第20話 最初で最後のライヴ

遂に3月7日がやってきた。

前の夜はナカナカ寝付けず、今朝だって必要以上に早起きした。

起きてケンジに電話したら、まだ寝ていた。

羨ましい限りだ。

そして俺は午前九時には部室に来ていた。

予想外にもケンジは早く来た。


ケンジ 「おっす。」

ヒロキ 「おう。早いな。もっと遅く来るかと想っていたが。」

ケンジ 「この日だけは遅刻できないからな。」

ヒロキ 「ライヴ開始時刻は三時だったっけか?」

ケンジ 「あぁ。それまでに楽器運んでおかないとな。」

ヒロキ 「ゲッ!忘れてた…。楽器運ばないとイカンのやった…。」

ケンジ 「そのヘンも抜かりはないぜ。」

ヒロキ 「どういう事だ?」

ケンジ 「助っ人を呼んでる。」

ヒロキ 「スケット?」

ケンジ 「リューちゃん先生さ。」

ヒロキ 「先生?」

ケンジ 「夏あたりに俺のクラスに教育実習で来てね。その時に仲良くなったんだ。もともと壱岐の人みたいでね。」

ヒロキ 「へぇ~。」

ケンジ 「で、今は壱岐に帰って来てるらしくて。車も持ってるし、手伝ってくれるってよ。」

ヒロキ 「ウマイ事いくもんだねぇ…。」

ケンジ 「さて、商高のヤツラが来る前に少し指を暖めておくかな。」

ヒロキ 「おう。やっとけ。」

ケンジ 「オマエもだよ。」


そして暫くするとクミコ、ナオコ、ユカ、サトムラ、タクヤが来た。


ナオコ 「やっぱり緊張しますね。」

クミコ 「頑張れ。影ながら応援しとくわ。」

ヒロキ 「一曲参加だって事を忘れないように。」

クミコ 「そうでした。」

ケンジ 「ナルイシ遅いなぁ…。」

ヒロキ 「音合わせはしたし、後はナルイシの到着を待って最終調整だな。」


そしてやっとナルイシもやって来た。


ケンジ 「やっと来たか。」

ナルイシ 「悪い。遅れて。」

ケンジ 「まぁいいさ。調整するぞ。」

ナルイシ 「おう。でも、ホントに俺でいいのか?」

ヒロキ 「当初ヴォーカルだったヤツが逃げてね。やってくれるなら大歓迎だ。」

ナオコ 「ヤス先輩…やっぱダメでしたか…。」


そして昼をまわった頃…。


ケンジ 「ハラ減ってないか?」

ヒロキ 「緊張でそれどころじゃねーよ。」

ナオコ 「ケンジ先輩は会場を下見してますけど、私たちは見てないですし。」

ケンジ 「そりゃそうだが…。」

ユカ 「頑張れ…。」


そこへ部室の外から車のクラクションが聞こえる。


ケンジ 「たぶんリューちゃんだ。行ってくる。」(出てく)

サトムラ 「リューちゃん?」

ヒロキ 「教育実習で来てた先生なんだと。で、今日荷物運びとかイロイロ手伝ってくれるらしい。」

ナオコ 「確かに。どうやって運ぶかまでは決めてませんでしたからね…。」

ヒロキ 「まぁ気にすんな。」

クミコ 「…。」

ケンジ 「(入ってきて)みんな!リューちゃん先生だ!」

先生 「宜しくっ!」

ヒロキ 「若い…。」

クミコ 「想像と違う…。」

ナオコ 「マッチョ…。」

先生 「コラコラコラコラ…。」

ケンジ 「まぁ詳しい挨拶は車の中でって事にして…。」

先生 「しかし、二回に分けないとな…。そんな大きい車でもないし、楽器もあるなら尚更だな。」

ケンジ 「んじゃ、まずは俺とユカとタクヤとナルイシで行くか。」


そして楽器をつんで四人は先に会場へと向かった。


ヒロキ 「(部室内を見回して)楽器が無くなると…寂しく感じるな…。」

ナオコ 「イキナリ老けたような口調ですね。」

クミコ 「でも確かにそうよね。ここって、皆が居て、楽器がある風景しか見てないし…。」

ヒロキ 「『当たり前が一番大事』…かぁ…。」

ナオコ 「はい?」

ヒロキ 「何でもねー。」

クミコ 「終わっちゃうんだね…。」

ヒロキ 「俺もベースともお別れだな。」

ナオコ 「そっか…タクヤ君に借りてたんですよね。」

ヒロキ 「あぁ…。」


そして暫くして戻って来たリューちゃん車に残りの楽器をつんで、俺達も会場へと向かった。


そして会場に到着した…。


ヒロキ 「うおおぉぉぉっ…。」

ケンジ 「食あたりのライオンみたいな声出してんじゃねーよ。」

ヒロキ 「すっげぇ雰囲気イイじゃん♪」

ケンジ 「だろ。ライヴハウスってより、本当にバーだしな。」

ヒロキ 「どれがベースアンプ?」

ケンジ 「それだ。」(指差す)

ヒロキ 「触ってみよっかなー。」

ケンジ 「何十万のアンプだぞ。」

ヒロキ 「触るのヤーメタ。」

ケンジ 「うっし。客が来るまであと一時間弱。音合わせするべ!」

ナオコ 「OK。」

ヒロキ 「打ち上げはカラオケだな。」

クミコ 「もう打ち上げの事考えてる…。」

ユカ 「私も参加したかった…。」

サトムラ 「一曲だけだけど、頑張ろうっと。」

タクヤ 「…。」


いよいよ運命の時がやって来た。

後輩や友人等ではあったが、客もソコソコ入り、遂にライヴ開始となった。


この間の事はハッキリ言って覚えて居ない。

アタマが真っ白になって、気付いたら終わっていたというカンジだった。

ベースがどうだったとか、歌がどうだったとか。

キーボードがどうだったとか、ドラムがどうだったとか。

ギターがどうだったとか。

そんな事は全く覚えて居なかった。

ついさっきまで立って居たハズの場所さえ、さほど記憶には残って居なかった。


ただ、最高に楽しかった事は忘れない…。


このメンバーが居て、この楽器があって、だからこそ成り立つ。

俺達の最高のバンドだ。

実力的な意味では到底人に誇れるものではなかった。

しかし、俺は間違いなくこのバンドが最高だと想った。


そして打ち上げに行った。

場所は例のカラオケ『ワールド』である。


ケンジ 「終わったな…。」

ヒロキ 「あぁ。」

ナオコ 「緊張しました。」

クミコ 「私も~…。」

先生 「でも、皆ウマかったぞ。」

ヒロキ 「ありがとう御座います♪」

ケンジ 「このライヴは一生忘れねぇ…。」


この日は俺は島に帰らずにケンジの家に泊まった。

ライヴの余韻をもっと感じていたかったんだろう。


ライヴに関しては、『あっけなかった』というカンジだった。


気がついたら終わってた。

そんなカンジだった。

ライヴ後のメシは格別に美味しく感じた。

そしてライヴに参加したメンバーも、参加出来なかったメンバーも、全員が最高の笑顔で笑っていた。


俺はKENDYSを一生忘れないだろう。


最も無謀で、最も楽しかったバンド…。


KENDYSの事を…。

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