第5話 いざという時は

 見せつけられた活版印刷の文字を見て、目を見開いた。

「ゆ、勇者さま……これ……」


 何度読んでも解釈はひとつ、勇者さまが容疑者扱いになっている。


「昨日の今日で……、これが町中にも張られているってこと?」


 アーティさんがそっと文字を指でなぞる。そのまま、国王陛下暗殺の文字で止まる。


「……、国王陛下の死をこうも早く発表するなんて。


 パニックを見越して少しの間、隠ぺいするとかも考えなかったのかな」


 ふむ、とうなる勇者さまはパンを一口だけかじり取る。


「公な会食パーティでの暗殺なんだ。来賓もたくさんいた。あの状況じゃ隠したいことも隠せなかったんだろう」


 自分が容疑者扱いされているというのに、落ち着いた様子でこの活版について分析している。


 だけど、じっと見ればパンをつかむ手が震えているのがわかる。

 心の内側は震えているということか。


 それを隠すようにパンをまた一口かじり、続けていく。


「さしあたり、俺を容疑者に仕立て上げて、パニックを抑え込もうという判断か。


 追求すべき相手、罪人、敵がはっきりとわかっているなら、まだ民衆をまとめやすい」


「そんな……」


「まだたったの一晩。あるはずもない証拠を発見して早朝に活版印刷。

 そんなのさすがに時間的に無理だ。


 根拠もなく、俺を容疑者にでっち上げたか……。王子殿下の指示で踏み切ったのかもしれないな」


 そう冷静に分析しているが、持っている器の中にあるスープには細かく波がでる。

 まっすぐだった目もグルグルと回り始めた。


「……マズイな……マズイな……、マズイマズイマズイマズイ……」


「勇者さま……!?」

 冷静になればなるほど、現実はよりきつくのしかかる。

 勇者さまの性格があだになっている。


「たしかにマズイよね……」

 アゴに手を当て、真剣な表情で紙と向かいあうアーティさん。


「例え無実であると証明されても、民衆のイメージはこれで植え付けられるよ」


 えげつないことこの上ない。英雄が一晩で極悪人になってしまった。


 真っ先に食べ終えたコナイルさんが口を手で拭う。

「そもそも、今は国王暗殺という最悪の状況。


 もし、真犯人が見つからなかったとしたら、でっち上げてでもお前をつるし上げようとするかもしれない」


「だよね。

 少なくとも、名目上は王族の威厳を立て直せるし、民衆の支持も集められる」


 ふたりまで暗いことばかり言い出す。

 そんな空気とにかく振り払いたくて、全力で首を横に振り、声を張りあげた。


「そんなっ! でも、勇者さまは英雄だ。

 町のみんなはこんなのおかしいって、絶対気づいてくれるっ!」


「かもしれない。だけど相手は王族。そして、これは国が正式に出した情報だよ」


 アーティさんの手がこぶしに変わる。

「国が本気を出せば、勇者を罪人にする空気は作り出せるんじゃないかな」


「……っ」


「そんなこと、あっていいはずない。

 だけど……ここにいる限り……どうしようもない」


 アーティさんのひとみが少し濡れる。


 アーティさんはすでに悟り始めてしまっている。

 魔王を討伐した一味も、国の権力を行使された状況では、無力だと。


「……なぁ……」

 少しだけ顔を上げた勇者さまが声を漏らす。


「最悪の事態におちいった場合、……容疑をかけられ逮捕された時、お前たちに頼みたいことがあるんだけどいいか」


 その言葉に対して、反射的に勇者さまにさまに僕は近づいた。

「そんなっ! 演技でもないこと!」


 と口にしてしまったが、勇者さまのすごく真剣な表情にひるんでしまった。


 とっさに顔をうつむかせ謝罪する。

「ごめんなさい。そう言っていられる状況じゃないですよね……。

 なんでも言ってください、勇者さま」


 僕のかけた声に勇者さまはうなずき、僕らと目を合わせてくる。

「俺の無実を証言してくれる人を探してきてほしい。


 あの会場にいて、俺がボトルを開けて陛下にそそぐまでの一部始終を見ている人だ」


 証人か……。

 勇者さまが毒を盛っていた様子はない、という証言があればいいのか。


「そうだ!」

 あの時の状況をふと、思い出した。


「僕、勇者さまを目で追っていたので直接証言できますよ!」


 勇者さまが反応し、ひざを立てて僕の顔に近づいてきた。

「それはありがたいな……。ぜひ頼む」


 勇者さまの役に立てると知れ、少しだけ気分が上がった。少しは希望があるんだ。


 しかし、首を横に振る者もいた。コナイルさんだ。


「無理だろ。ジョトソンは完全にヒアロ側の人間だ。証言したって、口を合わせていると思われて終わりじゃねえか?」


「いや、証人ってのはそう言うものじゃないはずだ。あくまで第三者からの証言というだけの話。


 だけど、ジョトソンくんひとりだけでは心もとないのも事実。


 せめてもう一人、第三者の証人があれば十分に無罪を主張できると思う」


 勇者さまの声に覇気が戻ってきている。

 勇者さまが変わればこの中の空気も変わっていく。


 その中で勇者さまはひとつ指を立てて僕に向けてきた。


「そのためにも、ジョトソンくんは事実をそのまま着色せず証言してほしい。


 変にかばうような真似は勘弁してくれよ。君ならしかねない」


「う……っ、確かに……」


 つい熱くなって、勇者さまが有利になるように見てないことぶちまける、なんてことは絶対にあってはダメってことだ。


「……気を付けます」

 心の底に刻み込み、深くうなずいた。


 と言っても、今は動けない。


 今できることは、その最悪の事態が起きないことを祈って時が過ぎるのを待つことだけ。



 そして、昼に差し掛かるころ、扉がたたかれ今朝と同じ男が入ってきた。


「昼食の時間です」

 そう言ったが、直後に横に逸れる。


「と、言いたいのですが、勇者さま。あなたはお引越しのお時間のようです」


 男の後ろから別の人物が数人、入ってくる。その男の手には縄。


「勇者ヒアロ。お前を国王陛下暗殺の容疑で逮捕する」


 国によりついに、残酷な判断が下されてしまった。

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