青汁

あべせい

青汁

        


「あなた、何、それ? それよ」

「これか、見ての通り、青汁だ」

「でも、あなた、前に『青汁なんか飲めるかッ!』って、言ってなかった?」 

「これは、特別なンだ」

 わたしたち夫婦は、結婚7年目。

 近所では、おしどり夫婦なンて、言っているけれど、実態はオシドリなんて、大ウソ。家の中では、いつも「ガァーガァー」といがみあっているから、ガチョウかアヒルね。

「どこが特別なのよ」

「ふつうの青汁は、ケールや大麦若葉を使うが、これは違う。ケールと大麦若葉は無論入っているが、それ以外に……」

「乳酸菌でしょうね。それにロイヤルゼリー。まだ、あるの?」

「まだ、まだまだ、あるゾ」

「どうでもいいけど、そんなもの、通販で買えるの?」

 わたし、青樹朝子(あおきあさこ)は、うんざりといった顔つきで、夫の智孝(ともたか)を見ている。

 わたしたちは大学の同じ英文学科のクラスで知り合い、卒業後、たまたま同じ広告代理店で出会った。

 彼はその代理店が最初の就職先だったけれど、わたしは再就職だった。しかし、大卒後5年目の出会いに互いに強い奇縁を感じ、翌年結婚してしまった。

 しかし、この程度の合縁奇縁はどこにでもあること。こんなことで始まった結婚生活に、最近わたしは後悔をし始めている。智孝もきっと、同じことを……。

「通販では売っていない」

「売ってない、って?」

「通販では買えないから、おれが自分で作っている。作るときは、材料が手に入り次第だが、ほかにニンニク、黒酢、亜麻仁油、ブルーベリー、アボカド、緑茶、エゴマにウコン……」

「いつまで続くの?」

「いや、これだけだ。ほかに、ナッツがあれば、加えることもあるが……」

「あなた、そんなもの、いつ、どこで作っているの?」

「それは……」

 夫は、シマッタという顔をした。つい口が滑ったようだ。

「おまえが寝てからだ。そんなことより、この材料を手に入れるのがタイヘンなンだ。ケールや大麦若葉、乳酸菌にロイヤルゼリーは通販で手に入るが、ほかのは……」

 夫は、おかしい。うまく話を逸らせたつもりのようだが……。

「ニンニク、黒酢、亜麻仁油、ブルーベリー、

アボカド、緑茶、エゴマにウコンは、スーパーで買えるじゃない」

 智孝は目を白黒させている。

 わたしは不思議と記憶力はいいのだ。相手の言ったことは、一字一句、その場で間違えずに記憶できる。これは、天から与えられた天賦というものだ。

「そうじゃない。おれが欲しいのは、農薬や化学肥料を使わずに生産されたもの。加工の際も、着色料、保存料など不必要な食品添加物を一切用いない無添加のものだ」

 智孝はホッとしたように、まくし立てるが、わたしを誤魔化せたと思ったら、大きな間違いだ。

 わたしは、智孝がウソをついていることを確信した。彼の小鼻が震えている……。

「それで、あなた、その青汁、どこで作っているの?」

「エッ!? も、もちろん、台所で、だ」

「あなた、うちの台所で、深夜、わたしが寝た後に、こっそり起きて、こそこそ、青汁を作っている、っていうの?」

「そッ、そうだ」

 彼はウソがうまくつき通せたと思うと、小鼻がヒクヒクと震える。これは最近、発見したことだが、意識してやっていることではないから、隠しようがない。

「そうだったの。少しも知らなかった」

「いままで黙っていたが……」

「台所を使うのはいいけれど、後片付けはしっかり、しておいてね」

「エッ、汚くしてあったか?」

 汚くしてないから、よ。

 よしッ、わたしは、これから彼のその秘密を暴いてやる。

「それで、その青汁は、健康にいいの?」

「当たり前だ。健康のために飲んでいる」

「本当に効くの?」

「あァ、絶好調だ」

「それなのに、わたしたち、どうして出来ないのかしら?……」

 もう、わたしは諦めたほうがいいと思っている。むしろ、できないほうがいい。この先、わたしたちの行く末を考えたら……。別れないという保証もないし……。

「うッ、うン……。それは、何度も言っているように、神さまの思し召しだ」

「運が悪い、つきがない、って。いつも言っているわね」

 ナニ言っているのッ。少ないのよ! わかっているじゃない。

 結婚して数ヶ月は、週1から、月に2回。その後は、月1、半年に1回と、右肩下がりに落ちていった。でも、先月辺りから、ちょっとあのひとのようすがおかしい。

 この前の、2ヶ月前のは半年ぶりだったのだけれど、ちょっといままでとやり方が違っていた……。激しいというか、長いというのか。いつもより、しつこかったわ。それはそれでいいンだけれど……。それがきっかけなのか、週1に戻ってきた。

 わたしは、性欲は強くない。ともだちと話をしていても、それはよくわかる。だから、わたしたちは、別れずに、まだモッている。でも、この夫はどう思っているのか。いままで、そのことを考えなかったわたしが、バカだった。

 でも、彼に秘密があることがはっきりした。これからは、彼の秘密をつきとめることを楽しみにして、生きてやるわ。


 智孝の「青汁」は、1.4リットル詰めの冷水ポットに入れ、冷蔵庫に納まっている。

 わたしは、その存在に、3日前の朝に初めて気がついた。

 でも、黙っていた。彼は、あれこれ詮索されるのを嫌う。わたしも、だが。

 だから、彼が言い出すのを待った。

 そのとき、冷水ポットの青汁は、1.4リットルには欠けていた。すなわち、すでに少し飲んだということだ。

 2人は共働きで、かれのほうが、出勤が一時間ほど早い。だから、彼が出勤するとき、わたしは彼が玄関ドアを開ける物音で目を覚ます。

 彼のために早起きして、朝食を作ってあげるというのは、結婚して3ヵ月も続かなかった。これでこどもでもいれば、別なのだろうけれど。わたしたちに、そんな日は来るのだろうか。

 智孝は、出勤前に青汁を飲む。今朝は土曜で、わたしのほうが早起きした。結婚後、転職をして、現在は旅行代理店に勤めるわたしは、土曜、日曜も出勤する。夫とはすれ違いになるが、いまはこのほうがいいと思っている。新鮮さの持続というやつ。

 今朝、わたしは起きて冷蔵庫を開けると、自然と彼の冷水ポットの青汁に目がいった。自分では、それほどでもないと思っていたのだが、心の底では気になっているのだ。

 青汁は、半分近くまで減っていた。夫は毎日、コップ一杯、約200cc飲むようだ。

 そして、きょう、わたしは帰宅して、夕食を終えてから、初めて気がついたように、青汁のことを話題にした。

 彼が冷蔵庫を開け、青汁のポットを取り出して、容器の周りの水滴を布巾で拭きだしたからだ。飲まないことはわかっている。飲まないのに取り出したのは、わたしの関心を引くためだ。

 だから、わたしは、わざと尋ねた。

「あなた、何、それ?」

 と。

 彼は、「青汁」のことをいつまでも秘密にしておきたかったに違いない。けれど、事情が変わったようだ。妻に隠れて、こっそり青汁を飲む環境ではなくなった。

 だったら、家で妻の見ている前で、堂々と飲みたい。健康飲料は毎日飲まないと意味がない。これまでは恐らく、職場で飲んでいたのだろうが、だれかに指摘されてか、仕方なく家に持ち帰った。あんな毒々しい色の飲み物なのだから、だれがみても気持ち悪く思う。職場の同僚が怪しんで当然だろう。


 いま、智孝は、隣のベッドで眠っている。

 大きないびきをかいて。

 わたしは、昨晩思い切って、彼の青汁を味見した。スプーンにとって。でも、スプーン一杯が飲めなかった。甘いだけで、マズーイッ! 信じられないほどのまずさ、だった。

 臭さはそれほどでもないが、腐った玉ねぎのような味がした。

 甘さは蜂蜜だと見当がつく。飲みやすくしたつもりだろうが、蜂蜜の味が他の食材と混じりあっていない。

 彼には元来、料理のセンスがない。包丁を持ったことがないはずだ。それなのに、青汁を手作りした。どこで? 何のために?

 それとも、だれかが彼のために、作ってやったのか? そんなひとがいるの? どこに? 職場? 

 彼の会社は、わたしもいたから、よく知っている。女性社員がほぼ男性と同数いる。若い子も多い。亭主持ちも少なくない。未亡人だって。美人も多い。わたしは並のほうだった。

 智孝はもてるのか? わたしがいた頃、女性社員が彼の噂をするのは、年に一度の定期健康診断のときくらいだった。

「青樹主任は、血液検査がすべて基準値内だって」

「眼底検査、心電図、レントゲン、聴覚も異常ナシ、って話よ」

「視力だって、裸眼で左右1.2っていうンだから。主任の楽しみって、何かしら?」

「飲む、打つ、はないわね。煙草も吸わない……」

「あとは、あっち? 信じらンない」

 わたしは脇でそんな話を聞いていても、智孝を小バカにする気持ちは起きなかった。彼は、健康に人一倍気を使っているのだ、とその頃は好意的に解釈していた。

 わたしも健康に対する気遣いでは、彼に負けない。就寝前の柔軟体操は、高校入学以来毎晩欠かしたことがない。毎日体重をチェックして、食事量を調整している。

 食事の献立は、結婚してからは、納豆と酢の物は欠かさず、肉、魚、卵、牛乳、緑黄野菜、海苔、果物の7品目を、量はともかく、常に摂るように心がけている。だから、昼も夜も、弁当やスーパーの惣菜ですますようなことは、滅多にしない。

 どんなに忙しくても、遅くなっても、夕食は夫の分と一緒に、自宅の台所で作る。

 体にいいと聞けば、すぐに試す。トマトのリコピンは悪玉コレステロールを下げるとか、緑茶のカテキンは、抗酸化作用がありガン予防につながるとか、オクラやつる紫などのネバネバ食品は、免疫力アップや胃粘膜の保護に役立つから、八百屋で見つければ、迷わず買って帰る。

 世間で言う「健康オタク」なンだろうけれど、これまで智孝もわたしも、風邪ひとつ引かないで過ごしてきている。こどもに恵まれないのは、神さまがどこかの夫婦と取り違えているンだ。

 でも、健康ばかりでは、つまらない。

 智孝もわたしも、つきあっているとき、周囲から、「おもしろくないでしょ」とよく言われた。その当時は、意味がよくわからなかったが、近頃はヒシヒシとその意味を感じている。

 健康は目的ではない。健康は手段でなければ意味がない。健康を踏み台に、ひとは何かをしなければ……。

 智孝がモテたかという話だが、彼は遊びを知らないから行動範囲が狭く、ガールフレンドをつくる機会に恵まれない。でも、そのときは、彼のそばにわたしがいた。

 彼も、同じ価値観を共有できる女性として、わたしを見ていてくれたと思う。

 あァッ、やかましいィッ! 夫のいびきが始まった。結婚して半年ほどで、夫はいびきをかきだし、わたしはその1年後に、夫のいびきをわずらわしく思うようになった。

 いまでは、夫のいびきは騒音としか、捉えられない。そして、この騒音に耐えている自分は何だろう、と思ってしまう。

 アッ、いま、思い出した。

 わたしほどではないが、職場に智孝と親しく口をきいていた女性がいたことを。

 わたしより、3つ年下で、バストも身長も、わたしをはるかに超えていた。名前は……白河果数未(しらかわかすみ)! そォ、彼女は当時、わたしとも親しかったから、彼女と智孝との関係に、特別注意はしていなかった。

 彼女はまだ、智孝の働く同じ会社にいるのだろうか。

 夫の秘密を探るには、まずメール。彼は、寝るとき、スマホを枕の下に置く。

「どうして、枕の下に隠すの?」

 と聞いたことがある。

 すると、

「隠しているンじゃない。着信音や点滅光で起こされたくないからだ」

 と、なんでもないように答えた。本心はそうじゃないだろう。因みに、わたしはスマホをバッグのなかにしまっている。勿論、夫に見られたくないからだ。

 いま、夫の枕は頭から外れて、ベッドの端に横向きになっている。いつものことだが、彼のスマホがその枕の下から覗いている。

 他人の通信を覗き見るのは犯罪だ。しかし、夫の罪を確認するためには、許されるだろう。

 夫のメール……一日でずいぶんやりとりしている。

 内容は仕事に関するものばかり。女性からのものや、セールスに類するものもない。

 却って、怪しい。夫は用心深い。見られたくないメールは、すぐに消去するのだろうか。

 スマホにないなら、パソコンだ。わたしは、夫のスマホは勿論、夫のパソコンもこれまでいじったことがない。

 関心がなかったから。

 夫のパソコンは、彼の書斎に……といっても、三畳ばかりの我が家では物置兼用になっている。ちょっとかわいそうだが、彼は結婚して、この賃貸マンションに転居してきたとき、それでいいと言った。もっとも、間取りが3LDKだから、仕方ないのだが。

 いましかない。億劫だが、調べてみよう……。


 智孝のノートパソコンは、他人が使えないようにロックが掛けてあった。しかし、わたしは、2年も前にその暗証番号をつきとめ、彼がいないとき、いつでも覗けるように、準備だけはしておいた。

 パソコンの蓋を開く。ロックを解除する。

 やっぱり。覗いて、ガッカリだ。

 中はありきたりの内容で、履歴にはエッチなサイトもあれば、投資のサイトもあるが、意味不明の怪しげなものはない。探りたくなるフォルダやアイコンがない。

 これが、ふつうの男性のパソコンなのか、わたしは、男性経験は彼しかないから、よくわからない。わたしのパソコンにはある「出会い系サイト」が、彼の「お気に入り」に入っていないのが、ちょっと不思議な気がしたが。

 眠くなったから、あとは明日にしよう。


 夫婦は互いに聖域が必要だ。決して見てはならない部分、侵してはならない領域がある。

 世間の夫婦がどうであろうと、わたしはそう信じている。智孝に面と向かって言ったことはないが、彼も同じ考えのはずだ。

 智孝の本心を覗くことができないのと同様、彼もわたしの本当の気持ちを知ることはできないし、その必要はない。

 わたしたちが互いに相手に見せないものは、メール、パソコン、財布の3つ。わたしはそのうち彼のメールとパソコンを見てしまった。あとは、彼の金銭の使い道……。

 わたしたち夫婦は、夫が家賃と光熱費、雑費を持ち、わたしが食費を出すことで承知している。収入の残りは、互いにどう使おうが勝手だ。

 わたしは毎月残ったお金は貯蓄に回しているが、夫はどうしているのか。

 わたしは彼の預金通帳の中身を、3ヵ月おきにチェックしている。通帳が彼の机の抽斗にあるからだ。簡単に見られるのだから、彼は見られていいと思っているのだろう。

 ルール違反と言われるかも知れないが、わたしは妻として当然の権利であり義務だと考えている。

 なぜなら、突然の災害や事故に遭遇したとき、2人の経済状態を把握しておかなければ、どうにもならないと思うからだ。もっとも、これは問い詰められたときの、言い訳でもあるが。

 しかし、預金通帳の記載は、最新のものではない。この3ヵ月、記帳がされていない。怪しい。で、いまから、彼のパソコンを使い、彼の預金口座に侵入して、預金の最新の入出金を確認してみたい。

 IDやパスワードは、パソコンのロックナンバー、彼の誕生日などから数字やアルファベットを拾っていく。夫に関連する数字は、すべて正確に、わたしの記憶にしまいこんである。

 ネット口座のセキュリティは、5分とかけずに解除できた。智孝の持っている秘密の数字なンて、わたしから言わせれば、10もないのだから。

 さて、彼の口座は……。

 毎月25日に、28万円余りの収入、その直後に8万円余の引き落としがある。これは、彼の給与と家賃の支払いで、見慣れている数字だ。ほかに電気水道ガスの料金が、引き落とされている。これらも、毎月ほぼ同じくらいの金額になっている。

 同じ金額が毎月定期的に繰り返されているのは、ほかに彼の小遣い10万円。ところが、それが、先々月から11万円に増えている。

 増えた1万円は、何に使っているのか。

 靴、財布、服……いずれも、新しく買った形跡はない。

 刑事ドラマだと「脅迫」が考えられるのだろうけれど、夫が何者かに、お金を脅し取られているのだろうか。

 あり得ない。

 智孝は、怪しいことや危険なものには決して近寄らない。慎重、用心深い、と当初は思っていたが、いまは、「臆病」なだけなのだと理解している。

 彼はギャンブルをやらない。損を出すことを極度に恐れる。儲ける喜びよりも、失敗する怖さが勝る。

 そのとき、不意に、「カチッ」と、ごく小さな音が鳴った。

 時刻は、午前2:11。何の音なのか? いや、気のせいかも知れない。それとも、何かの合図……? 神さまのお告げかもしれない……。

 そうかッ、メールッ!

 夫はパソコンでもメールのやりとりをしている。神さまが、わたしに教えてくれたッ……。

 画面一番下のタスクバーに、メールアプリのアイコンがある。クリックする。

 わたしはメールと言えば、スマホ以外に考えが及ばなかった。

「受信トレイ」を開く。

 アッ! メールがッ。太字で、

「差出人」は、「kasumi」! あの「白河果数未」に違いない。

「件名」に、「Re お許しください」とある。

 待って、日付は、2ヶ月以上も前だわ。

 どんな内容なのか……。これは罪かも知れないが、妻としては見る必要がある。

「Re お許しください」をクリックする。

「あなたのお話は、お聞きしません。もうメールはしないでください」

 これは、絶縁状じゃないの。

 夫は、何かを申し出て、拒絶された。それが、3ヵ月も前……。

 夫が何を申し出たかは、「送信済みアイテム」を開けばわかる。

 宛先が「kasumi」のメールばかりが出ている。

 最も古いメール、すなわち夫が「kasumi」宛てに、最初に出したメールから見てみよう。

「明けましておめでとうございます。昨年の暮れに、ずいぶん以前に貴方からいただいたメールを読み返し、なつかしく感じました。改めまして、新年のご挨拶をさせていただきます。本年もよろしくお願いいたします」

 次は、その1ヵ月後。

「ご承知でしょうが、私は健康です。心電図、胸のレントゲン、視力、聴覚は勿論、血液検査の数値も基準値内にあります。医師からは、『そのお年では珍しい』と言われています。

ですが、健康だけでいいのでしょうか。人が、この世に生まれ出たからには、何かをしなければ意味がありません。私は、そのことにようやく気がついたのです。迂闊でした。愚かでした」

 次は、その10日後。

「3度目のメールになります。ご迷惑でしょうが、もう少しおつきあいください。返信は期待しておりません。

 私は、ようやく生きがいを見つけることができました。

 それは、まだ秘密ですが、それで貴方にお願いがあります。是非、そのもののモニターになっていただきたいのです。詳しくは、追ってご連絡いたします」

 そうか。夫は、モルモットを探している……。それは、青汁……、青汁を飲んでくれるモルモット……。でも、それが、白河果数未なのか? 

「もう少しで完成します。あなたとご一緒に試飲できる日を楽しみにしています。香りがいいのです。味見はまだしていませんが……」

 あの青汁の、どこをどうすれば、いい香りといえるンだろう。これはやはり女に対する口説き文句と考えるほうが自然だ。

 そして、これが、「kasumi」への最後のメール。

 件名は、「お許しください」

「どうしてですか? あなたの机の上に載せておいたのが、いけなかったのでしょうか。あなたに差し上げる方法がわからずに、してしまったことです。ご家庭がおありだということは充分理解しているつもりです。そして、お子さまを願っておられることも。でも、あなたの結婚生活は、まだ2年じゃないですか。我が家は7年です。

 もう『子宝ワイン』の開発はやめます。失礼いたしました。しかし、『いい加減にしてください!』は、あんまりです。それも、紙切れに走り書きして、私のデスクの上に、裏向けてテープで貼ってありましたね。『わたしは、ワインはいただきません。手作りワインでこどもが授かるなんて、聞いたことがありません。あなたのお話は、セクハラです。これ以上、メールを寄越されるのなら、訴えますから』は、終生、肝に銘じておきます。至らぬ上司をどうか、お許しください」

 夫がこんなことをしていたのか。知らなかった。そういえば、わたしに、ワインを勧めたことがあったっけ。色はまだしも、まずいワインだった。あれは、手作りだったのか。

 そして、果数未にも試飲を勧めたが、拒否された。

 白河果数未が結婚していたことは知らなかった。そして、こどもがいないことも。

 夫はいま、青汁を作っている。毎月1万円の余分な出費は、その費用と考えられる。

 アッ、おなかが……。なんだか、キュッと動きが……。

 待って、吐き気……わたしに、赤ちゃん!?……ウソでしょッ、ウソ、ウソ、ウソよね。……でも、明日朝、いちばんに医院に行って見よう。それからだ。何もかも、それから始まる……。

                 (了)

      

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青汁 あべせい @abesei

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