第5話 生きる意味

 ユリーナと言う名の魔女がいた。カリーナの住むこの家を住処とし、底しれぬ魔力を持った女だった。


 ユリーナは自分の死期を悟り、禁術を持ってある人間を生み出した。それは、もう一人の自分自身だった。


 ユリーナは自分と全く同じ身体をした女にカリーナと名付けた。カリーナは身体は大人でも、その中身は赤子と同じ純真無垢だった。


 ユリーナは自分の分身であるカリーナに様々な事を教えた。カリーナは文字の読み書きを二ヶ月で覚えると、部屋の壁を埋め尽くす難解な本を読み漁った。


 その知的好奇心の強さは、ユリーナをも驚かせた。


「······ユリーナ。何故人間は存在しているの?」


「水や空気と同じよ。カリーナ。ただそこに在った。そして命を生み世代を重ねてきた。ただそれだけ」


「ユリーナ。何故人間達は戦争ばかり続けているの? 本の年表には、平和な時代が僅かしかないわ」


「暴力と殺戮の文字をその本能に刻まれているからよ。カリーナ。流れる血と死を眺め実感しないと、人間は正気を保てないの」


「······ユリーナ。何故私を······」


 カリーナは何時もユリーナに幾つかの質問をした。そして何時も最後の質問を途中で止めた。


 カリーナにとってユリーナは母であり、姉であり、友でもあった。カリーナがユリーナに造り出され半年が経過した頃、ユリーナが血を吐き倒れた。


 ユリーナが病床で最期の時を迎えようとした時、カリーナは今まで聞けなかった疑問を口にした。


「······ユリーナ。何故私を造り出したの? 私は何の為にこの世に生まれたの?」


 ユリーナの視力は既に失われており、最後に残された僅かな気力を小声に変えて返答する。


「······この世に生まれた意味など無いわ。カリーナ。貴方だけじゃない。この世に生きる人間全てがそうよ。誰もが意味など考える暇も無く朽ちて死んで行くの。だからカリーナ。解答が存在しない疑問など持たない事よ」


 ユリーナはそう言い残し息を引き取った。カリーナは望んだ答えを得る事が叶わず、ユリーナの亡き後この家を守ってきた。


 ······カリーナの出生の秘密を聞き終えたラウェイは、何処か現実感の欠けた話の内容に必死に整合性を持たせようとした。


 人間が自分の分身を生み出す事など可能なのか。ラウェイにとってそれは、まさしく神の領域と言える所業だった。


「······私は聞きたかったの。ユリーナに私を造り出した本当の理由を。そうでなければ。意味を与えてもらわないと、私は何の為に生きているのか分からないの」


 床に座り込んだまま、カリーナは弱々しくそう漏らす。そして背後に立つラウェイをすがるような両目で見る。


「······ラウェイ。貴方には分かる? 自分が生きている意味を? 自分は何の為にこの世に生を受けたのか。その理由を」


 ユリーナを生き返らせる機会を失ったカリーナは、その心に空いた空洞を埋めるかの様にラウェイに答えを求める。


 だが、ラウェイは黙って首を横に振るしか出来なかった。それが、ラウェイが魔女の家で暮らす最後の日となった。


 翌朝、森の鳥達の鳴き声を聞きながら、ラウェイは玄関のドアを開けた。カリーナは見送る様子も無く、テーブルの椅子に抜け殻のの様に座っていた。


「······世話になった。カリーナ。俺は行くよ」


「······軍に戻るの? 自分から戦場に戻り命を粗末にする気?」


「ああ。軍に戻るよ。人間は皆この世で配役が決まっていると何処かで聞いた事がある。俺は多分、戦場で死ぬ消耗品の役なのだろう」


「······それでいいの? ラウェイ。大きな世の流れに運命を委ねて。それで死んでも後悔しないの?」


「カリーナ。人はちっぽけな存在だ。決められた運命に抗っても何も得られない。流されて生きた方が楽なんだ」


「······それは安易な諦めよ。ラウェイ。私は自分が生まれた意味を知りたい。それには必ず意味があるからよ。その真実を知るまで、私は決して諦めない!」


 カリーナが椅子から立ち上がり、語気を荒げた。それはラウェイが初めて見る魔女の感情だった。


「······それでいい。カリーナ。君のその強い願いは、君が生きていく理由になる」


 ラウェイは生気が戻ったカリーナの瞳を見つめ微笑した。そしてドアの外に向かって歩き出す。


「······ラウェイ。貴方の生きる意味が分かった時、それを私に教えて。またここに来て」


 カリーナのその言葉にラウェイは背中を向けたまま答えず、ただ右手を上げただけだった。


 ······ラウェイ三等兵は軍に復帰した後、直ちに軍事裁判にかけられた。その結果、ラウェイ三等兵は最前線送りの処分を受ける事となった。


 そして、四年の月日が経過した。


 

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