第3話『命の証明』

「ガッハッ……………」


その瞬間俺はやっと自分が生きているのだということを実感した。……バカみたいだな、人に殺されてから生きていたことを実感するなんて、生きていたかったと思うなんて、もう全部手遅れだっていうのに。

床には、俺から溢れ出す血液が、見たことない勢いで溜まっている。ああ、俺の中にはこんなに血液が流れていたのか。しっかり人間だったんだなー。ちょっと嬉しいかも。


「うわぁ、何笑ってるの。自分が殺されてるって言うのに、気持ち悪いね君。僕が世界で一番だと思ってたけど君には負けるよ」


と言いつつソイツは、何度もナイフを僕の胴体に突き刺していく。あれ、なんか痛くないかも、変なとこに耐性ついちまったなー流石に引くわ。自分のことだけど。


「ねぇ…………なんで君死なないの?ほら見てみなよ、床に溜まった君の血液ちゃんたち。もう百パーセント出ちゃったんじゃないかなー。で、何で生きてるの?」


「こっちが聞きたいと言いたいところだけど、なんとなく心当たりはあるからそう言い切れない自分がいる……」


「血だらけの状態でそんなまともにしゃべらないでくれる?僕が不安になるじゃないか」


「は?この状態で何が不安になるって言うんだよ」

 

「そんなこともわからないの?この状況で考えられる可能性はたった二つ。一つは、伝説でしか聞いたことないから僕だって今の今まで信じてなかったんだけれど、不死身の妖怪が実在したって説。もしそうだったら、もしかしてすぐに逃げた方がいいのかもしれない。もう一つは迷い込んじゃった系。こっちが正しければ、君の魂は未だ元の世界にあるわけだし、こちらでいくら殺そうとしても死ぬわけないよね」


と言いつつ、グサグサとナイフを突き刺していく。コイツ……俺が単なる可哀想な被害者だった場合のことを何も考えていないな。てか、不死身の妖怪って。だいぶダサいなその肩書き。もうちょっと格好良くしてやろうよ流石に。まぁ、ワクワクするし、存在自体は信じるけど。


「……俺は、俺の場合はおそらく後者だと思う。俺はついさっきまで色のついた世界で生きていたから」


「ふーん、後者ね。でも、それを証明できるものは何もないよね?とか言いつつ、それを問い詰めたって僕には何の利益もないんだよなー。どうしよ、コマッタコマッタ」


「は?お前は単純に逃げればいいだけだろうが。俺が不死身の妖怪だという可能性も捨てきれず、単なる異世界からの迷い込んだ人間かもしれない。でもどっちにしろ、俺を置いていってもお前にとって何の不利益もないだろう」


「それがね……あるんだよ、残念ながら。僕だってできることなら君を置いて逃げたいさ。それがベストだってことも分かってる。でもね、もし君が不死身の妖怪なら僕はお尋ね者になっちゃうんだよねぇ。最悪を目の前に逃げ出した罪で。あーあ、ウマクイカナイ。世の中って理不尽だよねぇ。」


と言いつつ、未だに一撃一撃に全力を込めてナイフを突き刺している。馬鹿なのか?死なないって分かってるのに無駄な作業を延々と続けて。あ、それともまだ信じたくないとか……。何回も刺してれば死んでくれんじゃない?とか思ってんのかな。まあ、俺だってそうするな、同じ立場だったら。コイツ、カワイソ。


「なぁに、その小馬鹿にしたような顔。苛々するなぁ」


「なあ、てかそもそも妖怪って、そんな何処にでも売ってるようなナイフで死ぬもんなのか?もうちょっと刃渡り長めじゃないといくら何でも死にゃあしねえ気がするけど」


「……これがただの、安っぽい、何処にでもある、普通のナイフに見えるって言うの?へぇー、なんか自分が馬鹿らしくなってきた……」


と言って、ナイフを動かす手を止めた。俺の傷口はまだまだ開いたままだけど、痛くないから……いいか!


「君、確実に迷い込んじゃった系の人間だね。今、確信した。そうでなきゃ、このナイフに纏っている薄ーい膜に気づかないわけ無いもんね」


薄ーいまく?幕?撒く?膜?

一体全体何の事だ?


「はあ…………、君のリアクションを見れば見るほど自分が情けなくなってくるよ。あーあ、僕って才能ないのかなぁ……うん、そろそろ自覚してもいい頃だよなぁ」


俺に背を向けると、肩を落としナイフに込めていた力を弱め、一人でブツブツと落ち込み始めた。


「はあ…………ふう……………、君、着いてきてよ。別の世界から間違って入ってきた子を扱う、迷い込み管理所に着くまでにこの世界の事とか色々説明してあげようとかそんな気が僕に自然発生したから」


「……わかった」


という頃にはもうすでにお腹は元通りのツルンとした肌に戻っていた。うわあー、どんな体よ、これ。




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