第49話 めんつゆと乾麺

「お前ら、休憩の時間だぞ」 


「へい、わかりやした」


「この飴を舐めて、水を飲めよ」


「へい、無料でもらえるのなら喜んで」


 東美濃に侵攻した武田軍を討ち取り、逆に南信濃に侵攻した新地、羽柴、滝川連合軍は、占領した土地を安定化させるために飴の政策『大規模街道工事』をおこなっていた。

 食事と日当が出るので、南信濃の住民達はこぞって参加している。

 貸与された工事道具で道を作り、コンクリートで舗装していく。

 

 そろそろ暑くなる季節なのでみんな汗まみれであったが、熱射病を防ぐために新地家から派遣された工事監督は人夫達に定期的に休憩時間を取らせ、彼らに塩飴と冷たくて綺麗な水を支給して対応した。


「いやあ、これは参考になりますわ」


 その様子を見ていた秀吉は、隣にいる光輝に話しかける。


「この塩飴ですが、甘じょっぱくて美味しいですな」


 秀吉が、もらった塩飴を舐めながら話す。

 塩、砂糖、各種ミネラル成分を配合した飴で、新地領では現場で働く人達に無料配布されるものであった。

 これを舐めながら水を飲むと、ちょうどスポーツドリンクを飲んだのと同じになるのだ。


 他にも、教育された現場監督が、決められた休憩を作業者に取らせているのに秀吉は感心していた。


「長時間無理矢理働かせても、作業効率が落ちますからね。集めた人夫が倒れてしまえば作業が滞りますし、結局休憩を入れた方が作業が早くなります」


「休憩を入れても、作業効率は上がるものなのですね。なるほど勉強になりますわ」


 秀吉は、新地家が駆使する労務管理の概念に感心する。

 彼自身も、賦役では組を分けて競争させるなどの手法で大きな成果をあげていただけに、これは真似しなければと考えた。


「食事の時間だぞ!」


「飯だ!」


「飯が出るのはいいよな」


 お昼になると鐘が鳴り、人夫達は新地軍の炊事部隊が作った食事をもらいにいく。

 雑穀入りの大きなオニギリが二つ、タクワン、山菜と猪肉とサトイモ入りの味噌汁で、みんな貪るように食べている。


「ご馳走だよな」


「んだ、このまま永遠に賦役をやってほしいよな」


 昼食後も街道工事は続き、夕方になると作業終了の鐘がなる。


「並んで名前を申請し、日当をもらって帰れ。気をつけて帰れよ」


 人夫達は日当をもらうと、そのまま帰る者の他、新地軍が臨時で経営している店で買い物をしてから帰る者も多かった。


「このすこっぷという道具、土を掘るのに便利だから買って帰るだ」


「オラはつるはしを頼まれただ」


「ねこ車は、もう少し頑張らないと金が足らんだな。しかし、何でねこ車って言うんだべな。猫には見えないし」


「さあ? 便利だからいいじゃねえか」


「それもそうだな。今日はおっかあに干し魚を頼まれているだ」


 みんな、働いて得た日当で食料や生活道具を購入して楽しんでいた。

 

「そういやよ、山菜取りの五助がすげえ景気がいいみたいだな」


「そりゃあそうだ、新地軍は沢山いるからあるだけ買い取ってくれるだろうし。菜っ葉を作っている金助が、全部売れてすげえ儲かったって言ってただよ」


「おっかあとジイ様に、畑仕事を頑張れって言わねえとな」


 南信濃の農民達は、家族に畑を任せて工事に参加する者が多かった。

 働いて稼いだお金で、美味しい物や便利な道具を購入する。

 その楽しさに、みんな二度と武田家が戻って来なければいいのにと思うようになっていく。





「殿、私はあれほど恐ろしい男を見た事がありません。気のいい御仁ではあるのですが……」


「見た目は全然そうでもないのにな。幸いにして我らは新地殿と懇意なのだ。その幸運が続くのを祈ろうではないか」


 半兵衛と秀吉は、新地光輝の凄みと恐ろしさに徐々に気がつきつつあった。






「新地殿、信濃の蕎麦は美味しいですな」


「一益殿、この調理方法がいいと私は思うのですわ」


「蕎麦を切って茹でるとは、初めて聞きました」


 三人で南信濃統治を続けるなか、その日はみんなで一緒に昼食を取る事となった。

 主催者は光輝であり、メニューは信濃産の蕎麦を用いた天ざる蕎麦であった。

 新地家の調理人がこねた蕎麦を包丁で均一に切り、それを茹でる。

 蕎麦粉百パーセントの最高級十割蕎麦……にしたらまだ品種改良もされていない蕎麦でボソボソしてイマイチだったので、新地産の小麦も混ぜて八割蕎麦にしたら美味しくなった。

 この時代ではまだ登場していなかった調理方法らしく、秀吉と一益はお替りをしながら食べていた。


「この山菜の天ぷらも美味しいですな」


「揚げたてなのが美味しい」


 他の山菜料理も堪能し、デザートには黒蜜をかけた蕎麦がきも出て、三人は満腹になった。


「このツユが素晴らしいですな」


 一益は、新地領産のめんつゆの美味しさに感動していた。

 醤油、砂糖、みりん、鰹節、昆布を使い、保存性を高めるためにかなり濃い味に仕上げ、必要に応じて薄めて使用する。


「他の料理にも使えますしね。お土産にどうぞ」


「いやあ、催促してしまったようで」


「それなら私は、便乗してしまったようですな」


 一益と秀吉は、お土産にめんつゆを貰ってご機嫌であった。


「蕎麦もどうですか?」


「蕎麦は、保存は大丈夫なのですか?」


「はい、乾麺なら大丈夫です」


 これは新地領産の蕎麦を用いていたが、保存に便利な乾麺も、うどん、素麺、ラーメン、パスタと共に開発していた。


「お湯で茹でて、水にさらすだけで蕎麦ができて、しかも保存性に優れている。凄い発明ですな!」


 一益は喜んで麺つゆと乾麺を持ち帰り、以後彼の大好物は蕎麦となった。

 そして……。


「『南信濃は安定しているようだな。ところで、蕎麦の美味しい食べ方を世間の噂で聞いたのだが……』って、はいはい」


 大した手間でもないと、光輝はめんつゆと乾麺を安土に送る手配をするのであった。

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