第6話 降下
そこは薄暗く、とても窮屈な場所だった。密閉されたその空間は汗と埃。そして魔法石の鼻をつく独特な匂いで充満していた。
成人男性一人が辛うじて座れるその座席に腰を降ろすと、後は身動き一つ出来ない程の狭さだった。
座席の左右に置かれた魔法石で出来た球体に手を触れると、閉ざされた筈の密閉空間が急に明るさを取り戻す。
そして正面と左右の視界が開けた。そこは何かの格納庫に見えた。どこを見回しても人型の像の様な物が並んでいる。
それは、魔法石と鉄で作られた人型の像だった。体長は五メートル弱。半球状の頭部には、二つの眼のような物が青い光を放っていた。
胴体は太く、厚い鎧の様な物を装備している。両足も太くしっかりと地面に仁王立ちしている。
左腕には長方形の盾を持ち、右腕の先には五指は無く鉄の砲身が備え付けられていた。そして腰には、鞘に収まった長剣を帯びていた。
人型石人形は黒一色で全身を覆われていた。そして両肩には、一角獣の紋章が描かれていた。
《これより降下を開始します。各隊員、降下に備えて下さい》
格納庫に女の声が響いた。否。拡声器の類で発せられた声では無い。それは、狭い操縦席に座る者達の頭に直接語りかけられた声だった。
「······降下じゃなく、放り投げるの言い間違いだろう」
ある人型石人形の操縦席で、呟く様にそう漏らす者がいた。それは、黒髪の青年だった。年齢は二十代後半に見える。
《ラウェイ二等兵。作戦行動中の私語は謹んで下さい》
また先程の女の声がラウェイと呼ばれた男の頭の中に響く。この格納庫に鎮座する四十体の人型石人形の操縦者達全員にその警告が届いたのか。
それともその言葉は自分一人だけの頭の中に発さられたのか。格納庫の足元が開かれ、空から地上に人型石人形達は落とされた為に、ラウェイ二等兵はその真相を知る機会を失った。
《マジックストーンドール第三中隊! 降下位置を間違えるなよ! 俺に続け!!》
オサドル中隊長の声がラウェイ二等兵の頭の中に響く。四十体の人型石人形が地上に向けて降下して行く。ラウェイ二等兵は操縦席から真上を見上げた。
操縦席の天井には、外の風景が映し出されている。無機質なこの石造りの密閉空間は、操縦者の魔力によって外の様子が映し出されていた。
つい先刻、ラウェイ二等兵達を放り投げた円盤型の輸送機が開いた底扉を閉じて行くのを二等兵は見た。
その時、ラウェイ二等兵の耳に周囲で爆発音が聞こえた。魔力によっての直接頭に送られる通信では無い。
操縦席の中でも直に聴覚に響いて来た爆音だった。それは、降下中の同じ中隊の人型石人形が四散する断末魔の音だった。
《砲撃だ! 各自散開しろ!》
オサドル中隊長の指示が飛ぶ。空から地上に降下しようとする人型石人形の部隊に対して、地上から苛烈な砲撃が浴びせられる。
「······生きて降りられるのか?」
ラウェイ二等兵はそう呟きながら、左右の手を添えた魔法石に魔力を送る。魔法石は青く輝き、マジックストーンドールと呼ばれる人型石人形は操縦者の意志の通りに移動する。
三十九体になった中隊の人型石人形達は、地上からの砲火を避けるように散らばる。だが、弾丸はそれを許さぬかのように人型石人形達を捉えて行く。
分厚い盾を吹き飛ばされた者。頭部を貫かれた者。片足を切断された者。幸運にも地上に降り立つ事が叶ったラウェイ二等兵は両目を閉じた。
同じく地上に降下出来た友軍機の数を調べる為だ。人型石人形は操縦者の魔力によって稼動する。
その操縦者が発する魔力を、ラウェイ二等兵は己の魔力探査網を使い感知する。
「······生き残り二十ニ体。半分近くも撃ち落とされたのか」
ラウェイ二等兵は鋭い舌打ちをしながら、自ら操る人型石人形を前進させる。通常、空から部隊を降下させる場合には、空と地上からの援護が必須だった。
だが、そのどちらの援護が無かった為に、第三中隊は敵軍にとって格好の的になってしまった。
「指揮官が無能なのか。それとも援護する兵力が不足しているのか」
ラウェイ二等兵は呪詛を唱えるように吐き捨てた。二等兵は正面と左右に映し出される戦場に全神経を集中させる。
地形は岩肌が露出する平野。そこは、身を隠す障害物もろくに無い殺風景な場所だった。ラウェイ二等兵の正面に敵軍の人型石人形が現れる。
機体を黒塗りされたラウェイ二等兵達の人型石人形に対して、敵軍のマジックストーンドールは白く塗装されていた。その白い両肩には、鷹の紋章が刻まれていた。
右腕の先に白い砲身。左腕には白い盾。そして腰には長剣と、ラウェイ二等兵達と装備は同一だった。
ラウェイ二等兵は砲身を敵機に向ける。操縦席の正面に映し出される赤い四つの三角形が、敵機を固定する。
照準が固定された瞬間だ。ラウェイ二等兵は迷い無く引き金を引く。だが、実際には引き金をは存在しない。
操縦者が手を添えている魔法石を通じて人型石人形の動作は行われる。砲身から弾丸を発射する行為も然りだった。
ラウェイ二等兵はイメージの中で引き金を引いた。マジックストーンドールは二等兵の指示に忠実に従い、砲身から弾丸を放った。
光の玉は軌跡を残す暇も無く敵機の右肩に直撃する。炸裂音と共に白い人型石人形が後方に倒れる。
報復とばかりに他の敵機から砲撃がラウェイ二等兵に加えられる。三方向から集中砲火を受けた二等兵は為す術なく盾で胴体を庇い後退する。
ラウェイ二等兵の額に汗が滲む。二等兵は己の魔力の大半を盾に注ぐ。十数発放たれた弾丸の内、三発が盾に命中した。
魔力を盾に回し防御力を上げたのが幸いし、ラウェイ二等兵は命を繋いだ。だが、友軍は次々と撃破されて行った。
そしてオサドル中隊長の戦死が伝えられると、第三中隊には撤退命令が下された。
「······撤退命令か。言う方は簡単だな」
ラウェイ二等兵は残りの魔力を機動力に注ぎ、全速力で撤退を試みる。追撃してくる敵機に牽制の為に砲身を向けるが、二等兵に撃つつもりは無かった。
······他部隊の援護もあり、ラウェイ二等兵は帰還を果たした。敵機一体中破。それが、人型石人形に記録されたラウェイ二等兵の戦績だった。
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