第8話 証人とは

 勇者さまの姿が見えると同時のこと。

 この部屋にとてつもない緊張感が広がっていくのがわかった。


 僕はそれに押しつぶされてしまいそうな感覚すら覚えてしまう。

 空気は勇者さまを裁こうとするもの。


 しかし、勇者さまの目にはあきらめた様子は見られなかった。

 それを見て僕も改めて姿勢を正す。


 すると、勇者さまが傍聴席に座る僕の姿をとらえた途端、目を見開いた。


「……ジョトソンくん? なぜ?」


「被告人、私語は慎むように」

 たった今、入廷してきた男が突然、勇者さまにポンと注意を投げかけた。


 その男はコホンとひとつ咳払い。裁判長が座ると想定された椅子に深く座り込んだ。


「被告人」

 その一言とともに、左側の席に向けて手を伸ばす男。この人が裁判長か。


 勇者さまも裁判長だと理解したのか、黙って自分に用意された席に座る。


 勇者さまの着席を確認した裁判長はこの場を一周見渡し、声を上げた。


「では、開廷します」

「異議ありっ!」

「早いね、君っ!?」


 あろうことか、裁判長の開廷宣言に異議を申し立てる人物がいた。

 まっすぐ手を伸ばしているのは、まさかの勇者さま。


 裁判長は見事なまでに困惑している。。

「史上最速の申告ですよ。

 この場では不必要な冗談は慎んでいただけますか?」


「冗談じゃないですよ。開廷される前に、確認しなければいけないことができたので」


 裁判長は明らかに機嫌をそこねたようで、口のへの字にして投げるように腕を振る。

「……どうぞ」


 勇者さまは裁判長の機嫌など気にも止めず、立ち上がった。

 そして、顔は裁判長を向いたまま、腕だけ僕のほうに向けてくる。


「あちらに座っているジョトソンくんはこの事件の証人になりえる人物です。

 何度もお伝えしたはずでしたが。


 なのに、なぜ、傍聴席に? 証言する者がここにいるのはおかしくないですか?」


 ……。

「……あっ、それだ」

 違和感の正体がやっとわかった。


 この傍聴席に入ってからずっと持っていた違和感が、勇者さまのおかげで晴れる。


 証人が裁判でしょっぱなから傍聴席で聞いているのはおかしい。

 まだ、何一つ進んでいない裁判であるはずなのに。


 僕ですらそう感じたのだが、裁判長はゆっくりとこう答えた。


「それは必要ありません。彼は証人にはなりえないので」


 勇者さまは一瞬、意味がわからなかったらしい。

 ポカンとした後、首を小さく横に振る。


「……そんなバカな。取り調べでも、この裁判の手続きの時も、何度も証人としてお願いしていたはず。


 なぜですか? 理由は?」


「被告人であるあなたと非常に親しい間柄にあるからです」


 淡々と、さも当然のことを話していると言わんばかりに落ち着いて口を動かす裁判長。


「口裏を合わせている可能性もあるし、同じ事件の首謀者である可能性すらある。

 そのような人物は法廷に上げられないと判断しました」


 この発言に勇者さまは一歩裁判長に近づき、声を荒げだした。

「ふざけないでください! それも踏まえて証言させ、真偽を図るのがこの場でしょう。


 矛盾を見つけて追及すればいい。

 それをするのが、ここにいる人たちの仕事じゃないのですか!」


「彼が仲間ではない、自身の単独による犯行だと証明できるのなら、証人として認めてもいいですよ」


 勇者さまを犯人と決めつけるような発言で返す裁判長。


 勇者さまはこれを聞いて無駄だと考えたのか、訴える人物を変える。


「……っ、王子殿下っ! この裁判長は中立な立場に立とうとしていないっ!


 わかるでしょうっ! 今すぐ、裁判長を変えることを強く要求します」


 そう言うが、王子さまは表情ひとつ変えず、勇者さまを見下ろした。


「至極まっとうな意見では?

 明らかに中立の立場でないものを証言させるのはいかがなものかと」


「証人って、中立とかそういう話とは別物でしょう!

 事実を述べる存在に中立も味方もあるか!」


「そもそもの話ですが」

 裁判長が再び勇者さまに声をかける。


「証人の申請がされていないため、彼をこの場に立たせることも不可能ですが」


「……っ、そんな……。事前に言っていたはずです。何度も、たしかにっ!」


「ないのですから、無理です」


 裁判長ははっきりきっぱりとそう言い切る。その物言いは有無を言わせない重みを感じさせる。


 そもそもこの国の裁判だの法律だのの詳しいルールはわからない。

 でも、この会話から聞けば少なくとも僕は証人になれないことはわかる。


 それどころか、例えアーティさんとコナイルさんが新たな証人を見つけてきても意味ないんじゃ……。


 勇者さまは裁判長と王子さまふたり交互に見比べる。そして、呆れたようにため息を吐いて首を何度もゆっくり横に振った。


「……あぁ……わかったよ。あなた方、この国は……王子殿下、あなたは。


 この俺をなんとしてでも、何をしてでも罪人に仕立て上げたいんだ。


 何が中立だ。お前たちのほうがよっぽど口裏を合わせているじゃないか」


 しかし、勇者さまの発言に裁判長と王子さまが動じることはなかった。


 それどころか、わめく被告人など、もう気にとめる必要はない、と言わんばかりに視線を外す。


「時間も押しています。始めましょう」

「はい。では今度こそ、開廷します」


 そして、無慈悲にも裁判が始まった。

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