人を辞めた女
ネミ
お話
不幸な少女、
奈々を救う為にゴは上層で暮らす貴族の子女、寿美と魔法の素質を入れ替えた。
二人の「年齢」や「性別」が一致し、「同年代で最高峰な魔法の素養」を持つ寿美はゴの標的になった。
両者の魔法が開花する前、二人はゴの力で魔法の素質が入れ替わった。
「貴族として生まれたのだから魔法に秀でている」と期待されて愛されていた寿美は優れた魔法が開花しない事に落胆された末、失望され始める。
両親から「恥ずかしい」と言われ、友人から侮辱される日々が始まった。
一方、奈々は開花した魔法から、その素質を見出され、上層の学校に特待生として入学する資格を得た。
有望な少年少女はどの様な地位でも上層へ駆けあがる機会がある。
奈々はその機会を得た。
寿美の婚約者、
奈々に惹かれた健治が奈々に構う理由を「奈々が誑かしたからだ」と考えた寿美は「嫉妬」や「婚約者も失う不安」に突き動かされていた。
冷静さを失った寿美は、自分が作った妄想を真に受けて、奈々を「婚約者を私から奪った強奪者」と侮辱した。
「勘違いです」と説得する健治の言葉を信用せず、奈々一人を悪者と決めつけた寿美は健治を失う理由を奈々に押し付けていた。
それは健治から嫌われまいと「健治は悪くない」と言っている様に。
「婚約者が居るから」という理由で奈々との関係を深めすぎなかった健治だったが、「奈々を悪者に仕立てる寿美の異常な言動」に耐えきれず、奈々の優しさに心が揺らいだ末、甘えた。
一度の過ちは理性を緩ませる。
その結果、健治は奈々と共に居る時間が増え、寿美との距離が遠くなった。婚約を解消する為に大人たちを説得した。
奈々に対する言動が悪目立ちしていた寿美は「悪役令嬢」と揶揄された末、感情を抑えられず暴力沙汰を起こし、勘当された。
そして、貴族としての地位を失った寿美に不相応な婚約は破棄された。
「地位」「婚約者」「家族」を失い、世間体まで最悪となった寿美は、誰からも助けられず、誰からも同情されず、下層へ落ちた。
下層へ落ちた寿美は貴族としての自尊心を守る為に、魅力的な身体を用いた大人な仕事を拒絶した。
労働を知らぬ寿美に出来る仕事は他になく、飢えと自尊心の狭間で悩み苦しんだ。
そんな時、寿美に「苦しみから解放されたいか?」と囁いた妖精の名はギ。
「叶うなら」と答えた寿美にギは「求むなら人間性を捨てよ」と告げた。
「どの様に?」という疑問にギが出した答えは「
魔物、人間とは異なる異種族。
人外との交尾は
だからこそ「魔物と交わったなら、それは人ではなく別の何か」と言える。
「そんな事、出来る訳……」と躊躇する寿美にギは「人であるが故に『倫理』や『道徳』を守らねばならぬ。本能的な醜き欲求と高尚な自尊心は相容れぬ。ならば、一つを選ぶしかない」と語る。
「何方か……」と呟き考える寿美にギは「もはや人々から君は人として見られていない」と断言した。
反射的に「私は人よ」と言いギの言葉を否定した寿美にギは「それは君の言い分だろう」と現実を語りだす。
「君が如何なる認知を持とうとも、他者が君を人と見なすかは別だ」と語るギに寿美は「それなら、貴方の言う事も、貴方の思い込みなのでは?」と言い返した。
その返しに動揺する様子を見せないギは寿美に「ならば、確かめてみるか? 人々が君を『人未満だ』と思っている様を」と提案する。
「……どの様に?」と結論を避ける寿美が不安な結末から目を背けると、ギは「盗み見る」と短く言った後「如何する?」と答えを求めた。
「私が落ちても人だって事は変わらない筈」そんな期待に抱きながら寿美は「見ます」と答える。
そんな寿美に不定形な自身を覆いかぶせたギは寿美に別人の皮を纏わせた。
存在しない人に化けた寿美は人々から「寿美へ抱く印象」を聞いて回った結果、「自立できない女が正義と権力を失ったら、誰からも同情なんてされない。それに相応しいのは奴隷だろうさ」となった。
下層に落ちた寿美は弱者を理由に人権を何度も無視された。
「選択が無い」という事は「自由」ではないという事。
だから、人の権利「自由」を持たない存在は「人」ではない。
否定し続けた実態を否定できなくなった寿美は「人」の誇りを打ち砕かれた。
守るべき「人道」を失った結果、不安が消えた寿美はギの導くまま魔物と交わった。
人の世の常識に言わずもがな存在する「人は人と交わり、人の子を産む」に反する愚行を寿美は行った。
魔物と交わり人道から外れた寿美は生物として「人間」でも人の世では獣と交わった異常者。
寿美の愚行を知る者は本人を除いて存在しないとしても寿美自身が人道から逸脱した自覚を持つ。
内心で如何に愚かな思いを抱こうと実行しなければ「人道」から外れない。
生きていれば、愚かな思いを抱く事は避けがたい。
だからこそ「理性」が「倫理」が「愚かな欲」を抑え込む。
過大な自尊心と脆い心を持つ寿美の「たった一度の過ち」は大切に守り続けた「純粋な心」を壊してしまった。
希望を抱きながら必死に守り続けた「純粋な心」が砕けた寿美は守るべき思想を失った。
それを失った寿美。その中に現れた思想は「人の築いた倫理」がない野生の理屈。
それこそ、ギが導いた「人外の価値観」。
「人間として生きる価値」を失った自我は寿美に人外として生きる道を示した。
寿美が行き着いたのは「人の倫理」や「人の道徳」が不要な世界。
「人の法に保障された自由」には無い「無秩序」は「人間」に囚われず生きられる期待を寿美に抱かせる。
その様子に、ギは笑みを浮かべた。
「魔物」と交わり成された「子」は人間ではなく「魔物」だった。
様々な魔物と交わり数多の子を産んだ寿美は魔物の異質性を知った。
それは「腹の中に出された異なる種が混ざり合い『異種』を成す」こと。
寿美が産んだ「子」は自身を守る力であり、子を守る父親も寿美を守護する存在と成った。
そして、寿美は自身を中心に一妻多夫の社会を築いた。
社会が膨らみ目立ち始めた寿美の領域は人の世の権力者に察知された。
多様な種族が混在する魔物の群れに驚いた権力者たちは群れの討伐を兵隊に命じた。
魔物の群れを討伐する為に編成された「軍団」の中に寿美の婚約者だった男が名を連ねていた。
そんな彼が戦地で出会ったのは数多の魔物に守られる元婚約者の元気な姿だった。
魔物に蹂躙される人々の姿を眺めながら微笑む寿美に動揺した健治は撤退する軍団と歩調が合わず魔物に捕縛された。
囚われた健治へ歩み寄る寿美に「なぜ此処に居るんですか!? これはどういう事ですか!?」と答えを求めた健治は穏やかな口調で語る寿美の「私が彼らの妻だからですよ」という告白に言葉を失った。
「こんな状況になったのは俺が彼女を見捨てたから」と考える健治の表情は後悔の悔しさを抑えられない。
その表情から「後悔の情」を察した寿美は「あなた一人の責任ではありませんよ」と優しく語る。
「俺が貴女を見捨てなければ!!」と感情的に叫んだ健治は冷静な寿美から「確かに、その通りかもしれません」と一つの可能性を肯定された。
「やっぱり」と思った健治が次の言葉を吐き出す前に寿美は「ですが、貴方がそれを悔やむ必要はありません」と宣言する。
自分が責められると思っていた健治は「なぜ! 俺は貴女を!」と叫ぶ。
続きを待たず「それは、今の私が幸せだから、です」と言った寿美の表情に苦しみや恨みは見出せない。
まるで本心を語っている様な光景に驚愕した健治は、それが現実だと信じられなかった。
否、信じたくなかった。
根拠を示す様に「あなた達に捨てられた頃の私は苦しみながら私を陥れた人々を恨んでいました。ですが、妖精に誘われて魔物と交わった事で気付けたんです。人として落ちた先に幸せが無いのなら、人を辞めれば良い、と」と語る寿美の様子を、奈々と出会う前の、魔法の素養が無い不出来な自分を知る前の、楽し気な寿美と重ねてしまった健治は今の寿美が幸せだと実感した。
自分の手元から離れて変わった「元婚約者」が惜しいと思う健治は人として寿美を好いていた。
様々な困難と弱り不安定になった心で、自分から寿美を手放しても、「か弱い彼女が大切だった心」と「不遇な境遇に対する同情」は今も健治の中に生き続けていた。
その思いを自覚した健治は「寿美を幸せに出来ない自分」の無力さで痛んだ自分の心から憎み切れない情を感じた。
「これからどうなるのか」と死を待つ不安に苦しむ健治は寿美が魔物たちに言った「彼らを解放してください」という言葉に耳を疑った。
驚きを表現する気力がない健治は「なんで、俺たちを解放するんですか」と絞りだした声で答えを求めた。
寿美は「あなた達には、人々に伝えて欲しい事があります」と答えた後「私たちは、あなた達と争う意思がありません。あなた達が私たちを害さない限りは――の話ですが」と言い終えた後、魔物たちと共に戦地から去る寿美を見つめる健治は、寿美から人間同士という繋がりを断たれたと理解する。
人の命を奪う魔物は人々を害する悪であり人の世の敵。
健治から「寿美の言伝」を聞かされた権力者たちは「色々なものを奪われた逆恨み」で復讐される未来を恐れて、寿美の言葉を信じなかった。
それ程に寿美の被害妄想は「狂人」という印象を人々に印象付けていた。
魔物と交わった寿美を人が表した名は「魔女」。
数多の魔物を夫に持ち幸せな生活を送る寿美。
それを悪と断じて、自らを正義を信じる人々は「魔女」の討伐を望み「聖女」の力に期待する。
魔女だった女の虐めに耐えて幸せを勝ち取った奈々を人々が「聖女」と呼ぶのは、奈々が有する優れた魔法の素養にある。
それが元々、寿美のものだと知る存在は妖精のゴとギだけ。
妖精の理不尽な行為に巻き込まれて不幸になった寿美を幸せにしようと見守り助言するギは人々から「悪魔」と表される。
他者の不幸を構わず奈々の幸せを望み行動するゴは人々から「聖女を導く善良な神」と表される。
魔女という敵が居る限り「聖女奈々」は人々から必要とされる救世主で有り続けられる状況にゴは微笑む。その現状が己のみで作られた形でなくても。
妖精は特別な何かを幸せにしようと、勝手な幸せを押し付ける。
当人が望む事を尊重せず、ただ、己が思い浮かべる理想を叶える為に。
これは、それらに巻き込まれた人々のお話。
終 わ り
人を辞めた女 ネミ @nemirura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます