「セルくん」

 天界に来てから数週間。雄二の努力の甲斐あり、天界語は完全にマスターすることが出来た。もはや日本語と同じレベルでしゃべることが出来、複雑な会話も可能となった。カルマの方は雄二よりも少し早くマスターしており、これでようやくちゃんと会話が出来るようになった。

 天界語をマスターしたため、天使になるための勉強は次の段階へと進んでいた。今は天界や地上世界に関することを学んでいる。

「これが君がいたエリアSの星で、これがエリアRの星ね、そしてこれが絶対に突破することのできない壁」

 レナは図を描いた紙をテーブルに置き、説明していた。紙には丸に囲われたSとRの文字があり、その二つを挟むように二本の線と二つの丸を分けるように間に一本の線がひかれている。

「それでこの線と線の間の空間が一つの宇宙っていうわけだよ。人間の住むことができる星は一つの宇宙に一つしか存在せず、宇宙は何層にも重なっているんだ。それぞれの世界はこういう風に隔てられているんだよね。そしてこの線を人間は絶対に突破することはできないようになっているんだよ」

「ということはこのエリアSにいた僕はエリアRの人たちから見て異世界人というより宇宙人って感じなんですか?」

 現在、いつも通り雄二はレナの授業を受けていた。今学んでいるのは異世界とはどういうものかという事である。

 異世界というものが自分の考えていたものとは全く違っており、雄二は驚きを隠せなかった。

「君の世界の言葉を使えばそうかもね。でも別の世界へ行くことは不可能だから異世界人と言っても別に間違いではないような気がするけど」

「確かにそうかもしれませんね」

「そして一番上位の場所に位置しているのがこの天界っていうわけ」

 そう言ってレナは紙の一番上に『天界』と書き、それを丸で囲った。

「天界は他の世界とは違ってちょっと特殊なんだ。宇宙の空間に存在する星である地上世界に対して天界は宇宙の空間全てだと言えばわかりやすいかな」

「天界は宇宙に浮かぶ星じゃなくて宇宙そのものってことなんですね」

「そういうこと~」

 とは言え天界は宇宙と全く同じという訳ではない。人間が生きていくのに必要な酸素などの気体は存在しないが真空というわけではない。それとは異なる気体が宙を漂っているのである。温度も一定に保たれており重力も存在するのだ。

 これは天界にきたばかりでまだ体が環境に馴染んでいない人間が生きていけるように、天使たちが調整したからである。でなければここに人間が住むことなんて不可能だ。酸素が存在しないのは天界と地上との構造が全く異なるために、空気中の酸素濃度を一定に保つのが至難だからである。

「僕は異世界は同じ場所に存在しててそれぞれが認知できないだけなのかと思っていましたよ」

「君たちの世界ではそういう設定で小説が書かれたりしてるからね。でも君の世界の子達は本当に想像力が豊かだよね。平行世界線なんてのを考えたのは君たちくらいだよ」

「そうなんですか?他の世界でも考えつきそうなものだと思いますが」

「いや、そんな仮説を立てたのは数千の世界の中で君たちくらいだよ」

「だとするとなんだかちょっと誇らしいですね」

 そう言った後、雄二は何か腑に落ちない点があることに気が付いた。前にカルマと会話した時のことを思い出したのだ。

「さっきの話聞く限り地上の人たちが他の世界に行くことは絶対に出来ないんですよね?」

「そうだよ」

「でもカルマと話した時、自分の世界に時々宇宙人が来ると言ってましたよ。なんかそれを警戒して備えていたとか」

「ああ、それはね・・・」

 レナの表情は少し困ったようなものへ変わっていた。その表情はわんぱくな子供を相手にしている母親のようである。

「数千もの世界にはそれぞれ特徴があるって話はしたっけ?」

「その話はまだですが何となく分かっています」

「君の世界のように想像力豊かな子が集まる所だったりカルマちゃんみたいに魔法がはびこる所だったりがあるんだ。それでカルマちゃんの世界に来てる宇宙人の正体って言うのが、他の世界に比べて科学技術が飛躍的に高い、エリアOの子達なんだよね」

「そうなんですね。でも何でその人たちが別の世界に来れちゃってるんですか?」

「それはねぇ・・・あの子達は持ち前の科学力で世界を隔てている壁を見つけちゃったんだ。それで数年の研究で壁を簡単に突破しちゃったんだよね。ホントに困った子達だよ」

「凄い人たちですね・・・」

 雄二はそう話すレナの困ったような表情の中にどこか温かさを感じた。そんな困った子達も彼女にとっては愛らしいのだろう。

「何か対策とかしてるんですか?」

 と雄二は質問を投げかけた。それに対しレナは軽くため息を吐きながら答えた。

「色々やってはいるんだけどねぇ。どう対策してもあの子たちはすぐに突破法をしかも簡単にみつけちゃうんだ。そのうえあの頭脳に反してかなりいたずら好きなんだ」

「というと?」

「あの子たちが他の世界に行く理由というのが行った先の人たちを驚かせるためなんだ。UFOに乗って飛んでいる姿を見せて現地の人たちの反応を見ながら楽しんでるんだよ」

「えぇ・・・他の世界の人たちと貿易をするためだと思ったのに驚かせるためって、ちょっと想像できないですね」

 雄二の中にあるUFOに乗る人たちのイメージと実際の人物像とはかけ離れすぎて、驚愕の表情を通り越し表情を変えないまま目線を宙に向けた。

「そんなわけだからエリアOの子達だけ唯一、他の世界の存在を視認できちゃってるのよ」

「何かの間違いで天界に来てしまうことはないんですか?」

「それは絶対にない・・・と思う」

 そんな頼りない返事をするレナを見て、雄二はいつかそんな間違いが起こってしまうのではないかと少し不安になった。


「それじゃあまた明日お願いします」

「はいよー、それじゃあね~」

 今日のレッスンを終えた雄二はレナを家を後にした。

 この後だが今日はカルマに予定があるらしく、久しぶりに一人で過ごすこととなった。そのため今日は芝生の上で読書に励むととした。

 芝が生い茂る広場に着いた雄二は「魔法冒険記」というタイトルの本を広げた。図書館で見かけたときに偶然見つけたものである。裏表紙のあらすじを読む限り全て実話に基づいて書かれているらしい。

 しばらく寝ころびながら読書をしていると、それが案外面白い内容で時間を忘れて夢中で読んでいた。作者が魔法の蔓延る世界で暮らした時の体験が書かれているだけなのだが、読みやすい文章で作者がそこで出会った人たちの事や経験したこと、それによってどう感じたかが細かく描写されていてとても読みごたえがあるのだ。

(へぇー、こういう世界があるんだなぁ、というかここってカルマが住んでいたところじゃないのか?)

 魔法があるからそうだと断定することはできないが、カルマがいた世界である可能性は高い。

(現地人が謎の円盤の話をしていたっていう事もこれに書いてあるし)

 その後もそれを読み続けていた。

 夢中になりすぎてもう広場に来てから何時間経過したのか分からなくなっていた頃、いきなり頭上に謎の影が現れた。

(な、なんだ?) 

 本から目を離してよく見ると、それは雄二の顔を見下ろすように見ている誰とも知れない少年であった。大きな黒目が特徴的な整った顔立ちをしていた。

「え?な、なに?」

 雄二はその少年に向かって不安交じりに喋りかけた。すると少年は少し申し訳なさそうに答える。

「ご、ごめんね。脅かすつもりはなかったんだ」

「別に大丈夫だけど、それより僕に何か用あった?」

「いや、別に大したことじゃないんだけどね。君ってこの前に金髪の女の子と棒のようなもので羽の付いた何かを打ち合ってたよね」 

 雄二は一瞬何のことか分からなかったが、直ぐにカルマとバドミントンをした時だと理解した。

「あーあれか、あれはバドミントンと言って僕の世界ではメジャーなスポーツなんだ」

「へぇーそうだったんだ。あまりにも二人が楽しそうにやってたから気になってずっと見ちゃってたんだよね」

「そ、そうなんだ」

 他の人の目線に気が付かないほど夢中になっていたのかと考えると少し恥ずかしくなった。

「でもそんなに気になったなら何で話しかけてこなかったの?後で予定があったとか?」

「特に予定があったとかじゃないけど、笑い合いながら遊ぶ二人を見てると何だか邪魔したくないなぁと思ってね」

「僕ってそんなに笑ってたの?」

「うん、ニッコニコだったよ」

「そうだったのか・・・」

 別にその時下心があったわけでは無かったため、久しぶりに友人と遊べて凄く楽しかったのだろう。雄二はそんな姿を見られていた事を知り、更に恥ずかしさを感じた。 

「俺もあのスポーツをやってみたいな」

 少年はバドミントンに興味を示したらしい。

「いいよ、それじゃあ今からでもやる?」

「え?良いの?」

「僕も結構暇だしね。あ、でも道具はカルマが持ってたな」

 カルマはずっと家にいるという話を聞いていた。予定があると言っていたが道具を貰うくらいなら特に問題はないだろうと判断した。

 二人は早速彼女の家に向かう事とした。

「そういえばまだ名前を教えてなかったよね。俺の名前はセル・フリューダ、セルって呼んでよ」

「分かった。僕の名前は田村雄二、雄二でいいよ」

「珍しい名前だね」

「僕の世界ではこういう名前は珍しくなかったよ。むしろ僕から見たらセルっていう名前の方が珍しいかも」

「ふーん、そんなもんかね」

 お互いの自己紹介をしながら歩いていると、あっという間にカルマの家へ辿り着いた。彼女の家の前につくと、具体的に何を言っているのか分からなかったが、

「~~イア!~ス!」

 とカルマが何かを叫んでいるような声が聞こえてきた。

「何か聞こえてくるね」

「何してるんだろうな」

 気になってしまった二人は悪いことと分かりながらもその好奇心を抑えられずに、家の窓から中をちょっと覗いた。

 すると中ではカルマが手を前方に突き出し、呪文を大声で唱えているのが見えた。呪文を唱えると突き出した手から白い冷気が飛び出していた。

「あの子は一体何をしてるの?」

「多分魔法の練習をしてるんだと思う」

「へぇ、あれはまほうって言うんだ」

 そんな話をしている最中もカルマは次々と魔法を披露していった。

「アイス!!ファイア!!」

 その度に叫び声にも等しい呪文を唱えていた。その様子から彼女の必死さが伝わってくる。

 最初は手を前に突き出すだけだったのだが何度も繰り返していくと、呪文を唱える前に手を叩いたり、一周クルリと回ってみたりと様々なアクションを起こしていった。

「スリープ!!フリーザ!!」

 そんな様子を見ていた二人だが、だんだんこんな事をしていいのかと罪悪感に襲われた。

「これって見てて大丈夫なやつかな」

「僕はダメだと思う」

「ど、どうしよう・・・」

「逃げようか」

 そんな事を話していると、カルマが両手を前に突きだしながら呪文を唱え、体を窓の方へと向けた。すると窓から覗いていた二人と目が合った。

「「「あ・・・」」」

 その瞬間三人は固まり、まるでその周りだけ時間が凍り付いたようだった。

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