第12話 市江島攻略

「ミツ、蟹江城攻略大義である。蟹江周辺をそなたに与える」


「ありがたき幸せ」


 蟹江城攻略から一週間後、津島から南下してきた信長が、光輝に領地の加増を申し渡す。

 去年に得た織田信清との戦功分も合わせて、蟹江、戸田、春田付近まで新地家の領地になった。


 今現在、堀尾泰晴が十数名の補佐と共に新しく得た領地の状況把握に尽力している。

 主君から土地を与えられても、その土地の所有者を特定し、その人物から税を取れるようにするのは領地を与えられた者の義務であった。


 これをしないと、いくら領地を得ても収入にならない。

 現代社会とは違って、権力者が税金を取るのに苦労する時代なのだ。


 泰晴を補佐する内政官は、彼のツテで仕官した者に、警備隊に入った者で適性がある者を教育して配置している。

 その中には、山内康豊の姿もあった。


 康豊はこちらの方が適性があると、自分で志願して文官の方をメインにする事になった。

 これに加えて、清輝の補佐で財政関連の仕事も手伝うようになっている。


「次は、市江島か」


「はい」


「励めよ」


 それだけを言うと信長は、光輝に刀と金子を褒美に渡して清州へと戻ってしまう。

 これから、わざと田植えの時期を狙って美濃に侵攻をする予定なのだ。

 金があるからこそ可能な、信長らしい一手である。


 なお、この戦には一益と藤吉郎も出陣する予定であった。


「みっちゃん、市江島攻略はいつの予定?」


 この世界に来てからすっかり馴染んだ今日子は、領主の正妻らしく光輝に軍を動かす時期を聞いてくる。

 光輝も今日子の助言が欲しいから、すぐに相談した。


「領地の整備がある程度終わってからだから、早くても今年の収穫後だな」


 新しく得た領地の開発に、家臣団の拡大、兵の徴募、この辺は洪水が多いので日光川と新川の治水工事もある。

 新地家は、暫くは動かない予定であった。


「今日子、妊娠中なんだから無理するなよ」


「わかってるって、みっちゃんは心配性だなぁ」


 もう少しで結婚二年になる二人の間には、子供ができた。

 光輝が無茶をするなと言うが、今日子は少しくらいは大丈夫だと警備隊の面々に訓練をつけている。

 光輝としては、もし戦場に出たいなどと言い始めたらどうしようかと思っていたのだ。


「みんな、『新地家の跡取りができた!』って喜んでいたね」


 そこに、休憩のために姿を見せた清輝が声をかけてくる。

 新地家の表と裏の帳簿を全て把握する清輝は、『俺は戦場には出ないから!』と宣言して執務室に籠っている事が多い。

 あとは、キヨマロと一緒にカナガワの艦内工場で作る物の選定をしている事が多かった。


 キヨマロは、数十体のロボットを統率して伊勢湾沖の海底深くに鎮座しているカナガワの保守管理と、そこで生産した物の夜中の運搬と、清輝の補佐に回っている。


「市江島を取って、拠点を移したいよね」


 弥富にある市江島は島であったが、光輝達が知る未来では核攻撃で海に沈むまでは干拓と埋め立てが行われて新田や工業地帯まで作られていた。

 新地よりも広い港が作れるので、ここを攻略したら拠点を移す予定なのだ。


「領民達に種籾を配ったよね?」


「ああ、今年は豊作かも」


 光輝が領民達に配った種籾は、未来の飼料用の米であった。

 特徴としては、あまり手間がかからずに大量に収穫ができる。

 味はあまりよくないが、この時代の米よりは遥かにマシであった。


 麦も、同じように栽培に手間がかからない品種になっている。

 味の方は米と一緒で、光輝達からすればイマイチであろう。

 普段は調理で味を変えて食べているが、お祝いの時などにはカナガワの艦内農園で栽培された米や麦を食べていた。


「みっちゃん、子供の名前を決めておいてね」


「この時代っぽい幼名を考えないと駄目なんだよな?」


「みっちゃん、キラキラネームは嫌だよ!」


「普通につけるに決まっているじゃないか」


 光輝は、信長が自分の子供に妙な名前をつけているので、それだけは真似しないようにしようと思った。

 奇妙丸とか、茶筅丸とか、正直どうかと思うのだ。


「秋までに準備を進めないとな……」


 季節は秋になり、新地領内の整備と軍備増強が進む。

 収穫も豊作に終わり、農民達の顔にも笑顔が広がった。


「服部様よりも、新地の殿様の方がいいな」


「んだ、税は安いし、米がよく獲れる種籾もくれたし」


「麦の種籾もくれるそうだ」


「服部様が二度と戻ってこないといいだな」


「新地様が兵を出すらしいし、もう滅ぶんじゃねえのか?」


 この時代、農民とて素直に武士に従っているわけではない。

 条件のいい領主様が現れたら、前の領主など当たり前のように切り捨てるのが普通であった。

 

「一向宗の信者もほとんどいなくなったな」


「新しく来たお坊様は、一向宗じゃねえよな?」


 光輝達が心配した一向宗の反撃であったが、今のところはほとんど何も起きていない。

 生活が苦しいから一向宗の扇動に乗るわけで、新地領になってからの蟹江に一向宗の扇動に乗る者がほとんどいなかったからだ。


 わずかにいたが、彼らは警備隊によって排除され、代わりに他宗派から普通のお坊さん達が蟹江に招かれた。

 彼らは領民達の相談に乗り、葬式や法事に手を貸し、夜に農民達に字などを教えて徐々に信頼を得つつある。


 大半の領民が他改宗してしまい、一向宗の影響力は排除されつつあった。

 服部家が一向宗の威光を傘に威張って領民達の反感を買っていたようで、それに対抗可能な新地家が現れたら呆気ないほど簡単に改宗している。


 たまに辻説法の坊主が現れるが、誰も話を聞かなくなった。


 蟹江に招いたお坊さんは、現在建立中の寺などで生活を始める予定だ。

 武装もしておらず、寺領も自分達で食べる野菜などを作る広さのみ、あとは新地家が銭で寺禄を渡していた。

 寺としても安全に潤沢な資金で布教活動ができ、新地家に逆らう理由もなくお互いに得をしたというわけだ。


「新しいお坊さんは、また来るらしいぞ」


「市江島にも新しい寺を建てるみたいだな」


「服部様、長島にでも逃げるんかいな?」


「だろうなぁ、オラ達は二度と会わねえから関係ねえだな」


 収穫が終わると、光輝は大規模に軍を動かした。

 とは言っても千名ほどであったが、市江島を守る服部左京進は五百人も集まっていなかった。

 理由は、先の蟹江城における敗北のせいである。

 討ち取られた百五十名は、服部一族、家臣とその一族、市江島の地侍やその一族郎党が大半であった。

 彼ら指揮官クラスが大量に討たれてしまったので、今は農閑期なのに農村から上手く兵を徴兵できなかったのだ。


 農村自体が、服部左京進の足元を見たという理由もある。

 負ける可能性が高そうな方に従って討死するほど、この時代の農民は純情でも間抜けでもなかった。


「殿に徹底的に逆らい続けた服部左京進がの。長島に逃げて再起を図るとは思うが……」


 援軍として、滝川一益が五百名ほど率いて応援にきてくれた。

 

「市江島は島だからな。船を用いての水上戦に活路を見い出すという策もあったのだが、これではな……」


 新地家でも、水軍の整備は進んでいた。

 警備隊を乗せ、目的の場所に上陸して展開する。

 そのために建造された強襲揚陸艦の原型のような船が数隻配備され、吉晴達も船を動かす訓練に動員されていた。


「茂助殿、新地家にいると色々と覚えられますな」


「昔は槍だけだった俺や一豊が、何でも訓練させられるからな」


 茂助と一豊は、新地家が所有する船の上で話をする。

 

「私もそうです。ですが、船はそう簡単には動かせないので、九鬼衆に手伝ってもらってよかったですね」


 話に加わった新地家の臨時雇い利家が、船を操作する九鬼衆を見ながら言う。

 九鬼衆は志摩に領地を持つ国人であったが、伊勢の北畠家から支援を受けた国人達によって領地を奪われてしまった。


 彼らは領地奪還のために信長に接近し、光輝は船を動かせる人材を欲していたので人員を派遣してもらっていたのだ。


「又左殿の言うとおりですな。特にあの船なんて……」


 量産した船とは別に、新地軍が移動する本陣として一隻のガレオン船が浮かんでいた。


「殿は、あの船をどこから?」


「何でも、南蛮人の海賊から奪ったそうで……」


 沈没船の積み荷の引き揚げを東南アジアで行った時に、座礁して乗り捨てられていた船を見つけ、これに応急処置をしてから新地に持ち帰っていた。

 本格的に修理を行い、キャラベル船、ジーベック、関船なども確保はしてある。


 全て沈没したり座礁した船をカナガワの設備で引き揚げ、修理した船ばかりだが、動かす人間の確保が出来ずに係留場を埋めているだけの船が多かった。


 その中から、光輝が船に詳しい九鬼衆に一番巨大なガレオン船を貸与して動かしてもらっていた。

 水軍の育成には時間がかかるので、これも新地家のこれからの課題というわけだ。


「これで服部坊主も終わりだな」


「そうですな」


 利家と茂助が、巨大なガレオン船を見上げながら話す。


「いやあ、こういう内海ですと扱いが難しい船ですな」


 巨大ガレオン船では、九鬼衆を束ねる九鬼嘉隆が操船を指示しながら光輝に話しかけてくる。

 プロの船乗りとしての意地で動かしているが、やはり南蛮の船は少し勝手が違うと嘉隆は思った。


「船はあるのに、動かす人がいないのは困りますね」


「それは大変ですな。しかし、この船の威圧感は凄いですな」


 市江島に籠っているだけでは勝ち目がないと判断した服部左京進が船を出したのだが、巨大なガレオン船のせいで睨み合うだけの状態になってしまった。


 正面から戦っても勝ち目がないとわかっているのであろう。


「撃て!」

 

 両軍が暫く睨み合った後、新地水軍の各船上から種子島の連続した射撃が続く。

 地上よりも命中率は落ちるが、新地家では火薬は惜しむものではなくて使うものである。

 数撃てば命中するし、発射音は敵軍の士気を落とす。

 指揮を執る者を優先的に狙うように指示しているので、それを失った農民兵は船を島に戻しながら逃げていく。

 逃げる船の追撃と射撃は禁止してあったので、服部軍は犠牲者が少ない割に海上に残っている船が少なかった。


「長島に逃げるぞ!」


 敗戦を悟った服部左京進は、家族、家臣、郎党を連れて長島に逃げ込む事になる。

 新地家は、大した犠牲も出さずに市江島の占領に成功するのであった。

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