第3話 渦巻く疑い

「……崩御あらせられました」


 その言葉に会場の空気に再び、ざわめきが発生。会場の空気が波のように移り変わっていく。


 つまり……王さまが……国王が死んだ。


 あぜんとした王子さまが必死に口を動かそうとする。

「……死因は……?」


「詳しくは調べないと……、状況から考えて……おそらく、毒殺かと」

「……っ~~」


 王子さまも絶句しているのがわかった。

 さっきまでのテキパキ指示をしていた者とは明らかに違う。


 だけど、それ以上に顔を真っ青にしているものがいた。


「……ウソ……、ウソ……、ウソでしょう……」

 お姫さまの足が揺れ、うつろになっていく。全身の血の気が引いていくのが目に見えてわかる。


「お……お姫さま……」

 仕方もない。ついさっきまで話をしていた実の父が死亡したなど……。


 お姫さまは悲壮感を表情に丸出しにし、フラフラ首を横に振る。


「……お父さま……おとう……あぁ……」


 お姫さまは混乱したまま、全身を打ちつけるように、手も付かずバタリと倒れてしまった。


 お姫さまが倒れると同時、大きなどよめきが会場内に走る。


「ティアラっ!」

「姫さまっ!」

 真っ先に叫んだのはお姫さまの兄である王子さまと婚約者である勇者さま。


 だが、王子さまは並走する勇者さまを押しのけ、前に出た。


「離れなさいっ! 離れなさいっ!」


 近くにいた僕をも突き飛ばしながら、お姫さまのもとへ。


「ティアラっ! ティアラっ!」

 王子さまがお姫さまに声をかける。だが、返事らしきものはない。


 そんなことが起きている間、また担架が会場に運び込まれた。救護の人がお姫さまの様子を軽く診察する。


「安心してください、殿下。

 おそらく貧血です。精神的なショックによるものでしょう」


「……そうですか……。でも万が一もあります。しっかりと検査を頼みます」


 あわただしく、今度はお姫さまが担架に運ばれ会場を失神したまま、あとにする。


 次から次へとおかしなことが続く。頭の整理がまるで追い付かない。この会場の中でなにが起きているのだ。


 王さまに続いて、お姫さま? この中に……殺人鬼がいるとでも!?


 うつむく王子さまの体が震えている。

 そこからあふれ出す怒りが容赦なく、勇者さまに視線ごと付きつけられた。


「勇者ヒアロ……。貴様……、父上のみならず、妹にまで手をかけるとは……。

 どういうつもりですかっ!」


 対する勇者さまも必死に弁解。両手を前に出して王子さまの接近を止める。


「落ち着いてください。俺は断じて、なにもしていません!

 それに、姫さまはただの貧血だとっ!」


「あくまでも簡易的な診察での話です。手段は父と同じ方法である必要はない。

 昏睡状態にさせる薬を飲ませたとか」


「そもそも、俺に動機もないでしょう。陛下も姫さまも殺す理由がないっ!」


 会食会場にて勇者さまと王子さまによる必死の言い合いが響きあう。


 そして、勇者さまから放たれた動機という話に、王子さまが大きく息を吸って答える。


「この国を乗っ取ろうとしたのではないですか?」

「……は?」


 勇者さまが信じられない、と言うように間抜けな声を漏らした。


「魔王討伐であなたの知名度、市民からの人気も相当なものになっています。

 それを利用すれば、王になれると」


「そんな愚かな真似などっ!」


 マズイ、この空気じゃ本当に勇者さまが暗殺したことになってしまう。

 なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ……。


「そうですよ、王子さま! 勇者さまはそんなことを考えるような人じゃ」

「なんですか?」

「……っ」


 王子さまから放たれる威圧が自分に向けられ、口を紡ぐしかなかった。

 これが……王子の風格……。


 委縮してしまった僕を冷たい目で見た王子さまは、テーブルの上に置かれたボトルを指さした。


「そうですか……。そこまで言うのならこのボトルの中身、調べてもいいんですよね?

 毒など、入っていないんですよね?」


 テーブルの上に置かれた最後、王さまにそそがれたワインが入ったボトル。


 勇者さまは堂々と背筋を伸ばして答える。


「当然です。存分に調べてください。それで俺がやっていないと、わかるはずです。


 ただし、殿下。あなたもこのボトルには触れないでくださいよ」


 攻めた勇者さまのセリフに王子さまがあからさまに不機嫌な表情を見せる。

「……なにが言いたいのです?」


「後で殿下に毒を入れられてはたまったものではありません。


 今の殿下からは、それをしかねないほどの迫力を感じてしまっているので」


 この発言に対し、王子さまのこめかみに怒りの青筋が立つ。


「するわけがないでしょう。

 わたしがやりたいのはあなたに罪を着せることではありません。


 父を殺した犯人を見つけて、裁くためなのですから」


 お互い、ただひたすらにらみ合う。

 まるで先に視線を外したほうが負けと言わんばかりの空気が出来上がる。


 再び、だれも触れることを許さない空気。それにまた、城のスタッフが割って入る。


「殿下、報告があります」

 王子さまのすぐ隣に男がくる。

「姫殿下の意識は戻ったとのことです。

 やはり、貧血による一時的な失神だったと」


 その報告を聞いた勇者さまと王子さまの表情が少しだけ緩んだ。


 やっと勇者さまから視線を外した王子さまがひとつ息を吐く。


「……ひとまず、最悪の中の最悪は免れましたか。……無事でなによりです」


 王子さまのこの発言と同時、会場全体の空気が少しだけ緩む。


 たったそれだけのことなのに、この空間での王子さまの影響力の高さがうかがえた。


「記録のほう、完了いたしました」

 会場の人たちから情報を集めていた初老、王族の世話係が王子さまに声をかける。


「殿下。会場の料理食器はこのまま保存し、捜査に回すべきかと。


 これ以上ご来賓の方々のお時間を取らせるわけにもまいりません。状況も状況です」


「そう……ですよね」

 初老のアドバイスにそっとうなずく王子さま。


 さすが世話係。熱くなっていた彼の頭を冷静にさせた。


「しかし、ちゅう房の料理人、スタッフ。ウェーターはしばらく城内にとどまっていただきます」


 最初に見せていた冷静でテキパキとした王子さまに戻る。


 そんな王子さまの目は勇者さま、だけでなく僕たちにまで向けられる。


「そしてむろん、勇者一行。

 あなた方四人も全員、重要参考人として、城内の指定した場所にいてもらいます。


 いいですよね?」

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