第7話 消耗品の命
······遥か昔。人間達は魔力を操りそれを戦いに利用した。爆炎を起こし兵士達を焼き、吹雪を発生させ敵を氷の石像にした。
だが、時と共に魔法を使用出来る者達は減少し、いつしか消えて行った。だが、人間達はその内に秘めた魔力を魔法石を介して兵器に利用する事を考えついた。
人間が持つ魔力を魔法石で増幅させ、人型魔法石人形や船の動力源とした。そして人間達は、その兵器を戦争に投じるのだった。
空を航行する巡洋艦のある一室から、ラウェイ一等兵は姿を現した。他の兵士達も次々と作戦会議室から出て行く。
「ラウェイ一等兵! ちょっとよろしいですか
?」
あてがわれた自室に戻ろうとしたラウェイ一等兵は、茶色い髪の若者に声をかけられた。若者はラウェイと同じ黒い軍服を着ており、肩の階級章は二等兵だった。
「自分はモリスと申します。ラウェイ一等兵と同じく他の中隊から配属されました。よろしくお願いします」
モリスと名乗った若者は礼儀正しく敬礼する。ここ何度かの無茶な作戦行動により、幾つもの中隊が半壊状態に陥った。
その再編の為に、上層部は生き残った兵士達を新たな部隊に配属させた。ラウェイは元第三中隊。モリスは元第五中隊だった。
「ラウェイ一等兵の戦績を拝見させて頂きました。ここ四度の戦闘でニ体のマジックストーンドールを中破。一体を小破。素晴らしい戦績です」
モリス二等兵は高揚した表情でラウェイ一等兵の戦績を称える。モリスの言うその素晴らしい結果とやらで、ラウェイは二等兵から一等兵に昇進していた。
「······君は何歳だ?」
自分を尊敬の眼差しで見つめる若者に、ラウェイは乾いた口調で質問する。モリスは中肉中背のラウェイに対して、頭一つ高かった。
「はい! 二十ニ歳であります」
モリスは嬉しそうに快活に答える。聞けばモリスは十八歳で士官学校に入ったが、医者を志した為に士官学校を退学した。
だが、長引く戦争の兵員不足から国を憂い、モリスは自ら志願して入隊して来たらしい。
「······そうか。それは難儀な事だな」
ラウェイはモリスの経歴に憐れむように呟く。順調に士官学校を卒業すれば少尉に任命される。
それが途中退学した為に、モリスは二等兵と言う軍隊では最下層から出発しなくてはならなかった。
「······実は。ラウェイ一等兵とは同郷でして。それで図々しくお声をかけさせて頂きました」
モリス一等兵は少し照れくさそうに頭を掻きながらラウェイに話しかけた真相を明かした。
「······そうか。君もベルスク出身か」
ラウェイはさして懐かしくも無さそうに生まれ故郷の名を口にした。モリスは軍中で公開されている個人情報データからラウェイの経歴を目にしていた。
「それにしてもこんな巡洋艦が空を飛ぶなんて未だに不思議です。本当に凄い」
モリスは鉄製の床を右足で軽く蹴る。艦船も人型魔法石人形と同様、魔法石と人間の魔力を動力源として稼動している。
だが、人間の魔力だけでは足りない動力を魔法石を改造した増幅石を利用して補っていた。
艦船などは魔力を多く有した人間達が動力源専用要員として船の規模に応じて配置されている。
彼等は機関室に横たわり、船を動かす為に魔力を魔法石に送り続ける。一見、その仕事は血生臭いを戦場とは無縁な気楽な物と思われるが、ラウェイはその過酷な現場を知っていた。
機関室の魔力供給要員は、司令官のその無茶な命令により、限界を越えた魔力供給により廃人になる者が後を絶たなかった。
「今後ともよろしくお願いします」
モリスはラウェイに敬礼し、笑顔で去って行った。自分より六歳年下の若者の後ろ姿を、ラウェイは静かに見送った。
作戦会議から一時間後、巡洋艦オーラルは岩山に身を隠すように着陸した。艦の横腹のハッチが開き、中から人型魔法石人形が次々と出撃して行く。
ラウェイ一等兵はマジックストーンドールの狭い操縦席の中で、両目を閉じ自分の番を待っていた。
「······ルイサ二等兵。落ち着け。訓練通りやればいい」
ラウェイは自分の後ろに並ぶ人型魔法石人形の操縦者に魔力通信で声をかけた。魔力感知網を張っていたラウェイには、ルイサの動悸の乱れが手に取るように感じ取れていた。
「はっ、はい! お見苦しい所を見せて申し訳ありません。ラウェイ一等兵」
今回が初陣のルイサ二等兵は、動揺している自分を必死に押さえつけていた。
『十八歳の少女が戦場に出るか。世も末。いや。この国が末期症状なのか』
紅潮しているであろうルイサの顔を想像しながら、ラウェイは内心で吐き捨てた。直にラウェイとルイサの前方が空き、二人は巡洋艦を出た。
《いいか。ルイサ。このマジックストーンドールを操縦する上で一番大事な事は何だ?》
足場の悪い山道を並んで進むニ体の人型魔法石人形。ラウェイは少女を落ち着かせる為に魔力通信を通じてルイサに問いかける。
《は、はい。自分の魔力をマジックストーンドールに均等に配分する事です》
ルイサは軍事教練の教科書に載っている模範解答を口にした。機体に魔力を均一に配分する事によって、この人型石人形はどんな状況下においても迅速に対応が可能になる。
《そうだ。攻撃。防御。機動力。どれに偏っていても駄目だ。魔光弾の弾数は?》
ラウェイは人型石人形の右手首から伸びる鉄の砲身を振って見せる。
《はい! 魔光弾の弾数は二十ニ発です》
ルイサは卒無くラウェイの質問に答える。魔光弾は魔法石と火薬で調合された人間の拳程の大きさの玉だった。
操縦者はそれに魔力を込め発射すると、玉は倍の大きさに膨らみ光の弾となって砲身から放たれる。
《そうだ。魔光弾に魔力を注ぎ過ぎると全弾射つ前に魔力切れになる。だが、魔力が弱すぎても威力を発揮しない。このマジックストーンドールを操る上で最重要事項だが、魔力切れだけは避けるんだ》
操縦者の魔力の底が尽きると、この人型石人形は文字通り動かない人形になってしまうのだった。
ラウェイ一等兵の講義はそこで中断された。前方で戦闘が開始され、砲火と炸裂音が山岳地帯に轟き始めた。
《始まったな。ルイサ。俺の側を離れるなよ》
《はっ、はい!》
······山岳地帯での戦闘は一進一退を繰り返し、互いに痛み分けとなった。ラウェイ一等兵はルイサ二等兵と共に帰還を果たした。
ラウェイは敵一体を小破させ、ルイサ二等兵は見事敵一体を大破させた。初陣を終え、憔悴仕切ったルイサを見送った後、ラウェイは作戦室に置かれている魔法石に手を触れた。
すると、壁に今回の戦闘に関する個人情報が映し出される。戦死者名簿に視線を移すと、そこにラウェイの知っている名があった。
「······モリスが死んだのか」
ラウェイはあの若々しく笑うモリスの笑顔を思い出していた。名も知らぬ兵士達の戦死者名簿を眺めながら、ラウェイは一人深いため息をついた。
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