「覗き魔」

 現在、セルと雄二はカルマの部屋で俯きながら正座をしている。一方カルマは二人を見下ろしながら無言の圧をかけていた。セルと雄二の額には一筋の汗が流れる。

 お互い無言のまま数分が経過して、ついにカルマは口を開いた。

「君は見覚えが無いね。名前は何て言うの?」

「はい・・・セル・フリューダ・・・です・・・」

「そっか、把握」

 セルの名前を聞いたところで次に本題へ入る。

「それでさ、何で二人は私の家を覗いていたのかな?」

 そう言って両手を腰に当てながら顔を近づけ、二人をジッと見る。正座をしている男二人はというと終始無言のまま俯いている。

「人の家を覗くことって良いことなのかな?ねぇどう思う?」

 二人は正座のままそれに答える。

「い、いけないと思います・・・」

「良くない事です・・・」

 それを聞いてカルマは顔を更に近づけて重圧をかけた。目は完全に据わっている。

「へぇーちゃんと分かってるんだねー。じゃあ何であんなことしちゃったのかな?」

 雄二は恐る恐る顔を上げてみた。するとそこには口が笑っているが目は一切笑っていないカルマの顔がそこにあった。あまりの恐怖に背中にゾクっと冷たいものが走る感覚に陥った。

「ごめんなさい・・・」

「反省してます・・・」

「いや私は謝って欲しいわけじゃないのよ。何であんなことをしたのかなぁって気になってるだけなのよ」

 二人は震え声になっている。

「叫び声のような声が聞こえて気になって、はい・・・」

「ちょっとした好奇心だったんです・・・」

「好奇心ねぇ、いくら興味が湧いたとしてもやって良いことと悪いことがあるよね・・・ん?ちょっとまって、叫び声が聞こえてきたってなに?」

 カルマは聞き捨てならないものがあったらしく、思わず聞き返した。そして自分の予測は外れている事を願うように質問をする。

「まさかその叫び声って、私が呪文を唱えてる声じゃないよね?そうだよね?お願いそうだと言って!」

 しかし雄二はカルマに対して残酷な現実を突きつける。

「うん・・・カルマが呪文を唱えている声だった・・・と思う・・・」

 その瞬間カルマの顔はみるみるうちに青ざめていき、叫び声をあげ始めた。

「いやああああああああああ、私が呪文を唱えてる声が思いっきり外に漏れていたってこと?そ、そんな・・・・無意識に大声を上げていたなんて」

 彼女はその場で項垂れた。かなり焦っている様子である。

「それじゃあ地上にいた時、今日も娘さんは元気だねぇって近所のおじさんがお母さんに言ってたのも、魔法の練習中に偶然ミキちゃんが訪ねてきて何とも言えない表情をしてたのも、練習をするたび近所の子供がクスクス笑う声が聞こえてきたのも、全部私の声が外に駄々洩れだったからなの!?」

 それはもう凄い光景だった。可憐な見た目の金髪少女は二人に説教をしていたのも忘れて「いやああああ」と叫びながら暫くのたうち回っていたのである。

 そして落ち着いたかと思えば今度は部屋の端っこで俯き、体育座りをしてそのまま静かになっていた。

 流石に見ていられなかった二人は傍へ駆け寄る。

「で、でも近くへ行かないと何を言ってるのかよく聞き取れなかったよね。だから只の叫び声にしか聞こえなかったよ。ねぇ?セル」

「そ、そうだね。只の叫び声だったよ」

 二人がフォローしたいのか悪化させたいのかよく分らない言葉をかけてもカルマは黙って俯いたままだった。

 その状態で時間がしばらく経過した後、カルマは何かをゴニョゴニョと喋り始めた。

「・・・もの・・・・たい」

「え?なんて?」

 雄二は声が小さすぎて何を言っているのか分からず聞き返した。

「何か美味しいものが食べたい・・・」

「「え・・・」」

 そんなことを要求したカルマは瞳を涙で潤ませてムスッとした顔を一瞬上げたと思えば、また俯いたまま静かになった。カルマの予想だにしない言動によって雄二とセルは言葉を詰まらせた。

「美味しいものってどうすればいいんだ・・・」

 セルは戸惑いを隠せない様子だ。

「カルマ、具体的に何を食べたいんだ?」

「キッチンの戸棚にレシピの書いた本があるから・・・それを見ながら作って・・・」

 そう言ってカルマは戸棚の方を指さした。

 二人は早速戸棚を開いた。するとそこには数冊の本が入っており、その中で雄二とセルが読める本は一冊のみであった。

 ページをパラパラと捲ってみると難易度の高そうなものはあまりなく、二人で作ればなんとかなりそうなものが多かった。

 しかしそれでも一つ問題がある。

「ゆうじ・・・この体から足が大量に生えている生き物は何かな・・・」

「これには毛のようなものが生えてるよ・・・」

 前に雄二がカルマの家で食べたような巨大な幼虫に似た食材を使用した料理ばかりなのだ。セルもこの手の物は苦手らしく、顔はかなり引きつっている。

雄二は以前にカルマが調理をしているところを見ていて食材がどこにあるかは分かっていたため、食材の入った戸棚を震える手で開けた。

「「うわぁ・・・」」

 そこに入っていたのは調理もされていない完全に生の巨大な虫たちであった。依然食べた芋虫の形をしたものから誰もが苦手とする黒い甲殻類に酷似したものがあった。それらは生きていないのがせめてもの救いかもしれない。

 二人は口裏を合わせて未だ俯いてるカルマの方へ向かった。

「な、なぁカルマ、セルと話し合ったんだけどさ。俺たちの世界の料理をふるまうって言うのはどうだろう。カルマも今まで食べたことの無いような料理を食べてみたいでしょ?」

 しかしカルマから帰ってきた返答は二人の期待を完全に裏切るものだった。

「いや・・・故郷の料理じゃないと気が収まらない・・・」

 セルと雄二は圧倒的な絶望感に襲われた。

「ぼ、僕たちの世界の料理も結構おいしいぞ。一回食べてみれば分かるって」

「ゆうじもこう言ってますし、ここはおまかせいだけませんかね・・・?」

 二人は説得したがカルマはそれで納得いかないらしく、ブンブンと首を振るだけだった。

「頼む!俺たちじゃあれを触ることも出来ないんだ」

「お願いしますカルマさん、あのネチョネチョした物は俺たちの手に負えません」

 しばらくカルマは二人の説得を黙って聞いていたが、耐えかねたのかボソッと一言呟いた。

「覗き魔・・・・」

 その瞬間二人は言葉を詰まらせたまま凍ったように動かなくなった。もはや逃げることは許されないようだ。

「そ、それじゃあこうしようよ。俺が指示出す係、そしてゆうじが調理する係、この方が効率が良いと思うよ」

 そう言ってセルは雄二が持っていたレシピ本をひったくるように奪い、パラパラとページを捲る動作をした。もちろんそんなことは雄二が納得することは無く。

「おい!貴様だけ逃げることは許さんぞ、一緒に地獄へ付き合ってもらうからな」

「いやいやいや、俺ああ言うのホントダメなんだって、あれのスモールサイズですら目に入れるのもきつかったのにあんなデカブツを調理するなんてムリムリムリムリ」

 セルは手をブンブンと振りながら早口で喋っている。

「それはこっちも一緒だわ。僕なんかあれを食ったんだからな!て、あ・・・」

 雄二はつい口が滑り、更に状況が悪化することを喋ってしまった事に気が付きハッとする。恐る恐るカルマの方を向いてみた。

 すると案の定カルマは口をパクパクさせて今にも泣きだしそうになっていた。

(やらかしたあああああ、どうする、どうすれば・・・)

 焦った雄二は突発的にその場で思いついてしまった事を言ってしまう。それは二人を更に絶望の底へと叩きつけるものであった。

 

 話し合いの結果、セルとは交代交代で調理することとなり、雄二が行う工程は若干多くすることとなった。話し合いというよりかは半強制的にこうなったわけなのだが。

 それでも足りないくらいの失態を雄二は犯したのである。

「どうしてこうなった」

 大量の食材を目の前にしてセルは嘆いた。

「しょうがないだろ、あんな顔されたらあー言うしか無かったんだよ」

「だからって『美味しかったから僕らの分も作ろう』はないだろ!ふざけんなよ!」

「だからごめんって・・・」

「自分でどうにかしてよおおおおお、何で俺も巻き込むんだよおおおお」

 セルは泣きそうな顔で雄二の肩をガクガクとゆすった。本来なら一人分を作ればよかったのに三人分を作って食べることになったのだ、そんな受け入れがたい現実を前にセルは半狂乱になりかけている。

「てか君とはさっき知り合ったばかりなのに何でこんな状況になってるんだ・・・」

「これに関しては僕も予想がつかなかったから・・・」

「あの時に覗かなければ・・・そもそもバドミントンをやろうと思わなければ・・・」

 今更後悔したところでどうしようもない。この現実はもう変えられないのだ。

 腹を括った雄二は早速調理に取り掛かるとした。芋虫型の具材を包丁で切り始める。しかし、腹を括ったと言っても気持ちが悪いと感じることには変わりはなかった。

「ヌメヌメしてる・・・これヌメヌメしてるよ・・・」

「うわあああああ、なんか出てるよおおおお、俺もう見てるだけで無理!ゆうじが全部やってくれ」

「それは僕の精神が持たないよ。切らなくてもいいからせめて食材を抑えることだけでもやってくれ」

 ヌメヌメとしたそれはきちんと押さえつけないと包丁が通らないのである。これを一人で調理したカルマは中々料理の腕前が良いらしい。

「う、うわぁ・・・ほんとにヌメヌメしてる・・・目を瞑って良いかな・・・」

「それは流石に危ないからダメだよ。申し訳ないがちゃんと見てくれないと」

「だって・・・だって・・・何でゆうじはもう平気そうなの?」

「僕だって今にも吐きそうだ。喉まで出かかってるけど何とかして飲み込んでる状態なんだよ」

 目の前の食材との数時間にものぼる格闘の末、どうにか全ての食材を適切な大きさに切る作業を終えることができた。

 その次はフライパンを用いた調理だ。

「うぅ・・・俺は汚れてしまった・・・」

 セルは切った際に出てきた体液でグチョグチョになった手を見て呟く。

「流石にそこまで言うと食材たちに申し訳ない気がする・・・いやでも仕方ないか」

 雄二もセルほどではないがかなり苦痛を感じていた。あんな巨大芋虫を捌いて平気な人間はカルマやカルマがいた世界の人たちくらいだろう。

「それじゃあ食材をフライパンに入れるのは僕がやるから炒めるのはセルがやって」

「う、うん・・・それくらいならなんとかできる・・・」

 流石にこれ以上触らせるのは可哀そうだったため、食材に触れなければならない作業は雄二がやることにした。

 セルはフライ返しを用いて食材を炒めていたが、それでも抵抗があるらしい。調理中は体を後ろに反らせて苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。

 ある程度炒められたら今度は指定された調味料を加える。塩やコショウに似たものをふりかけ、ウスターソースとマヨネーズを混ぜ合わせたような香りのする液体を加えた。するとそれらの調味料の匂いが部屋の中に充満した。

「なんか匂いだけだと美味しそうだね。食べたくはないけど・・・いや食べるのか、食べるのかこれを・・・」

「僕のせいで、ほんとにごめん・・・」

 セルは調理だけでいっぱいいっぱいだったがその後に待っている事を思い出し、憂鬱な気持ちになっていた。

 味付けも終わり、次は盛り付けの作業である。

「セルの分はかなり少なめに盛り付けるから、な?」

「でもどっち道食べなくちゃならないんだろ?はぁ・・・辛い」

 セルの皿へは付け合わせの野菜を不自然なレベルで多くし、メインである芋虫型の食材を一口大に切り分けたものは他の二人に比べてかなり少なくなっている。セルの皿は大量の野菜の上に例の食材がちょこんと乗っているような状態だ。

 雄二の分も減らしてしまうと流石に不審がられてしまうため、彼の分はカルマと同じくらいの量となっている。事態を悪化させた張本人は責任を持ってセルの分まで食べることとなった。

「カルマ、出来たよ。美味しくできたかどうかは分からないけど・・・」

 雄二が話しかけるとカルマは最初よりも立ち直ったらしく、俯いていた顔をあげて嬉しそうに笑った。

「良い匂いがする~」

 そう言ってカルマは匂いの元へと駆け寄っていった。テーブルを見ると丁度カルマが食べたいと思っていたような料理がそこにある。

「うわぁ!美味しそう!でもごめんね、こんな事させちゃって、覗いたことはそんなに気にしてなかったんだけど声が外に漏れてたことを知ってやけになっちゃってたんだ」

「良いよ良いよ、元はと言えば僕たちが悪いんだから」

「本当にごめんね。意地悪しちゃって」

「大丈夫ですよ。ゆうじだって気にしてませんし俺だって別になんとも思ってませんから」

「なら良いんだけど・・・」

 カルマは少し冷静になって二人に申し訳ない気持ちになったようだ。そのため彼女は一番量が少なく盛られている皿の前に座った。

「え?何でそこ?」

「だって、二人が頑張って作ってくれたんだし、いっぱい食べてほしいなと思って」

 カルマはその不自然に少なく盛られた皿はどちらか一方が遠慮したものだと考えたようだ。申し訳ない気持ちになっていた彼女はあえてそこに座ったのだ。

「いやいやいや大丈夫ですよ。俺があんまりお腹が空いてなかったのでゆうじに頼んで少なめに盛ってもらっただけですから」

「そ、そうだよカルマ、セルだって本当は食べたくて仕方が無かったんだけどちょっと前に間食しちゃったみたいなんだよ」

 二人が物凄い早口でそう話すとカルマは「そうだったんだ」と言ってその隣の普通に盛られた皿の前に移った。セルはホッとした様子だ。雄二もそれを見てそっと胸をなでおろす。

「それじゃあいただきまーす」

 ぱあっと顔を輝かせたカルマは目の前の料理をかぶりつくように食べ始めた。

「美味しい!凄いよ、作ったことの無い料理なのにここまで上手く作れるなんて」

 ここまで美味しそうに食べてもらえればセルと雄二が頑張って作った甲斐があるというものだ。そんな彼女の様子をみて男二人は嬉しそうにほほ笑んだ。

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