【I島タダアキ】



 世の中には二種類の人間がいる。使われる側の人間と、使う側の人間だ。私の一族は代々、使う側の勝ち組としてY町に君臨してきた。

 田舎町は住人みんなの仲がいい。結びつきが強いことを仲がいいと表現するのならばその通りだ。しかし仲がよくとも上下関係は当然ある。上にいくか下にいくか、それが重要なのだ。

 私はこの田舎町の頂点にいる。不動産を管理し、畑や作物売買の権利を持ち――この町に住む多くの人間が、私に対して何かしらの恩義を持っている。

 男たるもの、権力を手にし家族を守るためならば何でもやるべきだ。私はその信念のもとに努力を続けてきた。曽祖父の代から続く事業に甘んじることなく、政界にも意欲的に食い込んでいった。そのために犠牲にしたものも多い。


「じいじ、さっきのなあに?」

 サイレンを聞いて、孫が不安げに擦り寄ってくる。私は幼子を安心させるために抱き上げて、何でもないよと言った。窓の外には、本当に何でもないような夏空が広がっている。しかし五分後には、あの空の片隅より大気を裂きながらミサイルが飛来し、何もかもを破壊しつくすのだ。

 何もかも……I島家が代々築き上げた栄光も、私の生涯をかけた努力も、幼い孫の命も。


 一人息子は、腱を切る怪我さえしなければオリンピックにも出ていただろう自慢の息子だ。体操選手への道が閉ざされたあとも腐ることなく、町の中学で教鞭をとり、結婚して三人の子を儲けた。その末っ子であるタダシは身体が弱く、兄弟たちが山や川で遊んでいる間も、こうして爺の家でひとり休んでいる。

 甘えたで気の弱い、可愛い孫。私は男児たるもの強く逞しくなければならないと考えてきたが、この孫を見るにつれてその思想は希釈されていった。

「じいじ、ご病気? お家ん中入ってお休みせんね?」

 五分後に迫りくる運命に、私の顔はよほど青ざめていたのだろう。タダシは顔色の悪い私を気づかう。二十年前であれば、私はこの子を冷たく突き放していただろう。


 息子の友達を選別するのが、親たる自分の役目だと思っていた。息子の友人たちにも有能なのとそうでないのがいて、私は彼らを露骨に差別した。

 今になって思い出される。この病弱な孫に一番似ていたのは、E田という少年だった。ホラを吹きまわる夢見がちな少年だったが、誰よりも優しかった。喧嘩があれば仲裁し、怪我をした動物があれば助け……あの頃は、その優しさは甘さに感じられ、私は彼を男らしくないと評価した。そして、息子の友人としてふさわしくないと、彼や彼の家族に冷たく当たった。


「じいじは元気たい。じゃけんど暑いけえ、家ん中ん入ろうな」

 穏やかに語りかけると、腕の中の幼子は安心したように微笑んだ。

 私が大切にするべきだったのは、男らしさとか勝ち組だとかいう概念ではなく、この微笑みだったのではないだろうか。今さら気が付いたところで、もうどうしようもないが……。


「よしよし、おいで。もっと奥ん部屋にろうね……」

 サイレンから何分経っただろうか。私は家の最も奥にある書斎に入り、孫の身体を覆い隠すように抱きかかえた。


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