鈍感な俺が可愛い後輩の好意に気づいたたった1つのワケ

久野真一

鈍感な俺と一途な彼女

【私も読んでみて、ハマっちゃいました♪】


 先程、彼女から送られて来たメッセージを見て、背筋がゾクリと来た。

 添付された写真は、俺の好きだと言った漫画、全40巻が縦に積まれた写真。

 その漫画、『予知日記』がうず高く積まれた画像は衝撃的だ。

 

「一体、どういうことだ?」


 最近、仲良くしている二つ下の後輩。山下やました美樹みきちゃん。

 好きな作品の話をしていた所に、偶然、彼女が通りがかった事がきっかけ。

 作品談義で盛り上がった俺と彼女は意気投合して、ラインIDを交換。

 学校で仲良く話したり、よく、二人で遊びに行ったりしている。

 俺と彼女は好きなジャンルや作品が似通っているらしく、

 話していてとても楽しい。

 俺が好きだと紹介した作品に彼女が激ハマりする事もしばしばだ。


「にしても、翌日に40巻全部は、ないよなあ……」


 一巻500円と大雑把に計算しても、約2万円。

 高校一年生の彼女にとっては大きな出費だし、なんで電子書籍じゃないのか。

 友人同士で話をあわせるためにしてもやり過ぎだ。


「何考えてるんだよ、美樹ちゃん……」


 そうひとりごちる。と、その写真をよく見ると、どうも妙な事に気がつく。

 単行本の巻を横断して、何やらマジックで線が引かれているのだ。

 じっくり凝視すると、線で構成された何かが「好」の文字に見えてくる。

 そして、もう一つの漢字も浮かび上がってくる。「克」だ。


「好克?」


 なんだ、それは。彼女からの何らかのメッセージなのだろう。

 "好克"という単語を検索しても何も出てこない。

 とすると、「好」と「克」二文字は別々の何かを意味してるのだろうか。

 克という言葉はあまり使わない。俺の名前は克樹なので、よく使うが。


「って、まさかな……」


 一つの仮説を思いつく。それは、自分にとって都合の良すぎる仮説。

 つまり、美樹ちゃんが俺のことを好きだということだ。

 彼女は美人で可愛くて、誰とでも話すのがうまい。それでいて媚びすぎない。

 学年が違う奴ですら、美樹ちゃん狙いの奴がいるらしい。

 そんな彼女が、俺のことを好き?


 あまりに都合が良すぎるから、仲良くなった頃にとっくに放り投げたのだけど。

 40巻の漫画を購入する思い切りの良さと、妙なメッセージを付ける理由。

 彼女が俺に好意を持っているからだと考えると、説明がつけられる。


「しかし、普通は、こんなのされたらドン引きじゃないか?」


 好意をアピールするにしても、もっとさり気なくするものじゃないだろうか。

 オススメした作品を1週間後に、読みました!と言ってくることは、よくあった。

 それが全て本心かはともかく、仲良くするためにそうする程度は自然だろう。

 これまでの彼女からは、こんな不自然さを感じたことはなかった。

 だから、悩んでしまう。

 ジョークという線も薄い。あまりにも意味不明過ぎる。


「とすると、やっぱり、好意アピール?」


 そういう結論になってしまう。もちろん、ありえない話じゃない。

 ただ、距離感を取るのがうまい美樹ちゃんが……?とも思う。

 

「でも、もし、好きだとしたら……」


 そう考えると、胸が高鳴るのを感じる。

 二人で池袋や秋葉原に行ったりした日々を思い出す。

 都合が良すぎるので、考えないようにしていた方向性。


 正直、美樹ちゃんと彼氏彼女の間柄になれるなら嬉しい。

 可愛いし、一緒に居て飽きないし、情にも厚い。

 俺が苦手に感じる、女子特有の陰湿な部分も見受けられない。


「もし、美樹ちゃんが好意を持ってくれていたなら……」


 これまで、彼女からのアピールをさんざんスルーしていたことになる。

 俺自身は、好きかどうかと言われれば間違いなく好きだ。

 単に、可能性を排除していただけで、ずっと好意は持っていた。

 なら-


----


【私も読んでみて、ハマっちゃいました♪】


 そんな、一世一代の大勝負に賭けた私。

 心臓がバクバク言ってる。

 後ろを振り返れば、『予知日記』全40巻。


 ドン引き覚悟の大勝負だ。私だって、友達から送られて来たら引く。

 「好克」の二文字は、積んだ漫画を見て思いついたアイデア。

 ただ、40巻だと、「好きです、克樹先輩」は無理だった。

 先輩は気づいてくれるだろうか。ひょっとしたら、気づかないかも。

 『予知日記』自体は、私も大好きな作品だ。電子書籍で全巻揃えている。

 ただ、この賭けのために、あえて知らない振りをした。


 そもそも、こんな事をする羽目になったのは、克樹先輩が非常に鈍感なせいだ。

 何度デートに誘っても、友達同士での付き合いとしか思ってなかった節が濃厚。

 雰囲気の良い喫茶店とか、二人席で鑑賞できるプラネタリウムとか。

 私は、知恵に知恵を絞って、好意アピールをしたつもりだった。

 でも、誘いには乗ってくれるものの、意識してくれた節はまったくなかった。


 だから、賭けに出ることにした。

 いや、私が好意を直接伝えればいいだけなのだけど、それは怖かった。

 ドン引きされても、最悪友達で居られればなんて打算の結果。


 克樹先輩を好きになったのは、些細なことだった。

 たまたま、彼らが私の大好きなゲームの話で盛り上がっているのを見たのだ。

 元々、私はオタクである事、それ自体は隠していない。

 でも、それは、一般受けするオタク作品が好きという仮面。

 本当は、男性向けと言える作品の、ややマイナーな作品が好きな濃いオタクだ。


 私の大好きな作品談義をしているのを見ると、輪に入りたくなる。

 でも、濃い男ヲタ向け作品だし、と、教室の中に踏み込む勇気がなかった私。

 そこで私を見つけてくれたのが克樹先輩。

 教室の外で輪に入りたかった私を見つけて、


「ひょっとして、『エンジェリック・パレード』に興味ある?」


 男性向けの、いわゆるギャルゲーの作品名を挙げて、そう聞いてくれたのだった。

 そして、私は、「ディープな作品にも興味を持った」という体で話に加わった。

 巷での私のイメージに反して、私は心の深いところでは、臆病だった。

 もし、私の趣味を否定されたら……いつもそう思ってしまう。

 そうして、徐々に、「男性ヲタ向け作品にも理解がある女子」というポジションにシフトすることに成功した。

 ポジションをいきなり転換するのは、大リスクなのだ。

 どんな陰口を叩かれるかわかったものじゃない。


 そんな私だったけど、彼は偏見の目を持たないといえばいいのか。

 乙女ゲーも腐女子向けの本も私は嗜むが、そういうのも含めて寛容。

 だから、彼と二人で居るときは本当の私を出せる気がして、居心地がいい。

 鈍感なのだけは玉に瑕だけど、それはそれとして。


【ええと。明日、放課後、時間もらえる?もし、俺の勘違いだったら、すっごく申し訳ないんだけど……】


 気がつくと、そんなメッセージが届いていた。


「やった。気づいてくれた!」


 感嘆の声を上げる。

 でも、考えてみれば、好意が伝わったとして、彼の返事はわからない。

 私は、ドキドキした気持ちを抱えながら、眠れない夜を過ごしたのだった。


----

 

 翌日の放課後。俺は、学校の、ひと目のつかないところに彼女を呼び出した。

 要件は昨日の事について。というより、彼女の気持ちと俺の気持ちの問題。

 あれが必死のアピールだったら、と考えると居ても立っても居られなかった。

 返事次第では、もしかしたら、好きな作品談義も出来ないかもしれない。

 一緒に放課後や休日に遊びに行く事もできないかもしれない。

 でも、男女の駆け引きというのはそういうものなのかもしれない。

 最初から、「相手は友達として見ている」と思い込むのは、きっと、楽だ。

 でも、高い可能性まで排除するのは単に臆病なだけ。

 

「克樹先輩。昨日の、写真についてなんですけど……どう思いました?」


 少しオドオドした様子の美樹ちゃん。こんな彼女は初めてだ。

 

「たぶん、意味はわかった、と思う。俺が、変な勘違いをしてなければ」


 この期に及んで、そんな事をいう自分を叱咤する。


「それで、克樹先輩のお話というのは……?」

 

 ふと、ひゅうっと秋風が吹く。

 彼女の、サラサラのロングヘアーが風にたなびく。

 

「俺の、美樹ちゃんへの気持ちを話そうと思ったんだ」


 まず、それだけを簡潔に言う。


「は、はい……」


 どこか、ビクビクした様子の彼女。

 真っ直ぐに、彼女の目を見据えて告げる。


「俺は、美樹ちゃんのことが大好き。実は『エンジェリック・パレード』とかが大好きな濃いヲタなところも。そんな自分を恥ずかしがっているところも。それに、俺にまっすぐに好意をぶつけてくれた一途なところも。全部が大好きだ」


 彼女は、ライトヲタを装っていたけど、ヲタはヲタを知るというか、ところどころに出るワードへの反応で、彼女の趣味嗜好の方向性というのはよくわかっていた。ただ、あくまで「ライトヲタである」という事を貫きたいというのはわかって、あえて触れなかったけど。でも、そういう所を隠そうとして隠しきれていないところも俺が魅力的に感じたところだった。


 『エンジェリック・パレード』の話に乗ってきたときも、反応から「あ、この子、めっちゃプレイしてるな」と気づいていたけど、黙っていた。


 でも、付き合うなら、その部分も含めての方がいいと思う。だから、

 あえて名前を出した。


「あ、ありがとう、ございます。私も、克樹先輩のことが、だいっっっっ好きです!ずっと、お付き合いして欲しいと思ってました」


 そして、彼女はそんな返事を返したのだった。羞恥で顔を真っ赤にした状態で。

 そんな彼女を、改めて可愛いなと思う。


----


「あ、ありがとう、ございます。私も、克樹先輩のことが、だいっっっっ好きです!ずっと、お付き合いして欲しいと思ってました」


 私の本性を見抜かれていた事で、羞恥でいっぱいだ。

 でも、好意を告げてくれたのがとっても嬉しくて、私はそんな返事を返した。


 なんで、女心には鈍感なのに、そんなところだけ鋭いの?と思う。


「うん。それじゃあ、恋人になろうか」


 優しく言う先輩。恋人。その甘美な響きに酔いそうになる。


「は、はい!よろしく、お、お願いします!先輩!」


 考えてみれば、私は恋愛経験という奴が一度もなかった。

 だから、彼氏彼女になるというのも初体験。  

 どういう態度をとっていいかもよくうわからない。

 何度も噛んでしまう。ああ、私ってこんなわけわからない状態になるんだ。


「ああ。色々と鈍感なとこはあるけど。その、よろしく」


 先輩も自覚はあったんだ。いや、昨日ので気づいたのかな?


「と、ところで、なんで昨日は気づいたんですか?いや、私としては気づいてくれないと困ったんですが」


 ふと、疑問に思っていたことを尋ねる。


「さすがに、漫画40巻だけだと、わからなかったけど、『好克』が決定打だったかな。いくらなんでも、他の解釈が無理だったし」


 良かった。あの仕掛けにちゃんと気づいてくれたんだ。


「まあ、俺も、そこまで鈍感じゃないってこと」


 やっぱり照れくさそうな先輩がとてもかわいらしく感じた秋の一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈍感な俺が可愛い後輩の好意に気づいたたった1つのワケ 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ