勇者容疑者

亥BAR

第1章 容疑者

第1話 会食パーティ

「お前たち、ここまで付いてきてくれて、ありがとう」

 勇者さまは突如、僕たちのほうを振り向いた。


 魔王がいる玉座を目の前にして、大勢の敵に囲まれている状況でのことだった。


「このままじゃキリがない。ここはお前たちに任せてもいいか?」


 仲間である剣士のコナイルさんと魔法使いアーティさん。ふたりは勇者さまに向かって同時に首を縦に振る。


「勇者さま……」

 一方で、僕には少し不安がよぎっていた


 勇者さまはそんな僕の肩をたたく。

「ジョトソンくん、ここは頼んだ」

 そのまま魔王の玉座へひとり、乗り込んでいった。


 そして……魔王は勇者さまの手によって討伐された。これにより、待ち望んでいた平和が訪れるはずだったのだ。


 なのに……。


「国王殺害の罪で被告人を極刑に処す」

 なぜか勇者さまは死刑宣告を言い渡されることとなる。


 ***


「よくぞ、来てくれた勇者どの。民の安寧が訪れたことに、改めて感謝したい」


「いえ陛下。こちらこそ。会食にお招きいただき、ありがとうございます」


 広い会場に入り、勇者さまが真っ先に向かったのは奥にゆったりと座る男の前。

 この国の王と勇者さまが手を取り合う。


 大きく長いテーブルがいくつも用意された立派な空間の中、僕はふわふわとした気分で立っていた。


「お仲間のみなさまも。今日はゆっくりと食事を楽しんでほしい」


 王さまに声をかけられ無意識のうちに姿勢を正す。緊張がまるで隠せない。


 その後、うながされるままに席に座る。

 みな一様に王族のすぐ近くの席。向かいには王子さまの姿が見える。


 勇者さまにいたっては王さまのすぐお隣。それはまさしく名誉ある席。


 僕たち勇者さまと一行は、魔王討伐後、盛大なパレードにて出迎えられた。

 その後、王さまとの対談あって後日。


 こうして魔王討伐を祝した会食パーティに呼ばれて、ここにいる。


「さ、さすがに緊張するな」

「だよね……」


 仲間のコナイルさんとアーティさんも僕と勇者さまの向かい側、王子さまのお隣に座らせてもらっている。


 一方で勇者さまは王さまのすぐ隣でも落ち着いた様子で座っていた。

 このクールさはさすが勇者さま。


 しばらくすると、まばらだったこの会場も随分とにぎわいが出てきた。

 見慣れない、この国のお偉い方が勢ぞろいする。


 人がそろうと、ウェーターが僕らの前にスプーンやらフォークやらを出し始めた。


 慣れない雰囲気に恐縮してしまう。こんな会食は当然、初めてだった。


 手にたまる汗をごまかしていると、今度は明らかにウェーターではない人物が食器を持って近づいてくるのに気づいた。


「お父さま。勇者さま」

 王さまの娘、すなわちお姫さま。


 純白のドレスがまぶしくもお似合い。すらりときれいに伸びた金髪がすごく映える。

 何度見てもその美しさに息をのむ自分がいた。


 そんなお姫さまは、ゆったりした仕草で、王さまと勇者さまが座るところに近づく。


「うん? どうかしたのか?」

 王さまが聞くとお姫さまはそっとお辞儀。


「せっかくの特別なお祝いですので、おふたりの食器は、わたくしで用意させていただこうと思いまして。


 ……もしかしたら、王族が給仕の真似事など、と思われるかもしれませんが」


「いや。いいサプライズだ。娘に食事の用意をしてもらえるとは」

「ええ。すてきです。姫さま」


 このお姫さまは勇者さまとの結婚が決められているお方。

 魔王討伐に成功したため、近々披露宴が行われることだろう。


 勇者さまとお姫さまの目が合い、お互いそっと微笑み合う。王さまもそれを優しい笑みで見守っている。


 お姫さまがふたり分の食器を用意し、自身も席に着くころ、会場全体の準備も整っていた。


 それを見計らった王さまがグラスを持ち立ち上がる。


「みなも知っての通り、魔王はついに倒された。それに最高の貢献をしてくれた勇者ヒアロと一行の活躍を祝した会食だ。


 今日は気のゆくまでゆっくりと楽しんでほしい。では乾杯っ!」


 会場が一斉にグラスを交わす。そして、会食パーティは始まった。


 出てくる料理はどれを見事なもので、口に入れるたび、驚き続けられる。

 人生で初めての連続だった。


「姫。ワイン、お注ぎしましょう」

「ありがとうございます」


 すぐ隣でお姫さまにワインを注ぐ勇者さま。さすがの勇者さまも、緊張からか、少し手が震えているように見えた。


「次はわたくしがお注ぎします」


 そんな姿を横目で見ていると、仲間のコナイルさんがワインボトルを差し出してきた。


「ほらジョトソン」

 慌ててグラスを手に取り、前に差し出す。


「陛下。よかったらお注ぎさせてもらえますか?」

「ふむ。いただこう」


 僕のグラスにワインが注がれると同時。勇者さまも王さまのグラスにワインを注ぎ始める。


 だが、勇者さまはすぐに手を止めた。

 ボトルをのぞき、テーブルに置く。


「もう空ですね。新しいのを開けてきます」

 一旦席に外れる勇者さま。それを自然と目で追っている自分がいた。


「すみません。新しいワインを」

「こちらになります。開けましょうか?」

「いいえ。大丈夫です。栓抜きだけ貸していただければ」


「ジョトソンさん。本当に勇者さまを慕っておられるのですね」

「え?」


 急に慣れない声で話しかけられ少し動揺してしまった。まさか、お姫さまから話しかけられるなんて。


「ずっと見ておられましたので」

 ニコリと笑みを浮かべられる。


「あぁ……いや。……、本当にお姫さまと結婚されるのだな、と思って。

 なんというか、遠くなるな、と」


 緊張しながらもぎこちなく言葉を返す。

 一方、お姫さまは返せる言葉が見つからなかったのか、微笑みだけ。


 それを見てから、ご本人に言うべき話でなかったと気づき、少し気まずくなった。


「陛下、グラスを」

 勇者さまが新たに開けたボトルで王さまのグラスに注ぎだす。


「食事はどうだね?」

「すごくおいしいです。それに、これほどのんびりご飯を食べたのは……久しぶりです」


 そんな会話が聞こえてくると、お姫さまも僕から離れ再び、勇者さまのもとへ。


「勇者さま。これからはずっと、のんびり暮らせるといいですね」

「そうであってほしいです」


 そんな風に勇者さまとお姫さまが会話しているのを見ていると、その奥に見える王さまの姿が目に入った。


「あの……王さま?」

 食事をしていた手が止まり、心なしか震えているように見える。


 僕の声にふたりも気づいたのか、王さまのほうに振り向く。


「陛下? どうかなさいましたか?」

「お父さま?」


「う……っ、……うぅ……」

 王さまは全身を小刻みに震わせる。顔は真っ青になり、目がうつろ。

 震える手でグラスを取ろうとしている。


 慌てて勇者さまが立ち上がり、王さまに近づこうとした。だが先に、王さまの体がグラリと揺れる。


 グラスが倒れワインが料理やテーブルにこぼれていく。

 同時、王さまは床に崩れ落ちた。

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