第2話
高校生になって変わったことがいくつかある。
まずは、徒歩通学だったのが電車通学になった。幸いにも満員電車とは反対方向なので、人混みにもみくちゃにされることはない。でも、遅刻しそうになった時に走ってなんとかすることが出来ないのは少し困る。それから、昼食が給食から購買で買うようになった。パンでもおにぎりでも毎日気分に合わせて昼食を好きに選べることが、ある種ビュッフェのようで楽しかった。同時にカロリーコントロールには気をつけなければならない。あとは、学力。これはあまり変わらないかな。今日の学力テストもあまり良い出来とは言えなかった。でも最後の追い込みで覚えた単語で一問解くことが出来た。三毛猫さまのおかげかもしれない。
一番変わったのはウツツと話さなくなったことだ。
学力テストが終わりクラスメイトが下校する中、私は一人、教室に残っていた。このまま帰って、ウツツと交わらない明日を迎えることが怖かった。ウツツは今日のテスト出来たのかな。そんな何でも無い話をしたかった。
誰もいない教室でウツツの席に座り、彼女がしていたように窓の外を眺める。中学時代もよくウツツは外を眺めていた。彼女は窓の外の生き物を探しているのだ。尾をブンブン振り回した散歩中の犬や空を舞う鳥のつがい、蜜を求めてフラフラさまよう虫たち。人嫌いの彼女は、人以外の生き物を眺めることが何より好きだった。
昔から彼女は一人きりでいることが多かった。私もきっかけが無ければろくに名前を覚えていなかったかもしれない。
それでも私たちを繋いだのは、お互いに動物が好きだと言うことだ。私が飼い犬の散歩をしていると、同じく猫の散歩に出かけていたウツツと出会った。動物に向ける柔和な表情を見て、私は彼女に興味を持った。それから一緒に動物園に出かけたり、おそろいのキーホルダーを買ったり、ウツツの家に泊まりに行ったこともあった。あの頃のウツツとは確かに通じ合っていたはずだ。私はウツツが好きだったし、彼女も私になついていたように思う。
同じ高校に行こうと誓いあい、学力が伴わなかった私は毎日のようにウツツに勉強を見てもらっていた。合格発表の時には二人して抱き合った。卒業式では、高校に行っても親友だよ、休みの日には一緒に遊ぼうねと約束し合った。高校のクラス発表の時には、私はウツツと同じクラスになれたことを心の底から喜んだ。
しかし、ウツツは私と同じようには思っていなかったらしい。教室で待っていたウツツの顔は引きつっていた。ろくに目が合ことはなく、話をしようとしても用事があると逃げられてしまう。高校に入学してからというもの、ウツツは明らかに私を避けているのである。
私の何が悪かったのだろう。孤高であったウツツになれなれしくしすぎただろうか。それとも馴れ合いは中学までとウツツが決めたのだろうか。
答えの出ない問いを続けていると、外に目を引く物が見えた。見慣れた烏羽色のくせっ毛が網膜に焼き付く。私の妄想が生み出した幻覚かと思ったが、目をこすってもその姿は顕在だ。
窓から外を見下ろすと、ウツツが校舎の脇を歩いていた。ウツツはあたりをきょろきょろ見回すと、やがて校舎の裏側へと姿を消した。校舎の裏側には何があっただろう。行ったことが無かったかもしれない。ウツツの目を引くような何かがそこにあるのだろうか。
それとも、誰かから呼び出しを受けているのかもしれない。人目に付そうも無い校舎裏だ。ありそうな話である。まさかいじめということは無いだろうが、告白を受けているのだろうか。告白をしようとしているのだろうか。どれにせよ気が気でない。
足が動き出す。ウツツの身に何が起こっているのか確かめたかった。しかし、踏み出した足がすぐに止まる。
私が行って何になるというのだ。
私が新しい高校生活を始めたように、ウツツもまた新しい生活を始めようとしているのだ。ウツツの新しい生活の中に私はいない。ウツツ自身が決めたことだ。私たちの関係はたまたま同じ教室で授業を受けているだけの他人に過ぎない。
もう帰ろう。教室にいてもウツツのことばかり考えて苦しくなる。ウツツのいない明日を迎えることを、私は受け入れなければならない。
鞄を手に取り、教室の扉を開けた。
「わ、びっくりした」
急に目の前で声がして、私は思わずのけぞった。開けた扉の向こうにヒカリが立っていた。ヒカリもちょうど扉を開けるところだったようで、扉を引こうとした手が伸びている。行き場を無くした手はそのまま、私の肩をガシリと掴んだ。
「ちょうど良かった、ユメ。探してたんだよー」
明るい声とは裏腹に、ヒカリがうろんな笑みを浮かべる。なぜか嫌な予感がした。
「そなたに新たなクエストを命じてしんぜよう」
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