【D川ヨシオ】


「ヒデオ! E田ヒデオやろ!」

 何年かぶりに方言が口から飛び出した。ダメ元で通話を試みた結果、回線の混雑をかいくぐり、奇跡的に電話が繋がったのだ。俺は興奮しながら彼の名を呼んだ。E田ヒデオ。


『ヨシオ?』

 スマホの向こうから聞こえてきた声は、間違いなく彼の声だ。控えめでおとなしく、どことなく浮世離れした声。

『どげしたんや。電話なぞして、珍しかなあ』

「どげしたも……ニュース見とらんとや? ミサイルが……」

『ああ、知っとる。さっきサイレンが鳴った』

 ヒデオの声は相変わらず、緊張しているような上ずりがある。鼻をすすった音が聞こえたのか、『泣いとるんか』と電話越しの声が言う。

 泣かずにいられるか。故郷がなくなるのだ。故郷の人々が死ぬのだ。お前も死ぬのだ。これが泣かずにいられるか。そう言うと、ヒデオは乾いた声でハハッと笑う。

『意外やのう。お前はY町のことが好かんと思うとった……俺のことも』

「ヒデオ、お前、気付いとったんか?」

 俺がY町から逃げ出したこと。狭いムラ社会での保身のために、厄介者のE田ヒデオを見限ったこと。


『知っとる。ぜえんぶ知っとった。俺は嘘つきやったけえ、お前も困っとったんやろ』

「そんなことは……」

 図星だった。自分は超能力者だ、などと言い回る少年。幼いうちはまだ可愛いが、高校生にもなれば変人を通り越して狂人扱いされた。E田、あいつちょっとおかしいっちゃないか。みんながそう噂した。超能力を見せてみろと言えば、見られていたら出来ないなどと言い訳をする。E田の周りからは次第に人が離れていった。それは、俺も例に漏れず。

『よかよ。今考えりゃ、あれで信じてもらおうっちゅう方が無茶な話や。お前が俺に電話してくれただけで、俺はもう、それでよか。ヨシオから電話があるやら……ああ、嬉しか』

「ヒデオ……」

『お別れが言えて幸せや』

「……」

『ヨシオ、最期にひとつ聞いてくれるか』

 ヒデオが意味深に声を潜めた。聞き逃すまいと、俺は通話音量を最大にして耳を澄ます。

『あんな、実は……』


 そのとき、酷い轟音が耳をつんざいた。それは絶対的な死が飛来する音だった。ヒデオの声が、悪魔の絶叫に掻き消される。俺は轟音に負けじとスマホを耳に押し付ける。鼓膜が悲鳴を上げるが、構っている場合ではない。

『俺……』

 ぶつり。通話が切れた。切れたのか切られたのかは定かではない。轟音は唐突に途切れ、俺の耳に届くのは、いつもより切羽詰まった渋谷の喧騒だけだった。

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