第2話 ワインボトル

 お祝いムードだった会食会場が一変。ざわめきが広がっていく。


「お父さまっ!」

「陛下っ!」


 一番近くにいた勇者さまとお姫さまが同時に声を上げる。


 王さまの様子は変わらず倒れたまま。体がけいれんしているように見える。

 返事はない。


 僕はあまりに突然のことにまるで動けなかった。だが、それはこの会場にいるほとんどの人物が同じ。


 しばしの沈黙、真っ先に動き出したのは勇者さま。

 倒れる王さまのもとへ駆けよろうとする。


「待ちなさいっ!」

 だが、勇者さまと王さまの間に割って入る人物がいた。


「勇者ヒアロ。離れてください」

 勇者さまに向けて鋭い目線を送るのは王さまの息子、王子さま。


 勇者をしっしっと追い払いつつ、王さまに近づく。


「父上! 父上!」

 王子さまが声かけすると、王さまは微かに息を漏らす。

 しかし、どう見ても容体は……。


「担架、あと救護の用意を今すぐにおこなってください! 早く父上をっ!」


 王子さまの周りにいた者たちがあわただしく動き始めた。

 瞬く間に王さまは担架でこの会場から運ばれていく。


 王さまを見送ると王子さまは、立ち上がり皆の前にて堂々とした立ち姿を見せた。


「みなさん。動かないでいただけますか。

 これ以降、わたしの指示ない会場の出入りは一切を禁じます」


 王子さまの発言に異を唱えるものはない。はっきりした言葉がこの会場に力を発揮させていく。


「会食開始以降、この会場を出入りしたものの確認は可能ですか?」


「はっ! 陛下と救護以外の出入りはございません」


 入り口を警備していた者の答えにうなずくと、今度はちゅう房のほうを見る。


「ちゅう房の者たちに手を止めるよう指示を。全員ここに連れだしてください」


 王子さまの指示のもと、周りが次々と動いていく。それに伴い、会場は少しずつ落ち着きを取り戻している。


 その中、ゆっくりとテーブルのほうへと近づく王子さま。テーブルの上で視線を泳がした後、勇者さまのほうへ。


「勇者ヒアロ。ちゅう房の者が集まる前にひとつ、あなたに聞いてもいいですか?」


 困惑していたらしい勇者さまは、ピクリと反応し顔を上げる。

「なんでしょう?」


 王子さまは一度、自分が座っていた席に近づく。


「ここ、向かいから父とあなたのやり取りは見ています。

 あなたが新しく開けたボトルはどちらに?」


「……あ、……えぇっ……と」

 勇者さまがテーブルに体を向けボトルを探す。


 だが、それより先。ひとりの初老が剣士コナイルさんの後ろから姿を出した。


「こちらですね、殿下」

 手袋をはめた手でワインボトルを取る。それを王子さまに向けて差し出した。


 この初老はたしか、王子さまとお姫さまの世話係だった人。


「ありがとう、じぃ」


 王子さまは素手でボトルを受け取ろうとし、慌てて止める。代わりにテーブルに置くよう指示し、ボトルを指さした。


「このボトルはあなたが新たに開けたものでしたよね?

 そして、父のグラスに注いでいました。


 ほかに、このボトルのワインを飲んだ者はいますか?」


 王子さまの問いに思わずドキッとしてしまった。僕も勇者さまの動きは見ていたからわかる。


 勇者さまもこの意味を理解したらしく、表情を少しゆがませた。


「いや……陛下のみです」

「そうですよね」

 王子さまは間髪入れず言葉を返す。その鋭い目線は一向に変わらない。


 ワインボトルをじっと見て、さっきの出来事を洗い出そうとしているように見える。


 その険しい表情で考えていることは、想像したくない。


「あ……あの、……お兄さま?」

 お姫さまが雲行きにあやしさを感じたのか、青ざめた顔のまま、声をかける。


 だけど、肝心のその兄は妹の声など半ば無視。


 やがて、険しかった表情を少し緩める。

「全員そろいましたね」


 顔を上げて周りを確認した後、隣にいる初老に目を向けた。


「じぃ、ここにいる全員の名前と年齢、住所、職業……。あと、この会場での役割、座っていた席。


 この情報を集めてもらえますか?」


「かしこまりました」

 初老は丁寧な仕草で腰を折ると、数人集めて情報収集を始める。


「みなさんもご協力、お願いします」


 整った顔を全力で利用するかのように、笑みを浮かべる。王子という立場と威厳を遺憾なく発揮させていく。


 その一方で勇者さまにはあからさまなほどに鋭い視線を向けた。


「勇者ヒアロ。ボトルになにを入れたんですか?」


 勇者さまは置かれている現状を再認識したか、激しく首を横に振る。

「殿下っ! 神に誓って、陛下に誓ってそれは一切ありません」


「そうですか」

 王子さまは冷たい目で小さくうなずく。だが、再び鋭い視線に変わる。


「……ですが、ここにある料理は念入りな毒見の過程を得て出されています。


 むろん、ワインも同じです。もともと毒など入っていたはずがない」


 一歩ずつ勇者さまに向かって近づいていく。

 その一歩一歩が確信しているかのように、強くはっきりとした足取り。


 そしてそれは、勇者さまを前にし、怒りが混ざった笑みに変わった。


「状況から考えれば、なにかを入れて、父に飲ませたことになる。

 そうは思いませんか」


 ピリピリとした空気がふたりの間に流れ始めた。王子さまは完全に、勇者さまに疑いを持っている。


 でも、そんな……。勇者さまが王さまを殺すはずがない。そんなこと……、あるはずがない!


 勇者さまのこぶしに力が入っているのがわかる。歯ぎしりからも怒りが見て取れる。


 しかし直後、少しだけその力を緩めたように見えた。


「……そう言う殿下は……父が倒れたというのに、実に冷静なようですね」


 予想外の返しだったか。王子さまが一瞬、見開く。

「……冷静? そう見えますか?


 そうなのだとしたら、わたしの演技も捨てたものでは、ないようですね」


 勇者さまと王子さま。

 ふたりの間は一触即発の空気。だれであろうと口を割って入ることが許されない空間。


 しかし、その中でも叫び近づく者がいた。

「殿下っ!」

 急にこの宮殿の者らしき者が近づき、ひざをつく。


「ただいま連絡が入ったため申し上げますっ! 陛下は……」


 王子さまが一瞬で反射でもするように、男のほうを見る。

「……っ! 父上は!?」


 王子さまが責め立てると、男は震えながら小さく言葉を口にする。


「……崩御あらせられました」

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