新入部員ポメラニアンの謎

天海エイヒレ

第1話

「第一次世界大戦で勝利した三国協商とはどこの国?」


「……パス」


「世界恐慌に対してニューディール政策を実施したアメリカ大統領は?」


「……わかんない、次!」


「白樺派の小説家で、代表作に『暗夜行路』『城の崎にて』などがある小説家は?」


「うーん、芥川龍之介!」


「ユメ、日本史は諦めた方がいいかもね」


 ヒカリにバッサリと切られ、降参ですと両手を掲げる。渡された教科書には、凜々しい顔つきをした男性の下に志賀直哉と書かれていた。解説に小説の神様とも呼ばれた文豪とある。私は神に見放されたようで肩を落とした。どうやら、周りのみんなも悪戦苦闘中らしい。クラス中でいくつかのグループを組み、テスト直前、最期の足掻き藻掻きを繰り広げている。


「どうして高校入試を乗り切ったばかりなのに、また試験があるんだろ」


「それが誇り高き使命というものじゃよ。さあ己が剣で戦うのじゃ、ユメよ」


 RPGゲームに熱中しているというヒカリは、両手のひらの上にシャーペンを置き、私へと献上した。王が勇者に伝説の剣を与えるシーンのようだった。

 気合いを入れ直し、先ほど答えられなかった語句を確認する。分からないことは、分かるまで向き合えば良い。勉強だって何だって、私はそうやって戦ってきた。

 判定ギリギリだった志望校に首の皮一枚で合格し、晴れて華やかな校門をくぐることが出来てから、今日で一週間が経つ。私の中学からこの高校へ進学したのは、私ともう一人の二人だけということもあり、初めは新しい環境への不安でいっぱいだった。しかし、校舎はきれいで、担任の先生は優しく、ヒカリという気の合う友人とも巡り会うことができた。比較的順風満帆の高校生活をスタートできたのである。そして慌ただしかった各種ガイダンスを終え、ようやく今の環境に慣れ始めた頃、遊びはここまでだと言わんばかりに学力テストが行われたのだった。


「別に今日の試験は成績に影響しないらしいし、気楽に臨もうよ」


「とは言ってもねえ、点数次第ではうちのママがモンスターになるから」


「それも人生の経験値集めに必用なことじゃよ」


 ふぁふぁふぁとヒカリが笑う。老人のものまねが妙に上手い。どこかで練習したのだろうか。


「余裕そうに見えるけど、ヒカリはテスト大丈夫なの?」


「私は大丈夫だよ。この子が付いてるから」


 ヒカリは鞄から手のひらサイズの物を取り出し、机に置いた。

 ピンと伸びた二つの耳。頭の横まで掲げられた丸い手。ヒカリが見せたのは可愛らしい猫の置物だった。デフォルメされたまん丸おめめが愛らしい。


「なにこれ?」


「開運の三毛猫さま。今朝、神社で買った」


「テストは神頼みってわけね」


 二人して笑い合う。少なくとも私だけがテストに不安を抱えているわけではないらしい、と少し安心した。

 私もあやかろうと、三毛猫さまに祈りを捧げた。一見するとファンシーショップで売っていそうな見た目で、開運効果があるようには見えない。けれど、藁にもすがる思いだった。

 猫の顔を見ていると、どうしても連想してしまうことがある。私は、視線を三毛猫さまから窓際に座る彼女の方へと向けた。彼女は今日も窓の外を眺めていた。くせっ毛のある長い黒髪と小さく細い体、芯の強い真っ黒な瞳がどこか黒猫を彷彿とさせる。人を寄せ付けず、いつも一人きりでいることに慣れている。孤高という言葉がふさわしい女の子だった。


 彼女――ウツツは私の親友だ。いや、親友だったの方が正しいだろうか。

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