第7話 裁判始まる

 王子さまからもらったリストを片手に城内を駆け回る日々が始まった。


 リストにある人物にかたっぱしから聞いていく。

 勇者さまがとったあの日の行動を証言できる者をひたすら求めて。


 だが、はっきりと証言できるという人はひとりも見つからなかった。


 そもそも、ウェーターの数だけでも多すぎるのだ。

 さすが王族主催のパーティなだけある。


 なんて、感心している場合ですらない。


 リストに載っている全員が一か所に固まってくれていたらいいのだが、そんなわけにもいかない。


 あの日限定で雇われた人など、城内にいない者すらいるかもしれない。


 時間だって限られているはず。

 ただ、無意味に城内を駆け回る日が数日続いた。


 そしてある朝のことだった。


 例の部屋に朝食が運ばれてくる時間。配給してくれる男はいつも通りトレイを置く。

 それにプラス、一言を付け加えた。


「今日、裁判が行われるらしいです。詳しい時間などは別の者が来ます。


 話をお聞きになるなら、ここでの待機をお願いします」


 いつもの感覚でさっさと食事を済ませようとしていた手を止める。


 しばらく頭の中で意味を洗い直し、理解するととっさに立ち上がった。


「……っ! そんなっ! まだ、証人がっ!」


 だけど、その言葉を男にかけたところで意味はない。

 彼にどうこうできるはずのない事実。


 実際に彼は僕の声などまるっきり無視して出ていく。

 それ以上、できることはないのだ。


 パンを持ったままマヌケな顔であぜんとするしかなかった。


 しばらくして、僕ら三人はピッタリ同時のタイミングで寄り添った。


「おいっ! まずいぞ。ここままじゃ、まるで話にならねえ!」


「だけど、そうは言っても……、どうしようも……」


 やはり、証人を探すのは難しいのか……。


 会場自体も広かった。

 その中で特定の人物を目で追っていた人は想像以上にいない。


 そもそも、その後の起きた事件が強いインパクトを持っていたため、その前のことを鮮明に覚えている人すら少ない。


 王さまが殺された直後のことは鮮明に覚えていても、その直前のことは頭真っ白に飛んでいるのだ。


「このままじゃ、勇者さまがっ!」


「ジョトソン」

 アーティさんが慌てていた僕の肩をたたく。そして、まっすぐとした目を向けてきた。


「最悪の手段だけど、ひとまず君が証人になってほしい。

 わたしたちは証人探しを続ける」


 強い力で僕の肩をぎゅっと握ってくる。

「何としても見つけるから。裁判の場に現れるまで……勇者を頼む」


「……っ」

 僕はとにかくうなずいた。今はそれしかない。



 アーティさん、そしてコナイルさんは先に立ち上がる。監視を連れて、朝食はそのままに、ここから出ていく。


 一方で僕は、ここで裁判の説明が来るのを待った。


 やがてやってきた男により案内され、城内の一角に構えられている部屋に連れていかれる。


 てっきり待合室みたいなところに入れられると思ったのだが、目に飛び込んできたのは、明らかに法廷。


 流されるまま、入りかけた足を慌てて止める。なにか、違和感がある……。


「待ってください」

 自分の感覚に任せ、ひとまず待ったをかけてみた。


「……いや、なんというか……。ええっと……。

 これまだ、裁判は始まっていないんですよね?」


「ええ。これからです」

 案内してくれた人はさも当たり前かのように答える。


 その堂々とした姿に、また困惑してしまった。僕が抱いた違和感こそがおかしいのだろうか。


 わからなくなってしまった。


 必死に首をひねってこの違和感の原因を探ろうとする。


 しかし、案内人はそんな僕に対して容赦なく、うながしてきた。


「さぁ、どうぞ。まもなく法廷は始まります。傍聴席でどうぞ」


「……はい」

 違和感はぬぐえない。

 でもこのまま、ここで待っていても裁判は始まってしまう。


 流される形ではあったが、とにかく、中に入った。


 すでにかなりの人が座っている傍聴席の中を割って入っていく。


 すると手前に、おあつらえ向きに三つ開いた席があった。


「……ここに座れと……」

 一番前、法廷をよく見渡せる席。僕ら三人分と思わしき席の中央に座り込む。


 その後、改めて法廷内部を見渡した。


 奥中央には裁判長が座ると想定される椅子が設置されている。


 また、向かって右側には王子さま、姫さま。世話係の初老の姿もあった。


 ほかは、たいして知らない。だけど、ポジション的には、勇者さまに罪を追求する者たちか。


 やがて、この部屋の中に、僕にとってもっともなじみのある人物が入ってきた。


 屈強な男ふたりに挟まれて入廷する勇者さまだった。

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