「思い出」

 しかしまだ全てが終わったわけではない。二人もこれを食べなければならないのだ。

 雄二は以前にも同じようなものを食べているため、ある程度は耐えられるかもしれないがセルは違う。そのうえ彼はこのような虫の形をしたものを雄二以上に苦手とするらしい。

 二人はスプーンで掬い、それを口に運んだ。

「う、うん、やっぱり美味しいなぁ」

 雄二は相変わらずの張り付けたような笑顔でそう言った。耐えられないレベルという訳では無いが、やはりそんなに得意な味ではないのである。

 セルのことが心配になり彼の方を見てみる。すると、彼は意外にも顔色一つ変えずに食べていたのである。

「美味しいねこれ、頑張ってゆうじと作った甲斐があるよ」

「え、あ、そうだな」

 そんなセルの様子を見て雄二は一安心した様子である。

 しかし、セルの方をよく見てみると何か様子が違うという事に気が付いた。それがなんだろうとしばらく考えるとその正体に気が付く。

 セルの大きな黒目は豆粒のように縮小し、スプーンを持っていない手はケータイのバイブレーションのように小刻みに震えていたのだ。

(動揺してる、ものすごく動揺してるよ)

 雄二はセルが他からの作用で気持ちが乱れるとこうなるのかと考えていたのと同時に、どうしようかとあたふたしていた。

 流石にそんな様子だとカルマも不審に思い始める。

「どうしたのゆうじ?そんなにあわあわして、というかセルってそんな目をしてたっけ?」

「あ、いや、セルは面白いことがあるとこういう顔になるんだよ」

「ん?面白いことって?まぁ、いっか」

 咄嗟に訳の分からない事を言ってしまったがどうにか誤魔化せたらしい。二人がそんなやり取りをしていたが、セルの方はというとそんなことを気にする余裕はないらしくずっと無言で食べていた。

「な、なんだか僕これだけじゃ足りないかもなぁ・・・セルの分も分けてもらえる?」

「うっぷ・・・う、うんいいよ」

 流石にこれ以上見ていられなかったのでセルの分の残りは雄二が食べることにした。

「え?それなら私の分を分けるよ。セルの分は元から少なかったんだから」

「だ、大丈夫、元々はカルマへの謝罪の気持ちを込めて作ったものだからね。ちゃんと食べてくれないと僕たちも困っちゃうよ」

 事情を知らないカルマの気遣いを適当な理由をつけて遠慮し、セルの皿に入っている分を雄二の皿に移した。

 正直かなり辛いが元々は自分が招いてしまった事なのだから仕方が無い。自分の皿になお一層増えた料理を見て小さな嗚咽が出たがどうにかカルマにはバレずに済んだ。

 雄二は器をもって呼吸もせずに思いっきりそれを口の中へ搔き込んだ。そして急いで口に入れたものを噛んで一気に飲み込む。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 雄二は食事をしただけなのに息を切らしていた。

「アハハ、ゆうじったらどんだけお腹が空いてたのよ。私の分もあげようか?」 

 カルマは可笑しいものを見たような様子でそう言ったが、雄二は首と両手を凄まじい速さで横に振りながら「それは大丈夫」と返した。

 ようやく食事を終え、三人は談笑を始めた。話題はセルと知り合ったときの事であった。

「へぇ、私たちがバドミミンをやってるのを見て、それが気になってたんだ」

「違う、バドミントンね。それで一緒にやろうっていう話になって、道具をカルマの家まで取りに来たってわけ」

「本当にすみませんカルマさん、いきなり来ちゃって」

「別にいいわよ、あとカルマで良いわ、敬語も無しね」

「分かりまし、分かった、カル・・・マ」

 セルは初対面の女性には敬語を使う癖があるらしく。どこかぎこちない様子だ。しかし女性慣れしていないというわけではなさそうである。

「それでセルはどんな世界から来たの?ちなみに私がいた世界は魔法が蔓延っていたね。ゆうじと知り合う前まで魔法は誰でも使えるものだと思ってたけど」

「そのまほう?って言うのはよく分らないな。けど俺のいた世界ではほとんどの人が超能力を使えていたよ。こうやって物に触れずに持ち上げたりするんだ」

 そう言ってセルが手をかざすとスプーンが触れてもいないのに浮き上がり、彼の大きな黒目は縮小していた。

「俺の教育担当のシル先生に教わるまではこれを誰でも使えるものだと思ってたよ。こんな感じに物を触れずに操る能力の他に空を飛んだり瞬間移動する人も俺の世界にいたんだよね」

「す、凄いわね。だけど私だって負けてないわ」

 謎に対抗心を燃やしたカルマは「ファイア」と呪文を唱えると手のひらから野球ボールほどの火の玉を出した。

「ほら、これが魔法って言うやつよ」

「凄いなぁ、こんな何もない所から火を出すなんて」

 得意になったカルマは誇らしげな顔をし、魔法を間近で見たセルは感心した様子だった。

 セルは炎をしばらく見つめていると、いたずら心が湧いたのかそれを超能力を使って動かし始めた。

「あ、コラ、何してんのよセル」

 カルマは縦横無尽に舞う炎を追いかける。先ほどまで自慢げに魔法を披露していた彼女だが、発生させた炎の主導権をセルに奪われてしまっていた。

「キャハハ、それそれ~」

 宙を舞う炎を追いかけるカルマが面白くなったのか、その様子を見てセルは無邪気に笑い始める。

 そんな様子を何とも言えない顔で見つめている人物がいた。それは雄二である。

(この中で僕だけ何の能力も使えない・・・)

 魔法や超能力を使える二人を見て羨ましく感じていた。

「コラー、もういい加減にしなさい」

「ほれほれー」

 しかし楽しそうな二人を見つめているとそんなものは些細な事である気がしてきたのであった。

「ていうか危ないからもうやめい、火事になるぞ」

 そう雄二が言うとセルは能力を使用して炎をかき消した。彼の能力を使えば消化もお手の物らしい。

「まさかセルが超能力を使えるとはなぁ、凄いよ」

「そうでもないよ、俺は物を触れずに動かすことが出来るだけ、カルマみたいに何もない所から炎を出すことなんて不可能だよ」

 雄二が褒めるがセルは謙遜な態度をとっていた。その言葉は本心から出ている様子である。

「でも私はあんな自由にものを動かすことはできないけどね。物を触れずに動かすことができてもせいぜい発生させた風邪で飛ばすくらいしかできないわ」

 セルとカルマの能力ではそれぞれ性質が全く異なる。セルは物を自由に動かせるが、無から有を生みだすことはできない、それに対してカルマは無から有を生みだすことはできるが、それはせいぜい真っ直ぐに飛ばすことくらいしかできず、セルのように自由に動かすことは出来ないのである。

 そして雄二には二人のような目立つ能力は無いが、彼らにはない雄二がいた世界の人間特有の高い想像力がある。今のところ彼はそれを発揮することは出来ていないが、ここで生活していればいつか役に立つときが来るだろう。

 当初では予定していなかった事態によりカルマの家で予想以上に時間を使ったため、バドミントンをやるのはまた別の日にすることとなった。

「それじゃあ明日にでも三人でやる?セルの分のラケットはまた買いに行けば良いし」

「うーん・・・俺は明日ちょっと忙しいからなぁ、明々後日ぐらいがいいかも」

「その日なら私も暇だわ」

「僕も予定が空いてるからその日に三人で遊ぶってことで」

「了解」

 そんな感じに約束を取り付け、カルマに別れを告げたセルと雄二は二人で一緒に家へ帰ることになった。

「カルマって不思議な子だよね」

 二人で帰路を渡っている途中そんなことをセルは口にした。

「確かに不思議かもな、僕が最初にカルマと知り合った時も・・・いやこれはカルマの名誉のために話さないでおくか」

「おいおい、そんな事を言われると気になるよ。カルマには内緒で話してくれよ」

「うーん・・・本人が良いと言ったら話すよ」

「それもう絶対に聞くことができないやつじゃん」

「そんなことはないと思うぞ。何十万年も生きてればいつか笑い話としてカルマが話してくれるかもしれないし」

「かなり先の話だね」

 そうやって話していると、雄二は唐突に空を見上げながら何かを考え込んでいるような表情になった。それはどこか寂しそうなものであった。

「どうしたんだい、ゆうじ?」

「いや、カルマを見てると死ぬ前に仲良かった友達の事を思い出しちゃうんだ」

「そうなんだ・・・俺もたまにあるよ。今あいつはどうしてるんだろうなって、会いたい気持ちはあるけどそういう事は禁止されてるんだよね。ちなみにその子は女の子なの?」

「うん、そうだよ」

「もしかしてその子の事を好きだったとか?」

 セルはニヤリと笑って口を押えながら冗談交じりに言った。それに対する雄二の返答はセルが想像していないものだった。

「そう、凄く好きだった。一目惚れだったんだ・・・」

 雄二の厳粛な雰囲気にセルの表情は真面目なものに変わる。

「そ、そうだったんだ、ごめんね、からかうみたいに言っちゃって」

「いいよそんなことは別に、セルも死ぬ前に仲良かった人の事を思い出すことあるんだね」

「まぁね、できたらまた仲のいい友達として付き合っていきたいと思ってるよ。それは叶わないけど」

「そうなんだ、僕もその人に会ってみたいな」

「雄二だったらいつか会う機会があるかもね、その時はよろしく言っといてよ。もちろん俺の名前は伏せてね」

「分かった、ちなみに名前は何て言うの?」

「ミリス・ジャミアンって言うんだ。そいつは空を飛ぶ能力者だからいつも空中をフワフワと飛んでるんだよね」

 雄二は見かけた時には声をかけて、どんな様子だったかをセルに報告することを約束した。仲の良かった友人の様子が気になるというのは彼も同じなのである。

「ちなみに俺が君と仲良かった女の子に会った場合はどうする?どうしてるか報告したほうがいいかな?」

 雄二だけそんな約束をするのは申し訳ないと考えたセルはそのような問いかけをする。しかし、雄二はそれを遠慮しておくことにした。

「やめておくよ、聞いちゃったら会いたくて仕方なくなっちゃうと思うから、そうなるとまた辛くなるかもしれない」

「そっか、なら代わりに俺が出来そうなことはある?」

「そうだなぁ・・・」

 しばらく考えていると、雄二の頭に両親の顔が浮かんできた。彼が死んだ後、ちゃんとそれを受け入れて立ち直れているかずっと心配だったのだ。

 もし雄二の死を受け入れられずにずっと悔やみ続けていたらと思うと心苦しくなる。そうなっていなければ安心なんだが、と両親の事を思い出すたびに考えていた。

「それじゃあ僕の両親に会った時、落ち込んでいたら手を差し伸べてくれたら助かるかな」

「うん、分かったよ。俺にできることだったらなんでもするね。ご両親の名前は?」

 雄二は両親の名前をセルに話し、「よろしく頼む」と言い足した。

 その後、分かれ道に差し掛かりそこでセルと別れた。

「それじゃあまたな」

 そう言って雄二はセルに手を振った。セルもそれに答えるように手を振り返す。

 

 セルと別れた後、雄二は家に着くなりベッドに寝そべった。そして枕を顔に被せて「んー、んー」と唸っていた。なぜこんな事をしているのかというと、さっきセルと話したことによってまた家族のことや雫の事を思い出してしまい、胸が苦しくなったからである。

「やっぱり忘れようと思っても無理だなぁ・・・」

 何度もそれらを忘れて楽になりたいと思っていたのだが、それがどうしても出来ないのであった。やはりどんなに辛くても、地上での思い出を胸に抱いたまま生きていくしかないのかもしれない。

「はぁ・・・つら・・・」

 雄二は枕を顔に被せ、そのまま眠り込んでしまった。

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