【O野ユキエ】


「あたしらの人生、短くね?」

 泣き出しそうな声で、チハルが言った。

 背が伸びて体操服を買い替えたのも、ようやくスマホを買ってもらえたのも、初めて彼氏とえっちしたのも、チハルが自分のことを「あたし」と呼び出したのも、ずいぶんと昔のことに思える。

 でもそれは全部この春からの出来事で、目まぐるしい数ヶ月の中に、ついに「人生終了」なんていう一大イベントまで追加されることになってしまった。

 買って二週間で床に落としてしまって、スマホの画面には何本かヒビが入っている。大事にせんなら買わんよ! なんて怒っていたお母さん。うぜーって思ってたけど、今はうざくてもいいから、お母さんに会いたい。

 でも、あと五分じゃ無理だ。家まで歩いて三十分はかかる。

 でもまあ、最期のときがひとりぼっちじゃなくてチハルと一緒だってだけで上等だ。例えば担任のゴリ島(I島先生。毛が濃くて暑苦しいからこう呼ばれている)と一緒とかだったら、私は絶望のすえに泣き叫んで発狂していたかもしれない。


「手、つなご」

 私が手を差し出したら、チハルは素直に応じてくれた。

 幼馴染のチハル。私に彼氏ができたとき、誰よりも喜んでくれたチハル。一緒の高校に行こうねって約束して、絡めあった細い小指が震えている。

「あたしら、もう高校生になれんっちゃね」

 とうとうチハルは泣き出して、私はチハルの細い肩を抱き寄せる。「私はそれでもいい」なんて、言えるわけなかった。


 私は、ずっとこの世界に馴染めずにいた。決定的ではないけれど無視もできない違和感が、常に胸の内にあった。それの正体に気が付いたのは、つい先月のこと。彼氏と初めてえっちしたとき。

 私、この男のこと好きじゃない。

 股を開いた情けない格好のまま、私は確信した。彼氏が出来て浮かれたのも、デートをしたのも手を繋いだのもキスをしたのも、単にみんながそうしてるからってだけの話。私はみんなの真似をして、普通の女の子を演じている。

 じゃあ、私が本当にしたいのは何? 私が本当に好きなのは誰? 猛獣みたいに唸る彼氏に揺さぶられながら、私はじっと考えていた。


「ねえ……もっと近くにってくれる?」

 心細げなチハルの要求のままに、私はチハルを抱きしめた。夏の暑さは殺人的で、私たちも汗でびしょびしょだ。

 熱に火照ったチハルの頬は、ちょうど食べごろの白桃のように仄かに色付いている。制汗スプレーでは誤魔化しきれない、チハルの汗の甘やかな匂いが鼻腔をくすぐる。


 今、この瞬間にミサイルが飛んできたとしても、私はそれでも構わない。


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