「人生の終わり」

 あれから数週間が経過した。あれから雫の両親は仕事をできるだけ早く切り上げて家に帰ってくるようになったそうだ。雫のための貯蓄はまだ続けており、最近は仕事を減らす代わりに生活を切り詰めているらしい。そのため、「節約しろ、節約しろ」と両親が口うるさくなったと雫はよく愚痴をこぼすようになった。

 そのたび雄二は「両親が帰ってきてくれるようになったんだから」となだめるのであった。


(とりあえず一件落着ってとこかな・・・)

 雫と一緒に下校している雄二は彼女の愚痴を聞きながらそんな事を考えていた。

「それでね。私がトイレの電気を付けっぱなしにしてただけで、延々に小言を聞かされたのよ」

「まぁそれは雫が悪いでしょ」

「そうだけど!それでももうちょっと優しく注意してくれても良いと思うんだよ」

「てか何度目よ。こういう注意されたの」

「えっと・・・何回だっけ?」

「多分聞いてる限りだと10回くらい」

「えぇそんなに?大げさだよ」

「いや、下手したらもっとあると思うぞ」

「そう?」

「全く、意外と雫はだらしないんだな」

「うるさいなぁ」

 雫は雄二の背中をポカポカと叩いた。

「でも雫とご両親が一緒にいられる時間が増えたみたいで本当に良かったよ」

「まぁね。これも全部雄二のお陰だよ」

「そうでもないよ。雫とご両親がお互いを好きだったからどうにかなったわけで、僕は大したことはしてないよ」

「ううん、多分雄二は人を良い方向に変える力があるんだと思う」

「そうか?」

「そうだよ、私が保証する。そしてこれが雄二にまだできてなかったお礼」

 そう言って雫は雄二の頬にキスをした。

「えっ、ちょっ、雫!!」

 雄二は自分の身に起こったことを理解するのに時間が掛かった。

「ウフフ、あなたのお陰で私は今凄く幸せなんだ。ありがとうね。それじゃ!」

 雫はその場から急いで立ち去った。彼女の顔はりんごのように赤くなっていたが、呆然と突っ立っている雄二はそれに気が付くことは無かった。

 そのまま時間が数分経過し、ようやく雄二はようやく我に返った。

(明日から顔を合わせた時どうすればいいんだ、普通に接した方が良いのか、それとも・・・)

 雄二はしばらく考えた末

(いや、もう腹をくくろう。明日、雫に告白する!)

 彼はそう決心した。今から雫の家に行って告白することも可能だが、流石に心の準備が出来ていない。

-ぐぅぅぅうう-

「あ...」

 考え事をしたため、お腹が空いたようだ。雄二は帰りにコンビニへ寄ることにした。


(うーん、おにぎりかサンドイッチかで迷うな)

 コンビニに着いた雄二は何を食べようかと悩んでいた。

 悩んだ結果、サンドイッチを買うことにした雄二は一つ取り、レジに向かった。

「248円になります」

「えーっと、それじゃあこれで」

「はい、500円お預かりします、252円のお釣りになります」

 そう言って店員が雄二にお釣りを渡そうとしていたその時だった。

「金を出せ!!さもないと命はないぞ!!」

 突然隣のレジで清算していた男性が怒鳴り声をあげ、懐から銃を取り出した。店員と店にいた客はその場で固まり、誰もが怯えた表情をしていた。もちろん雄二も同じだった。

(あ、あれって本物なのか...?)

-パァーン-

 男は天井に向かって一発発砲した。銃口からは小さく煙が上がり、天井には穴が開いていた。

「この銃は本物だ!!撃たれたくなかったら素直に金をこのバッグに詰めろ!!」

 男が店員にバッグを差し出す。よく見てみるとそのバッグは100均で売っているようなかなり安っぽいものであった。そこから男は経済的にかなり困窮していることが予想できる。

 店員はレジを開け、その中の金をバッグに詰めていた。その時、店内にいた女性があまりの恐怖にいたたまれなくなり、叫び始めた。

「ひぃぃぃ、誰か、誰か助けてください!!」

「おい!そこの女うるさいぞ!黙れ!!」

 男はそれに苛立ち、その女性に銃口を向けて怒鳴り声をあげた。しかし、それに構わず女性は叫び声を上げ続ける。

「助けて!誰か!助けて!」

「くそっ」

 強盗は初めてなのだろう、男の精神状態はかなり不安定であった。そのうえ女性が叫び声をあげ始め、かなり混乱した様子であった。そして混乱した男は女性に銃口を向けたまま引き金を引こうとしていた。

「ちくしょおおおお、黙りやがれええええええ」

 その危険を雄二は一瞬のうちに察知していた。そして無意識に体は動きだし、銃口と女性の間に割って入っていた。

-パァーン-

 店内に銃声が響いた。銃弾は雄二の腹部に命中し、彼はその場に崩れ落ちた。

-ドサッ-

 その瞬間店内はまるで時間が止まったような静寂に包まれていた。そして我に返った男性客が雄二の方へ駆け寄っていった。

「おい!大丈夫か!」

 男性が声をかけるがその時にはもう既に雄二の意識は薄れていた。

「く、くそぉ・・・」

 銃を持った男は自分の犯したことの重大さを理解し、その罪悪感から店から逃げるように出て行ってしまった。それに構わず、他の客や店員も雄二の方へ駆け寄っていった。そして倒れた雄二に声をかけていくが彼の耳には届かない。床にはどす黒い血だまりができ、出血量が増していくにつれて雄二の意識は薄れていく。

(これで・・・俺の人生は終わりか・・・学校も楽しくなりそうだったのにな・・・)

 過去の出来事が走馬灯のように浮かび上がってくる。優しさに対して否定的な反応をされたこと、両親と楽しく話したこと、最近できた友達のことなどまるで泡のように次々に浮かんでは消えていった。

(これから楽しくなりそうだったのにな・・・不平等だよ・・・どうせならみんな幸せなまま死ねるようになればいいのに・・・)

 そんなことを薄れていく意識の中で考えていた。

「(うーん、その願いはどうやって叶えればいいんだろう。わかんないや)」

(え?)

 突然頭の中に女性の声が響き渡った。口調は軽いがとても柔らかい声をしており、聞いているだけで安心できるものだった。

(撃たれたせいで頭がおかしくなったのかな・・・まぁいいや・・・どうせもう死ぬんだし・・・)

 そして雄二は息絶えた。駆け寄ってきた人たちは救急車を呼んだり必死に呼び掛けていたが、それを彼が知る術はない。



 気が付くと雄二は白い空間にいた。縦横すべてがまっしろで、彼自身が浮かんでいるような錯覚をするほどである。そして何故か椅子に座っており、状況が全くつかめない状況だった。

「なんだここは、俺って確か撃たれたはずじゃ・・・」

 この状況に戸惑っていると前方から女性が話しかける声がした。

「やぁやぁ、何やら困惑しているようだね」

 声が聞こえる方を見るとそこにはピンク色の長い髪の女性がいた。頭には輪っかが浮かんでおり、背中からは翼が伸びている。

「ようこそ天界へ!君は地上で亡くなってしまいました。ですので、ここからあなたの新しい人生が始まります!」

 彼女は戸惑う雄二をよそにそう言った。

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