「水族館デート」
気温も高くなり始めた6月末、スマホのアラームによって起きた雄二は、それを止めるためにスマホを開いた。
今日は日曜の休日なのだが、間違えてアラームを設定してしまったようだ。時間は午前の6時である。
「くっそ・・・休日にこんな早く起きなきゃならないんだよ・・・」
二度寝する気も起きなかったため、そのまま布団から起き上がった。布団の上に座り、しばらくボケーっとしていた。
目が覚めてきたところで何となくまたスマホを開いた。スマホの画面には今の時間と日付が表示されている。
「そういえば今日は雫の誕生日だな」
雄二は雫の誕生日の日を教えられていた。一応雄二は事前にプレゼントは用意しており、雫が家族と誕生日会を始める時間までに渡そうと考えていた。
雫の両親は毎日忙しいため、誕生日会は夕方ぐらいになると聞いている。
「また友達の誕生日を祝うようになるなんてな」
小学生の時は友達の誕生日を祝ったりすることがあったが、例の件以降は友達というものが一人もいなくなり、そんな機会も無くなっていたのである。今日は誕生日を祝うといっても祝いの挨拶とプレゼントを渡すだけなのだが、それでもちょっと前の彼では考えられない事だ。
今日雄二が雫のために用意したプレゼントは、彼女のために3時間ほど吟味して選んだライトノベルである。誕生日プレゼントにラノベなんてどうかとも思われるが、雫はアクセサリーなどを好んでつけるようなタイプではない。ならばせめて、雫が楽しむことのできるプレゼントが良いと考えたのだ。
しばらく本でも読みながら時間を潰していると、いつの間にか時刻は8時を回っていた。雄二は階段を下りてリビングへと向かった。
リビングに着くと、キッチンで母親が朝食の準備をしているのが見えた。母親はリビングに雄二が入ってきたことに気が付くと「もうちょっとで朝食が出来るから待っててね」と言って料理を続けた。
椅子に座りテレビを見ながら待っていると、雄二の前に朝食が並べられた。
「お父さんまだ寝てるのかね。休日だからってダラダラしててやだわぁ」
母は呆れ顔になっている。母は雄二の向かいに座り、二人は食事を始めた。
「そういえば今日は雫ちゃんの誕生日よね。何かプレゼントは用意してるの?」
母はそんな事を雄二に言う。雄二は何故誕生日の事を知っているのか気になったが、1週間前にそれに関して食事中呟いたことを思い出し納得した。
「そりゃもちろん用意してるよ」
「ならいいわ。あんな良い子とは滅多に出会えないんだからね。大事になさい」
「それは分かってるよ」
「ちなみにどんなプレゼントを用意したの?」
「雫が好きそうな娯楽小説だよ」
母は頭に手を当てて天井を見上げた。
「はぁ、あんたって子は・・・」
「な、なんだよ」
「そんな物いつでもあげられるでしょうが、誕生日は特別な日なのよ。もっと良いものがあるでしょうが」
「だって雫はアクセサリー類とか好きじゃなさそうだよ」
「だったら高めのハンカチとかプレゼントしなさいよ。ほんとあんたってそういう所抜けてるわよね」
「うるさいなぁ」
「まぁ良いわ、あの子だったらそんな事気にしないだろうし」
「そうそう」
「でも!今回はいいけれど、次からはちゃんとあげるものは考えなさいね」
雄二は「はいよ」と返事をし、朝食の目玉焼きを口に入れた。
朝食を食べ終えた雄二は部屋へと戻っていった。部屋に入ると同時、ベッドの上に置いておいたスマホにピロリンと通知が届く音が聞こえた。
「ん?誰からだろう」
見てみると、雫からのメッセージが届いていた。その内容は"今日は暇?"というものだった。
「一応暇だけどっと」
雄二が返信すると、直ぐに返事が帰ってきた。
「え?まじか」
その返事の内容は"だったら今日水族館でも行かない?"という誘いであった。
待ち合わせの駅へ約束の時間より早めに着いた雄二は、壁に貼られた今日行く予定である水族館のポスターを見ながら雫を待っていた。
(ペンギンショーかぁ、楽しみだな)
雄二は昔からペンギンが好きだった。ペンギン特有の横に揺れながら歩く姿は愛くるしいのに、水中で泳ぐ姿はあんなに美しいのだ。そのギャップに萌えてしまう。
「ごめーん、待った?」
ポスターをジーっと見ていた雄二の後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには普段よりもオシャレをした雫の姿がそこにあった。頭にベレー帽をかぶった姿に強い愛嬌を感じる。
(そのセリフって某ギャルゲーのやつじゃね?)
雫の顔を見ると何かを期待するような表情をしており、知ってて言ったのかと雄二は思った。とりあえず乗ってみることにした。
「えっ・・・誰ですか?」
「ごめんなさい・・・人違いでした」
雫は踵を返してその場から立ち去ろうとした。
「て、おい、どこいくねん」
そう雄二が叫ぶと雫は振り返り、彼の元へ帰ってきた。
「雄二がこのギャルゲーのセリフを知ってるとは思わなかったなぁ」
「そりゃ父さんがやってるのを見たことがあるからな」
「え?雄二じゃなくてお父さんがやってたの?」
「母さんに隠れてやってたんだ。僕は内緒にするという条件で後ろからプレイしてるのを見せてもらってた」
「それって私に言っても良いの?」
「まぁ、うちの母さんには内緒な、てか何で雫はこのセリフを知ってたんだ?」
「うーん、私はただギャルゲーとかにも興味があってね。中学生くらいの時に中古で買ってプレイしてた。凄く面白いんだよね。主人公のステータスを上げたりヒロイン達が好むものやデートスポットを考えたり、でも爆弾だけは納得いかない」
「あー、それは分かる。対して仲良くもないのに何で嫉妬し始めるのかといつも疑問だったわ」
「昔のゲームだからねぇ、そこら辺は仕方が無いのかも」
雄二のギャルゲー好きは父親譲りなのである。父は学生のころからそういうゲームが好きで、結婚した今でもやり続けている。父と雄二は知らないが、実は母にはとっくにバレている。
そのため、ゲームキャラに嫉妬した母がゲームキャラの名前を変えたり勝手にキャラを攻略したりなど、セーブデータにいたずらをしている。それをされる度に父は、頭にクエスチョンマークを浮かべた状態でプレイすることとなる。
駅をでた雄二と雫は駅近くの水族館に着いた。水族館は野球ドームの半分くらいの広さで、三階まで客が行くことのできるフロアがある。休日なため客の入りはかなりあり、特に家族連れが多かった。
雫と雄二は早速チケットを買い、中へと入っていった。
水族館内は薄暗く、アクリル越しに縦横無尽に泳ぐ魚たちが良く見えた。
「雄二見てー、この魚むっちゃ可愛くない?」
「へぇー、テレビで見るより小っちゃいね」
二人が今見ている魚はカクレクマノミである。
「なんかどこか雫に似てる気がするよこれ」
「えぇー、似てないよ」
「ほらよく見てよ、この目元とかそっくりでしょ」
雫はもっと傍によって見た。
「うーん・・・どっちかと言うとこれ雄二寄りだと思うよ?」
「そうか?」
「口元とかどうよ」
「確かに似ているような・・・」
「でしょー?」
「でも目元は雫っぽいんだよね」
「も、もしかして、この子は私たちの・・・・」
「それ以上はいけない!」
雄二は雫の発言を遮った。
次に二人はアザラシの泳いでいる水槽の前へ移った。すると、愛くるしく泳ぐアザラシに雫の目は奪われた。
「可愛いいいいいい、触れ合いたいいいいいい、このガラスが邪魔過ぎる!」
「いや可愛いけれど、騒ぐと周りに迷惑だからさ」
「うぅ・・・」
「雫ってアザラシが好きなの?」
「うん、大好き、こんなに可愛いんだもん」
「確かに可愛いけどさ」
雄二はやれやれと肩を竦めた。
「アザラシでこんなにはしゃぐなんて子供だなぁ、雫は」
「何よー、良いじゃないのはしゃいだって」
雫は両手の拳を握って振り上げた。
そんな感じに二人で魚や哺乳類を見ていると、雄二が楽しみにしていたペンギンショーの時間となった。
「うひゃあああああ、可愛いいいいいいいい」
ペンギンショーを見ている雄二はその可愛らしさに思わず叫び声をあげ、両手で自分の体を抱きしめて全身を揺らしている。
「いやあんた、私よりも酷い醜態を晒してるよ」
そんな事を雫は呟くが雄二の耳には届いていない。
「ねぇねぇ、跳んでるよ、見て見て跳んでるよ」
「はいはい、跳んでるねー」
「ほらあのよちよち歩き、あぁたまらん」
「雄二って本当にペンギンが好きなのね」
「昔、動物園で見た時に一目ぼれしたんだ。あの圧倒的愛嬌、可愛い以外の言葉が思いつかない」
「雄二もかなり子供よねぇ」
雫は呆れたような表情で雄二に対応した。その後、自分の子供を相手にする親のような微笑みを見せる。
ペンギンショーを見終わると時計は13時を回り、良い感じに小腹が空いた二人はお昼ご飯を食べに館内のレストランへ向かった。
レストランは魚の泳ぐ大きな水槽と隣り合っており、それを見ながら食事を楽しむことのできる仕様となっていた。
「やっぱり泳ぐ魚を見ながらの食事は一味違うね」
雫は魚をうっとりした目で見つめながら、売店で買ったカレーを頬張った。
「だな、こういうレストランを考えられる人は本当にセンスがあると思うよ」
「そしてここで食べられる料理がカレーやラーメンなどの定番メニューなのもプラス点」
「それにも同意だわ。迷った挙句、醤油ラーメンにしたけれど雫のカレーもなかなかに美味しそうだな」
「私もその二つで迷ったのよねぇ。だけどやっぱり定番中の定番であるカレーにしたよ」
「くっそ、僕もそれにすればよかったかな。めっちゃ良い匂いがしてくるよ」
「甘口で美味しいよ。良かったら一口食べる?」
「え?良いの?それじゃあ、いただこうかな」
「はい、あーん」
雫はスプーンに掬ったカレーを差し出した。雄二はそれをパクリと口に入れる。
「ほわぁ、旨いぃ」
「でしょー?」
「こういうオーソドックスなカレーはやっぱ至高だなぁ」
雫のスプーンで食べたため、必然的に間接キスをすることとなった。雄二自身もそれに気が付いているが、そこまで気にしていないように見える。
しかし心の中は
(ひえええええ、ここここれはかかか関節キスじゃないのか?ヤバいってヤバいって)
とかなり騒がしいことになっていた。
「ねぇねぇ、雄二のラーメンを一口食べさせてよ」
「え、あぁ、いいよ」
完全に心ここにあらずだった雄二は雫に話しかけられて我に返った。そして、雄二は小皿に麺とスープを入れて雫へ差し出した。
「はい、これ」
「あ、うん・・・ありがと」
受け取った雫は頬を膨らませていた。雄二は彼女が何故そんな顔をしているのか理解できなかった。
「雫さ、唐突で申し訳ないんだけど聞いてもいい?」
「ん?どうしたの」
「雫って何で友達がいないの?」
「ブフッ」
雫は啜っていたラーメンを噴き出した。
「あ、いやごめん、この前同じ質問を僕にしてたのを思い出してちょっと気になったんだ」
「あぁ、まぁ、どう説明すればいいんだろうな・・・」
「別に無理して答えなくても大丈夫だよ」
「いや、雄二も答えてるんだし私だけ言わないのはダメだよ。そうだなぁ、私が中三だった頃の話なんだけどね」
「うんうん」
「私、その時学年で一番人気だった男の子に告白されたんだ」
「え、それは凄いな。返事はどうしたの?」
「断っちゃった。別に私はあの人の事があまり気になってなかったから」
「そうだったんだ。でもそれと友達がいないのと何の関係があるの?」
「その告白を断った後にね。その男の子のファンの子達に疎まれて、色んな嫌がらせをされたんだ。スクールバッグの中身が無くなったり、靴を隠されちゃったり」
「それは酷いな・・・」
「その時凄く仲良かったお友達がいたんだけどね。その子も私に告白した男の子が好きだったみたいで、最終的に嫌がらせをするグループに加わってたよ。そんな事があってから友達を作ることに抵抗を感じるようになってね。高校でも出来るだけ人とは関わらないようにしてた」
雫は当時を思い出し肩を落とした。
「そんな事があったんだ・・・」
「でも今ではそれで良かったと思ってたんだ」
「何で?」
「それはね・・・」
雫は雄二に微笑みかけた。
「雄二、あなたに出会うことができたから」
雄二は言葉を失った。こんな彼にとって一番嬉しい言葉をかけられるとは思っていなかったからである。雄二は一気に色々な気持ちが溢れだし、その感情のままに雫の手を両手で握りしめた。
「ちょっ、ちょっと雄二!?」
雫は驚きで声を張り上げるが雄二は構わず握り続けた。その目には涙を浮かべている。
「ずっと、ずっと友達でいような。僕も雫の事を絶対に裏切ったりしない。約束する」
そう鼻声で言う雄二に雫は一瞬戸惑ったが、直ぐに嬉しさと気恥ずかしさが混ざったような笑顔を見せた。
「ありがとう、私は雄二のそういう所が大好きだよ」
周りから色んな視線を向けられていたが今の二人には些細な事であった。
しばらくして落ち着いた雄二は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を雫に拭いてもらっていた。
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