野草結び

三ツ沢ひらく

第1話

 あとがき


 この度は数ある書籍の中からこの「野草結び」を手に取って下さりありがとうございます。

 また、出版にあたりお世話になった担当氏並びにご協力下さった皆様に感謝申し上げます。

 この小説は私、詰草つめくさ彰人あきとが初めて書いた長編作品です。

 学生時代、ある同級生と競って文芸コンクールに作品を出すことになり、運良く受賞することが出来たのがこの「野草結び」でした。

 小説家として活動を始めて数年、二十八歳になったいま、苦い青春の思い出であるこの作品を世に出すこととなり、とても嬉しく、また運命というものの無慈悲さを感じております。

 最後に万葉集より一首お借りし、いまの気持ちを込めて。


 君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも (狭野茅上娘子/万葉集15巻/3724)


 男が読んでいた書籍はそんなあとがきで締められていた。歪な感情が見え隠れした文章に、感謝を伝えるには苛烈な歌。大きな背中を丸めて熟読していたために固まった体を伸ばし、アイスティーを一口飲む。男はその切れ長の目を凝らし、古民家を改装したというこのカフェの天井をしばらく見上げていた。


亜鳥あとり


 数拍後、柔らかな声色で男の名が呼ばれた。無愛想に片手だけ上げて反応する大男――亜鳥の前の席に座ったのは、今を時めく流行作家であり、亜鳥の高校時代の同級生でもある人物だ。


「遅かったな、詰草彰人先生?」

「いやー遅れてごめん。君がこんなにお洒落なカフェを待ち合わせ場所に提案してくるとは思っていなくて、看板の前で戸惑ってしまったよ」


 作家、詰草彰人は二十分の遅刻を言葉だけの謝罪で済ませ、何事もなかったかのようにブレンドを注文した。細身に合わせたベージュのスーツ姿の詰草に対し、亜鳥はスポーツブランドのトレーニングウエアだ。そのジョギング帰りを思わせる姿に詰草が苦笑する。


「亜鳥は相変わらずだね。そういえば、日本代表選出おめでとう。最近ラグビーが盛り上がっているのは君のおかげかな」

「日本代表候補、だ。まだ決定じゃない。そっちこそ随分と有名になったもんだな」

「まあ、ね。おかげさまで」


 ラグビー選手である亜鳥と作家の詰草。この二人がこうして言葉を交わすのは高校卒業以来、実に十年ぶりであるにも関わらず、お互い少しの緊張もない様子で会話が続く。

 しかし亜鳥の手にある書籍に気付くと、詰草は面白くなさそうに口を歪ませた。


「もしかして今日呼び出したのはそれの件?」

「ああ、そうだ。お前の新刊、実に見事だったよ。高校時代よりもはるかに良くなってる。もう誰もお前が小説を書くことを止めやしない。だからもういいんじゃないか」


 全てを見通すかのような鋭い視線が詰草を刺す。亜鳥はテーブルの上に詰草の新刊――『野草結び』を置いて、言った。


「この本を読んでも、どうしても理解できなかった。いい加減教えてくれないか。何故あの日――『詰草彰人は死んだ』のか」


 幾ばくかの静寂の後、アイスティーの氷がカランと音を立てた。亜鳥の目の前にいる詰草彰人はただ綺麗に微笑んでいる。





【草結び】

 草の葉を結ぶことは、結びとめる行為の中に、その人間の命がこめられると考える古代信仰。

『万葉集全訳注原文付一/p.54』中西進著(講談社文庫)


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