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逃げたと思っていた仲間たちは、どうやら逃げていたわけでなく、後を追って来ない僕を心配してトンネル内に戻ったらしい。
仲間がまたトンネルに戻ってきたころには、二つの意味で「れい」のあの女の姿は見当たらなく、僕だけが残されていて、その僕は気を失って倒れていたようだ。
そして僕が目を覚ました時には、仲間に囲まれてタクシーの車内にいた。
目を覚ました僕に気付いた仲間たちは「大丈夫だったか!?」と不安な眼差しを僕に向けた。
僕は「大丈夫だよ」と答えた。仲間の一人が「あの後何があったんだ?」と聞いてくるので、僕は「覚えてない」と一言だけ告げた。
仲間たちは何故かそれだけで納得したようで、それ以上僕には質問することをしなかった。互いに顔を見合わせて「ヤバいものを見てしまった」と口々に言っていた。
僕は仲間に嘘を言った。
僕は「覚えてない」と言ったけど、そんなことは無かった。
この今になっても彼女との出会いは忘れる事はない。僕は鮮明に覚えている。
その後、仲間たちとは自然と解散する運びとなった。
それぞれ自宅の近場でタクシーを降りた。こういうときはいつもタクシー代は割り勘だけど、何故かこの時だけは、何の気遣いなのか分からないけど、僕だけタクシー代は払わなくてよかった。
自宅の激安ボロアパートに戻った僕は、着替えもせずにそのまま布団に直行した。ひとまず気持ちを静めるためにこの日は寝てしまおうと思ったのだ。
目を閉じて何も考えずに眠ってしまおうと思ったけど、脳裏をよぎるのはあの彼女の虚ろな瞳だった。彼女のことを思うと胸の鼓動はますます高鳴りなかなか寝付けなかった。
「つり橋効果」という心理現象がある。
それは恐怖体験のドキドキが恋のドキドキと勘違いしてしまう現象であるらしい。まさに僕のこの胸の高鳴りは、その「つり橋効果」なのだろうけど、本来ならば恐怖体験を共有した者同士が対象となるはずだ。
だけど、まさかその恐怖の対象に心ときめいてしまうとは、これは稀なケースだと思う。
でもこれは勘違いではない。僕は彼女に恋をした。一目惚れだった。
そして何を隠そう、僕が恋した相手の彼女は、幽霊だった。
なんなら怨霊といってもいいだろう。
僕は怨霊に恋をしてしまったのだ。
僕は彼女を想い布団の上で身悶えていた。
すると、急にピーンと身体が硬直して動けなくなった。
一瞬焦りはしたけど、すぐに冷静になって、これは金縛りだと判断した。
つい数時間前に同じ経験をしたばかりなので間違えるはずがない。
僕は恐れることなく目をパッと開いた。
やはり僕の思った通り、枕元には白いワンピースを着た異様に長い髪の毛の、霊の彼女が何をするわけでもなく立っていた。
僕は嬉しくなって、金縛りは何処へ行ったか布団から飛び起きた。
彼女の腕を掴もうと歩み寄るが、彼女の身体に触れる事はできずに、彼女の身体を透き通って、そのまま漫画ばかりの本棚に顔から突っ込んでしまった。
とても痛かった。それ以上に「ぐえっ」と間抜けな声を出して恥ずかしかった。
ただそれよりも、何よりも、彼女と再会できて嬉しかった。
彼女も嬉しいのか長い前髪から覗くのその顔にどことなく薄ら笑みが浮かんでいるように見えた。
それにしても僕は大胆な事をしてしまったと今更ながらに思う。
女性を自宅に引き連れて来たのはこれが初めてだったのだ。
いや、この場合は彼女が勝手についてきたのか、それも違う、正確には僕は彼女に憑りつかれたからこんなことになったのだろう。
とにかく、こうして僕と彼女との世にも奇妙な同居生活が始まった。
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