第6話 証人探しのために
ついに来てしまった勇者さまの逮捕宣言。
勇者さまはもう、無駄にあがこうとする様子は一切なかった。想定していたというように前に進み、自ら両手を差し出す。
縄を持っていた人物が勇者さまの腕に縄を巻こうと腕を伸ばしてくる。
その直後、勇者さまが声をあげた。
「その前に!
ほかのみんなは、ここから解放してくれるんですよね?」
縄を結ぶ手が止まる。だけど、逮捕を宣言した男が後ろから言ってきた。
「いや……悪いがそれはできかねる」
勇者さまは前に出していた腕を下げた。
「……俺に容疑がかかっているんだろう?
だったら、俺が捕まればそれでいいんじゃないのか?」
「あくまでも実行犯として君を逮捕するだけだ。彼らは君の仲間だろ?
この暗殺に関わっていないと考えるほうが難しいもの。手を組んで暗殺をおこなったと考えるのは、至極当然。
ここで彼らを解放すれば、まだ残っている証拠を隠ぺいしに動きかねない。
それは見過ごせない」
「待ってください」
この理由に対して待ったを出したのはアーティさん。
前に一歩出て勇者さまの横に並ぶ。
「ならせめて、城内での自由を約束してもらえませんか? 監視を用意してもらっても構いません」
「監視? なにが目的だ」
「勇者の無実を証明できるものを探すだけです。それともまさか、当然の権利すら、奪うつもりですか?」
男はしばらく黙り込む。どこまでなら許されるものなのか……。
しばらくすると、うつむいていた顔を上げた。
「……いいだろう。できるように話はつけてやる。ここに監視役を数名回す。
その間なら動いてもいい。ただし、日中だけだ。証言者を探すだけなら、それで十分なはずだ」
「譲歩、感謝します」
アーティさんが丁寧にお辞儀をする。だけど、あんまり心がこもった感謝ではなかったように見えた。
ひとまず、勇者さまがいなくなったこの部屋で三人、昼食のパンにかじりついていた。
ただ、どうしてもうまく、パンが喉を通らない。そんな僕の顔をアーティさんがのぞきこんできた。
「ジョトソン。ある程度は予想できていたことだよね。
必要以上にへこたれるのはやめようよ。次にやるべきことは決まっているんだから」
うなずき、アーティさんに渡された水で強引にパンを流し込んだ。
一方、今朝と同じくさっさと食べ終えたコナイルさんがうなる。
「だけど、証言者を探すと言ってもな。
会場にいた人物など、なにひとつ把握していないだろ」
たしかに。手あたり次第に聞きまわるには範囲、規模が大きすぎる。
三人で城内全員聞くとなると、どれほどの期間が必要か。
僕も方法を考えようとすると、先にアーティさんが指をパチンと鳴らした。
「大丈夫。それなら当てはあるから」
「これはこれは容疑者の一行さま。お元気でなによりです」
出会い頭、すてきなあいさつを交わしてくれたのは王族の世話係である初老。
監視役が付いた後、アーティさんが真っ先に会いにいった人物がこの初老だった。
今は丸いメガネをかけ、デスクの書類と格闘しているところ。どこかやつれた顔で作業を継続させている。
「ゆっくり話をしたいのはやまやまですけどね。
ご存じないかもしれませんが、昨日大変なことがあったんですよ。その関係でわたしも多忙で。
ご用件は手短にお願いします」
十分ご存じのことだ。
にしても、忙しいのは本当だろう。顔がそれを物語っている。
アーティさんもそれをくみ取ったのか、自ら一歩前に近づいた。
「王子殿下の指示で会場にいた人物のリストを作成されていますよね。
あれを見せてほしいのです。できれば複製をいただけると」
片手間でペンを走らせていた初老の手がピタリと止まる。
視線は紙に向いたまま、口だけ動く。
「……それを手に入れてなにをしたいのですか?」
「勇者の無実を証言できる者を探します」
「なるほど……」
そう言いはするが、再び手が動き、作業が再開される。
「しかし、はいそうですか、と渡せるものではありませんからね。
この状況ではトップクラスに重要な情報でもあります。用意に外部に漏らしていいものではない」
「全員分とは言いません。あのホールでウェーターをしていた者のリストだけでも。
監視も付いています。あやしいと思うのならば、すぐに止めて奪い取っていただいて結構です。
なんとかしていただけませんか」
「……しかし、君たちに対しても疑いはある。そう簡単に渡せるものではありません」
「この国は無実を訴える者に手は差し伸べないのですか? 証人を見つけるという、当然の権利すら、国民から奪うのですか?
そこまで来ると、わたしたちもあなた方を疑いたくなってしまいます」
アーティさんの言い方に対し、初老は大きく息を吐いた。
やがて、ペンを置きメガネを外すと、アーティさんと目を合わせてきた。
「……なにが言いたいのですか?」
それに対してアーティさんもズイッと目線を合わせにいく。
「何としてでも勇者に罪を着せたいがために、隠そうとしていることがあるとか」
「根拠もなく、言いがかりを付けることはやめてほしいものですね」
話をするのは無駄と言わんばかりにまたメガネをかけなおす初老。
再びペンを持ち、書類に目を通し始める。
「じぃ、リストを渡してあげてください」
そんなところだった。
この部屋にまさかの王子さまご本人が入ってきた。
「途中から話は聞いていました。これが欲しいのでしょう」
王子さまの手が差し伸べられる。そこには紙束が用意されていた。
僕らは、目を見開いて驚きを隠せなかった。だけど、それ以上に驚く者がいた。
「殿下、よろしいので?」
「我々にやましいことはありません。民が望むのならば、答えるのがわたしの義務です。
さぁ、どうぞ」
言われるがまま、アーティさんがあぜんとしつつそれを受け取る。
「少しでもお役にいただければ幸いですよ」
王子さまは最後、それだけ言うと、僕らより先にこの部屋を出ていった。
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