに案内人が来るって、きっと。もう準備万端ですっていう顔して待ってるほうが効率的だろう?」


 「まあそれは一理あるが……」


 明らかにコイツと俺では口の上手さに差があるらしい。それともこの世界に対する知識の差だろうか、幼少期からこの世界で過ごしてきた人間と、ついさっきこの世界に迷い込んだ俺とでは基礎知識がのレベルが違いすぎる。

 それにしても、おそらくきっとこいつには勝てないだろう。何を言っても言いくるめられそうな気がする。元から俺もそんなに口が回るほうではないから、コイツのちょっとした能力を証明することにはなっていないが。


 そんなこんなでまた、俺はコイツの背中を追いかけて五番のカウンターにある席に座った。椅子、というよりソファーと言った方が正しいものは、座った瞬間にお尻を包み込んでくれるような、そんな安心感のある座り心地だった。可能ならここで寝てしまいたいなと思えるぐらい、そんな気持ちがよぎるくらい心地いい椅子だった。


 「で早速さっきの話の続きだけど」


 と僕がソファーを堪能する作業をしているのを横から阻んでコイツは強引に話し始めた。そろそろコイツと呼称するのも飽きてきたな、そのうちに、この話が終わったぐらいにでもちゃんとした名前を聞いておこうか。特に興味はないけれど。


 「僕は“ゼファー”を目指しているって言ったけれど、そもそもこの職業を目指せるのは地位の高い人間のみなんだ。この国は未だに格差社会だからね、皆が平等に過ごせる社会になるにはあと数十年ほどかかりそうだよ。だから“ゼファーを目指している”というこの文言だけで僕が地位の高い人間だということが証明できるわけだ。ちなみに僕は上から二番目の位だよ。と言っても僕が何かした訳じゃない、僕の家の祖先が何かグレートなことを成し遂げたようなんだけどね。興味がないから知らないや」


 「ほー、そうなんか。その“ゼファー”っていう職業はそんなになるのが大変なものなのか?お前が自信を喪失するレベルで」


 「とっても大変。異次元の大変さだよ。こんなこと言っても君にはわからないだろうけど。だって努力したことがなさそうな顔してるもんね。そもそもね、妖怪を退治できる能力を持つ人間なんて一握りに過ぎないんだ。本当に一握り、ひとつまみといってもいいかもしれない。それにこの能力は“ある”ということを証明することはできないんだ。だって先天的なものではないから。あくまで後天的なもの、血の滲むような努力によって掴み取るものなんだよ。最初は誰だってそんなスーパーマンになりたいから努力するけれど、大抵の人間は続かない。だからひとつまみの人間しかいないんだ」


 「もしかしてあくまで誰でもなれる可能性があるものってことか?出口はともかく入口なら誰にでも開かれているよというそういう意味か?」


 「勿論。そう聞こえただろ?」


 「お待たせいたしました。こちら迷い込み管理所の担当ミラージュでございます。ご用件は何でしょうか?」


 そう言ってまたもや会話をぶった切って現れたのは、ツヤツヤの銀髪を靡かせた、いかにも公務員ですと言いたげな制服を身に纏った若い女性だった。

 




 





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