「ボードゲームで遊ぶ」
周りに影になるようなもののない広場に雄二とレナの二人がいた。今回は天界術式について教示されるようだ。
雄二も天界に来てからはや数ヶ月、天界に居ることによる体の変化によって術式を使用することができるようになっていた。後はそれの使い方を学ぶだけである。
術式という物は正しく使うことが出来れば便利なものだが、間違った使い方をしてしまうと地上の人間ならば命を奪ってしまう可能性がある非常に危険なものだ。細かいやり方を覚えておかないと暴発する危険性がある。
「それじゃあ今日は天界術式の一つである転生術を教えようと思います」
「転生術?」
「魂を肉体の中に入れる術式だよ。これは肉体が亡くなってしまった魂をまた新しい肉体へ転生させるときに必要なんだ」
「それじゃあ僕たちはその術式を使って転生させれらていたってことですか」
「そういう事、それでその転生術を練習するための道具がこれ」
そう言ってレナは持ってきたバッグの中を漁り、クマのぬいぐるみとキラキラと光る球状の物体を出した。
「その丸いものは魂ですか?」
「これは疑似魂だよ。言ってしまえば魂を模造したものだよ」
「へぇ、依然見た魂とよく似てますね」
「そりゃ天使たちが丹精込めて作ったものだから」
「疑似魂を使用するのは何か理由があるんですか?」
「流石に練習のために人様の魂を使用するわけにはいかないよ。間違った術式を使ったりすると最悪分裂しちゃうからね」
「え・・・そうなるとどうなってしまうんですか・・・?」
「別にそこまで心配しなくても大丈夫。時間が経てばちゃんと元通りになるからね。でも注意しなくちゃならないのは、分裂した状態の魂が体にあると大変なことになっちゃうんだ」
「大変な事とは?」
「不完全な魂を入れた肉体の人格は崩壊して、知能は植物レベルになってしまうんだ。体は一応成長するけど人間とは似て非なるものとなるよ」
「うわ・・・それは怖いですね」
自分がそんな状態になってしまったらと想像し、背中がゾクっとした。転生が上手くいかなかった時の事を考えて恐怖していると、雄二はさっきレナが話した内容で引っ掛かる部分があることに気が付いた。
彼は恐る恐る質問を投げかける。
「なんか、さっきレナさんが話した内容って異様に具体的じゃありませんでしたか?もしかして、過去にそんな事があったとか・・・?」
「いやいやいや、流石にそんなことはないよ。内容が具体的なのはあれよ。天使だからそういう事態になるのも予想できるってわけよ」
「なら良かったです」
雄二はホッと胸を撫で下ろした。彼はそんな事が本当にあったらという事は想像したくもなかった。
そうして雄二は安心した目でレナの顔を見た、すると
(うわ、レナさんの目が滅茶苦茶に泳いでる・・・)
レナの視線は右左に揺れていたのであった。雄二はそれを指摘しようか迷ったが、おぞましい事実を知ることになりそうだったため、やめておいた。
「そ、それじゃあ気を取り直して転生術のやり方を学ぶとしましょうか」
レナは誤魔化すように話を戻した。
「まず私がお手本を見せるから、その通りやってみて」
「はい、分かりました」
レナは疑似魂を持って、地面に置いたクマのぬいぐるみの方へと近づいた。
「それじゃあ術式を使うからしっかり見てて」
そう言って彼女は持っている疑似魂をぬいぐるみの頭へと近づけた。すると、持っているそれは眩い光を放ち、ぬいぐるみへ吸い込まれるように入っていった。
疑似魂が入っていったぬいぐるみは一瞬黄色く発光し、直ぐにその光は消えた。
「おお・・・」
雄二はその神秘的な光景にうっとりした。
「こうやって疑似魂を近づけて、ぬいぐるみに疑似魂が入っていく光景を想像してそれを念じるんだ。それじゃあやってみようか」
「うーん・・・僕にできるでしょうか・・・」
「最初は失敗することがあるけど練習を重ねれば大丈夫」
「分かりました。やってみます」
レナが両手の掌を上空に向けて念じると、ぬいぐるみの中に入っていた疑似魂はそれから吸い取られるように彼女の手の上に移った。その間も疑似魂は眩い光を放っていた。
レナは自分の手にあるものを雄二に渡した。
雄二は疑似魂を持ってさっきレナがやったようにぬいぐるみの方へ近づき、それの頭の方へ持っているものを近づけた。
「それではいきますね」
雄二はさっきレナに言われたように念じた。すると疑似魂は眩い光を放ち、ぬいぐるみの方へと少しづつ吸い込まれていった。
「やった。やりましたよレナさん」
「あ、ダメ!目を離しちゃ!」
レナが注意した直後、雄二の手にある疑似魂の光は消えて、彼の手には半分になったそれが残った。
「あらら、失敗しちゃったね」
「すみませんレナさん、集中を切らしたからに」
「良いのよ、これは練習なんだから。誰でも一回は失敗するものさ」
「これって本物でやってたらどうなりましたか?」
「うーん・・・まぁ、私がさっき話したような末路になるかな」
「うわぁ・・・」
雄二はこれが本番の時だったらと考えるとゾッとした。レナが言った事態にならないためにちゃんと練習を重ねようと思った彼であった。
その後も何度も実践してみるが、どうしても失敗してしまうのである。上手くいっても疑似魂の8割方がぬいぐるみの中に入るくらいだ。いくら入る量が増えても完全に入りきらなければ意味が無い。天界に来て記憶力と運動能力は格段に上がってはいるのだが、それがあってもこういう術式は難しいようだ。
「うーん、どうしても失敗してしまいます」
「最初はみんなそんなもんだよ。たとえ時間が掛かっても天界なら何の問題にもならないから気にする必要はないよ」
「そうですか。なら自分なりに頑張ってみます」
「それが良いと思うよ」
それから何度か練習をし、雄二は今日のレッスンを終えた。レナはこの後役所の方に用事があるらしく、彼女と雄二はここで別れた。
雄二は一旦家に帰り、その後セルの家へと向かった。
セルの家にたどり着いた雄二は、ドアを叩いた。
「おーい、セルいるかい?」
そう呼びかけると、セルがドアを開けて出てきた。
「遊びに来たよー」
「やぁ雄二、あがってあがって」
セルは雄二を家に招き入れた。
「今日はテーブルゲームを持ってきたんだ」
「テーブルゲーム?」
「これなんだけどね」
雄二は玄関先で手に持ってきた袋から「成人ゲーム」と書かれたボードゲームを取り出した。これは雄二のいた世界で一時期流行っていたものだ。
「へぇ、これってどういうゲームなの?」
「プレイヤーは赤ちゃんからスタートするんだけどね。成人になるまでに一番資産を持っていた人が勝ちというゲームなんだ」
「へぇ、ちょっと面白そう」
二人はテーブル席に座り、ボードゲームをテーブルの上に広げた。
「箱に入ってるときは分からなかったけど結構大きいんだね」
「中では折りたたまれてるからね。て、あ・・・」
雄二は箱に書かれている説明を読んで重要なミスに気が付く。
「これ二人じゃできないみたいだ」
「それじゃあどうする?」
「カルマを呼ぼうか。でもどうしようかな。あれから事前連絡なしに彼女の家に行かないようにしてたんだ」
「俺もだよ」
「とは言っても連絡手段は手紙くらいしかないからなぁ。本当は今日呼ぼうかと思ってたけど昨日はちょっと忙しくて手紙が出せなかったんだよね」
「そっか、なら僕に任せてよ」
「良いけど、どうするんだ?」
「今日習ったことを試そうと思う」
そう言ってセルは目を瞑り、そのまま静かになった。
しばらく待っていると、セルは目を開く。
「カルマにうちへ来てくれるように伝えたよ」
「今ので?いったい何をしたの?」
「思念伝達だよ。自分が見知った相手ならどこにいても自分が頭に考えたことを伝えることが出来るんだ。今日習ったんだよ」
「何それ、便利過ぎでしょ。良いなぁ」
「雄二も後々習うことになるよ。ちなみに君は何か術式を習ったりしてる?」
「僕は今日転生術について習ったな。魂を新しい肉体に転生させる術式だよ」
「へぇ、カッコいいなそれ」
「まだ全然できないんだけどね。練習が必要なんだ」
「そうなんだ。頑張って練習すればできるようになるよ」
ため息を零す雄二をセルは励ました。
「そういえばさ。雄二は天使になって何の職業に就くの?」
「え、僕?僕は将来的に転送者になる予定だよ。なんかレナさんに勧められて、説明を聞いたらやりたいと思ったんだ」
「うんうん、確かに雄二にピッタリだと思うよ」
「セルは?何の職業に就く予定なの?」
「俺は送迎者かな。最初は天使として働けるならどの職業でも良いと思ってたんだけどね。送迎者という職業の概要を聞いたときに心からやりたいと思えたんだ」
「何か惹かれるものがあったの?」
「亡くなったの魂を天界に連れてくるってなんだか神秘的じゃない?俺もそういう神秘的な存在になりたいんだ」
「そ、そうなんだ」
雄二はもっとしっかりとした志望理由を想像していたため、反応に困ってしまった。しかしそれと同時に、そんな考え方もあるのかと感心した。
二人がそんな話をしていると、誰かがドアを叩く音が聞こえてきた。
「セルー、来たわよー」
ドア越しにセルを呼ぶ声が聞こえてきた。その声から来訪者はカルマであるという事が分かる。
「結構早かったね」
「セルが急に呼ぶから走ってきたのかもよ」
「まさか」
セルは玄関の方へ向かい、ドアを開けた。
「やぁカルマ」
「はぁはぁ、やぁセル。家にいたら急に頭にセルの声が響いてきて驚いたよ。それで私に何の用かしら」
「息が切れてるけど走ってきたのかい?」
「だって急に呼び出すから何か重要な用事かと思って」
「そうだったんだ・・・」
セルは申し訳ない気持ちになった。呼んだ理由と言えばゲームを遊ぶのにもう一人必要だからという、物凄く単純なものだ。呼ぶときに用事も一緒に言っておけば良かったと後悔した。
「いや・・・ごめん、そんな重要な用事じゃないんだ・・・ただ雄二の持ってきたゲームを遊ぶのに人数が足りなくてさ、それで思念伝達でカルマを呼んじゃった」
セルは何とか怒られないようにしようと舌を出して誤魔化そうとした。しかしそんな事をしたところでお咎めなしといくわけもなく。
「はああああああ!急に呼び出して何かと思えばゲーム!?」
「アハハ・・・」
「アハハ・・・じゃないわよ!重要な何かだと思って必死で走ってきたのよ!!何で呼ぶときに用件も一緒に言わなかったのよ!!」
「すんません・・・」
セルは必死でペコペコとしていた。そんな様子をみて雄二は、怒った女性の強さを思い知った。
そうして言いたいことを言い終えたカルマは、セルの家にあがり席に着いた。カルマはテーブルに広がったボードゲームに興味を示したらしく、それをジーっと見つめていた。
「それじゃあ始めようか」
「それでこれはどうやってやるんだい?」
「ちょっと待っててね」
雄二は説明書を読み、それの内容をセルとカルマに説明した。
「それじゃあこのルーレットみたいなものを回して、出てきた数字の分進めばいいわけね」
カルマは納得した様子だ。セルもルールは理解したようで首を縦に振っていた。
3人は選んだ駒を所定の位置に置いた。カルマの世界に伝わるじゃんけんのとほぼ同じな運試しをしたところ、最初に駒を動かすのが雄二になった。
「んじゃ回しますか。良い目がでますように・・・・・お、6か」
雄二は駒を進めた。
「えーっと・・・自動車事故を起こし、車の修理をする。60ドルの支払い。なんか幸先悪いな」
「なぁなぁ雄二」
「どうしたの」
「多分カルマもそうだけど、俺はまだ雄二の世界の文字を読むことが出来ないんだ」
「あ、そっか」
「だから大変だと思うけど雄二が全部翻訳してくれると助かる」
カルマもうんうんと頷いていた。
「分かった。二人が止まったマスに書いてある文字は僕が読むよ。それとルーレットに書かれてる数字は分かる?」
「これも読めないけれど、まぁこれも何となくで分かるよ」
「ごめんね雄二。私たちが文字を読めないばかりに面倒な事をさせちゃって」
「良いよ。元はと言えば何も考えず持ってきちゃった僕が悪いんだし」
雄二はセルとカルマが止まったマスに書かれているものは全部天界語で読むようにし、ゲームを進めていった。
「えっと、階段から落下して怪我をする。治療費50ドルを支払う」
「治療費高すぎない?私そんなにお金を持ってないわよ」
「それなら借金するしかないね」
「やだなぁ」
「後で返済する機会もあるから大丈夫」
「そうだと良いけれど」
カルマはガッカリとした様子であった。
その後も順調にゲームは進み、前半戦が終わったところで一番資産を持っているのはセルだった。
「そういえばさ、さっきセルと天使になったらどんな職業に就くかって話をしてたんだよね」
「へぇ、それは気になる。雄二は何になるの?」
「僕は転送者だよ。ここに来た時勧められてね」
「良いんじゃないかな。雄二に合ってるよ。セルは?」
「俺は送迎者になる予定なんだ。なんか神秘的じゃない?俺もそういう職業に就きたいと思ってね」
「あ、うん、確かに神秘的と言われれば神秘的かもね、うん」
カルマもセルの話を聞いて雄二と同じような反応をした。
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