視たくないものは視えないものだ
子供の頃から霊を視る事が出来た。
この特殊な能力について自慢するつもりも
霊に関するもっとも古い記憶は3歳くらいの頃か。
母と手をつなぎ保育園へと向かう道中、ずっと電信柱の横に立って身じろぎもしない女性がいた。
私は彼女を指差して、母に向かい容態を確認するよう訴えた。
霊が視えない母は当然「優乃。なにを言ってるの? そこには誰もいないじゃない」と返答した。
私は気色ばんで「いるもん! 頭から血を流している女の人がそこに立っているよ」と答えた。
その出来事以来、母が私を見る目が変わった。
どうやら虚言を吐いていると思われてしまったらしい。
これ以上霊が視えると主張すれば病院に連れて行き検査すると言われてしまう。
子供ながらに病院には良いイメージがなかった。病院は注射を打たれ痛い思いをするか、おぞましい容姿をした霊たちを視てしまう不快な場所だった。
それ以来私は霊が視える事をなるべく他人には語らず、心の中に留めておく事にした。
大学生になり20歳になった今でも、ずっと霊は視えている。
実はこれまで霊視能力を友人にカミングアウトした事がないわけではない。
だが出る杭は打たれる多感な思春期に、そんなオカルティックな発言をする異端児は当然ハブられてしまう。
交友関係で何度か痛い目にあったため、私は自然と自身の霊視能力について語ることを止めてしまっていた。
だがひょんな事がきっかけで、私は生まれて初めて理解者と出会う事となる。
同じゼミでサークルも一緒だった莉子という友人だ。
地方出身者で趣味も似ているなど接点も多かったため自然と仲良くなった。
彼女は他人の話を頭ごなしに否定せず、まずは一度受け入れてから自分の意見を述べる子だった。
そこで軽い調子で霊が視える事について話してみた。
「私さ、実は結構霊感あるんだよね」
「へーそうなんだ」
「今、軽く引いてるでしょ」
「いやいや、そんな事ないよ。霊感あるって友達たまにいるし」
「それがさ。私の場合感じるっていうか、わりとガッツリ視えるんだよね。事故で亡くなった地縛霊とか、事故にあった瞬間の血まみれな状態で亡くなるんだよ」
「うわー。不謹慎だけどそれってかなり不気味だね」
「そうなの。一番やばかったのが火事が起こって丸焼けになった家があってさ。その跡地をたまたま通りかかったら全身丸焦げの焼死体の霊がいてさ。それも家族3人分いるの」
「ひえっ。それマジ?」
「……莉子は作り話だと思う?」
「うーん。優乃がいつになく真剣だし本当なのかも。優乃ってなんか妙に達観してるというか精神年齢高めな感じだし。こいつ修羅場くぐってんなって思う事あるし。もしかしてガチで視える系?」
「うん。実はガチ。こういうとキモがられたりウザがられたりしそうだから言い出せなかったけど」
「あー。まあ中高生ならそう思われても仕方ないかもね。こいつキャラ作ってんな、だいぶ設定仕上がってんなって子いるし」
「今まで何回もそう思われてきたよ。だから誰にも内緒にしようって思ったの。莉子はそういうの気にしなさそうだから話してみた」
「うん。まあいいんでない? 他人に迷惑かけなければ霊が視えてもビーム出せても問題ないっしょ」
「さすがにビームは出せないよ。ていうかビーム出せたら他人に迷惑かけちゃうでしょ。ビル破壊したり地形変えちゃったりするよ」
そう言って私たちは笑いあった。
生まれて初めての理解者が出来、私は肩の荷が少し下りた気がした。
とは言え、霊の話などしても面白くもないし会話が膨らむわけでもない。
よほどの事がない限り莉子には霊に関する話はしていなかった。
だが、ここ最近奇妙な出来事が重なったため莉子に相談してみる事にした。
「最近、どうも後ろからつけられている気がしてさ」
「背後霊ってやつ?」
「ううん。背後霊にしては距離があると思う。10メートルとか20メートル後ろから視線を感じて、振り返ると残像が消えてるって感じかな」
「怖いね。それ徐々に近づいてくるタイプの霊じゃない?」
「そうなの。私そういうタイプの霊と出くわした事ないから対処の仕方が分からなくて困っててさ」
「よく怪談話であるよね。初めは気配を感じるだけだったのが、徐々に距離が縮まって、学校やバイト先のガラスや窓に姿が写ったりしてさ。そんで最終的には自宅の洗面台とかお風呂場の鏡に写っていてキャー! ……ってシーンよく見るよね」
「私の場合それマジで洒落にならないんだけどね」
「優乃の場合実際に起こり得る話だもんね。世にも奇妙な物語や本当にあった怖い話みたいなドラマが現実で起こるのかぁ」
そう言われると急に背筋がぞっとした。
幼少時から霊を見続けてきたため、グロやホラー耐性はそれなりに自信はある。
だがあくまでそれはこれから霊を視るんだという心構えが有っての話。
お化け屋敷のように突然霊が現れたら驚くに決まっている。
日常生活に支障をきたされては困る。呪いが強い霊だと最悪の場合実害が及ぶ可能性もあるだろう。
私は霊の正体を突き止めてみることにした。
それから学校帰りなど外を歩く時に、視線を感じればすぐに対応出来るよう自撮り棒を用意してみた。
背後から視線を感じた際に、正面を向いて歩いたまま自撮り棒に付いたスマホで後方を撮影するのだ。
これなら霊が消失する前に様子を撮影出来るのではないかと思った。
問題はスマホのカメラに霊が映るのかだ。撮ったものを確認するとどうやら撮影に成功したらしい。きちんと霊は写っている。
これも私の霊能力が為せる技だろうか。
私は何度かカメラモードで写真を撮影したり、動画モードで映像を記録に残してみた。
写真と映像を見比べて、同じ霊が何度も写っている事に気づく。
額が割られ血が流れている50代程の女性の霊。
目の下に大きなくまを作り青ざめて虚ろな顔をした幼稚園児くらいの男の子の霊。
なぜか歯を食いしばりながらこちらを睨んでいる70代くらいのお爺さんの霊。
どれも怪しいが特にこのお爺さんの霊が印象に残った。
こぶしを強く握り、肩を怒らせ、首をすくめ、なにか怒りを必死で堪えるような表情で、ぶるぶると震えながらこちらを見ている。
一体なんなんだ。
正直言ってかなり怖い。
このお爺さんに恨まれるような事をした覚えは当然ない。
背後からの視線の正体はこのお爺さんが原因だろうか。
これ以上近寄られたら溜まったものじゃない。
私は役に立つか分からないがお守りを買って身につけたり、塩をことあるごとに振りかけたりして身を清めてみた。
それが功を奏したのか、お爺さんの霊はとんと見かけなくなった。
だが、不思議な事に背後から感じる視線は続いていた。
それどころか日増しに視線が近づいてくるような感覚を覚える。
一体どう対処すれば良いというのか。
進退窮まり私はノイローゼになってしまい、藁にもすがる思いで莉子に助けを求めた。
「だめ……。やっぱり感じるの。背筋がぞっとするような不快で粘着質な視線が」
「うーん。それは困ったね。こういう時って誰に相談すればいいんだろうね。織田無道? 美輪明宏? 江原啓之?」
「その3人で一番可能性があるのは織田無道かも……。ていうかよくそんな古いタレント知ってるね」
「優乃の力になりたくて図書館でオカルト関連の本も調べてみたんだよ」
「その人達オカルトっていうかスピリチュアル関連だと思うけど……、でもありがとう」
「そうだ。一応撮影した写真とか見せてくれない?」
「いいけど。でも莉子にはなにが写ってるか分からないと思うよ」
「まあまあ。お試しって事でさ。ね?」
霊視能力のない莉子に写真や映像を見せたところで何の意味もないだろう。
だがせっかく相談に乗ってくれているのだ。ダメ元で試してみてもいいだろう。
私はスマホのアルバム画面を見せると、最近撮影した写真を莉子の前でスライドしていった。
自撮り棒越しに撮影した写真はただの通学路の町並みを写しているだけだ。
ここ数日で撮影した写真は数十枚にも及ぶ。
やはりピンと来てないような表情でスマホを眺めていた莉子だったが、突然画面に顔を近づけ、大きく目を見張った。
食い入るように画面を眺め続けている。
遂には私からスマホを引ったくり、ペラペラと画面をスワイプしていく。
ひとしきり画面を眺めた後、大きく嘆息した。
「優乃、わたし視線の正体分かっちゃった」
「ええ? どういうこと!? 莉子も霊が視えるようになったの!?」
強い霊能力を持つ者のそばにいると、霊感の無い者でも感化され能力に目覚める事があるという。
私の抑えきれない霊力に無能力者の莉子も影響を受け覚醒してしまったのだろうか。
「ははは。違うよ。優乃が感じていた視線の正体は霊じゃなくて人。ただの人間だよ」
「……は? それってつまり」
「霊の仕業じゃなくてストーカーの仕業ってこと」
「う、嘘でしょ」
「本当だよ。まったく同じ人物が何度も何度も写っているよ。電柱とか物陰に巧みに隠れているけど優乃の隠し撮りスキルには敵わなかったみたいだね」
完全に盲点だった。
霊ではなく人の仕業だったとは。
霊能力者である自分なんだから、背後から感じる視線は霊によるものだと決めつけていた。
子供の頃から度々霊の視線を感じる事があったため、今回も同じパターンだと思いこんでいたのだ。
「優乃、最近身の回りに変化はない? なにか盗まれたりしたとか」
「そういえば私が出したゴミが荒らされたり、下着が何枚か風に飛ばされたのか見つかってないんだよね」
「それ完全に盗まれているね。その男に」
「うげっ。気持ち悪っ。それより犯人は? そのストーカーってのはどの写真に写っている奴なの?」
「写真なんて見なくてもいいよ。今、優乃の後ろにいるから」
「…………え?」
私の後ろには満面の笑みでこちらに向かって手をふる、脂ぎった中年男性の姿があった。
そこにいたのはゼミで指導を受けている教授だった。
スマホの画面を拡大するとその小太りな姿がちゃんと写っている。
日付を変えて確認してみる。何枚も何枚も何枚も、画面のあちこちに教授の姿があった。どの写真も物陰に隠れながらこちらをじっと観察していた。
私はスマホを伏せると、にっこりと教授に微笑み返し、証拠映像を記録するための監視カメラを自宅に設置する事を決めた。
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