「トラウマ」

「雄二ってお母さんと仲が良いんだね」

 レトロゲームを一緒にやりながら、雫はそんな事を雄二に言った。

「さっきのを見てどう判断したら仲が良いと思うんだよ」

「えぇ、何だかものすごく仲良しに見えたけどなぁ」

「そうか?僕の事からかってただけでしょ」

「ううん、仲が良いからこそあんなに砕けた感じに話せるんだよ」

 そう言う雫の表情はどこか暗く、寂しさを感じた。そして何か雄二の事を羨んでいるようにも見えた。

 それに只ならぬものを感じた雄二は一旦コントローラーを置いて雫の方を向く。

「どうしたんだよ雫、両親と喧嘩でもしたのか?」

「そういう訳じゃないんだ。ただ二人が凄く羨ましく感じただけ」

「どうして?」

「うちはね、両親が共働きで毎日帰りが遅いから親子水入らずで話せる機会は少ないんだ。だから親子関係も冷え込んじゃって、最近はもう気まずくてまともに話すことも出来なくなっちゃったんだよね」

「そうだったんだ・・・」

「だから雄二が凄く羨ましいよ。親とあんな友達みたいに関わることができてて」

 聞くところによれば、雫の両親の帰りが遅いのはずっと昔からだという。小学生くらいの時は帰ってきて誰もいなかったとしても、それは仕方ないのだと納得することができていた。

 そのため、たまにある仕事の休みの日であったり帰りの早い日には親子で仲良く話したりしていたのだが、中学で思春期に入ったときにそれが許せなくなってしまった。それが原因となり、親子で衝突することが多くなったのだという。

 今はあまり衝突することはないのだが、その分一気に親子での会話は減ってしまったのだ。しかし両親が忙しく働いているお陰で家はかなり裕福になり、雫が自由に使えるお金は結構多い。

「お金があったところでねぇ、親子関係がこんなんじゃ元も子もないよ」

 ため息交じりに雫は呟いた。そして彼女はゲームを再開したため、雄二は置いていたコントローラーを再度手に持った。

「でも雫の両親は何でそんな一生懸命に働けるんだろう。何か理由があるのかな」

「さぁ、仕事が大事なんじゃない?あ、そこアイテム落ちてる」

「そうとも限らないと思うけどな。両親に聞いてみたことはあるの?」

「まだないかな。両親の仕事について疑問に感じた時にはもう会話は減ってたからね」

「ふーん、そうだったんだ。あ、そこトラップあるよ」

「え?マジ?あ、死んだ」

 ゲームの自機が死亡したため、雫はゲームのコントローラーをちゃぶ台の上に置いて「ふぅ」と一息つくと、そのまま座った状態で天井を向くように体を反らせて足を伸ばす姿勢になった。それはどこか物思いにふけっているように見える。

 そんな彼女を雄二もコントローラーを置いて黙って見つめていた。そして雫は自分の思いを口にする。

「でも何だかんだ言って私はそんな両親の事が嫌いじゃないんだよね」

「そっか」

「仕事中心だけどいつでも私の事は気にかけてくれるし、誕生日の日にはわざわざ早退して一緒に祝ってくれるんだ」

「雫のご両親って優しいんだね」

「でももっと家族で過ごす時間を増やしてほしいよ・・・私の誕生日の時だけでなく毎日のように家族で食事をして、一日の出来事を笑いながら話し合ったりしたい・・・」

 雫の口元は笑っていたが首を脱力させて目線は下を向いていた。そこから一種の諦めのようなものを感じる。両親の事は嫌いじゃないと言っていたが、本当は心から愛しているのだろう。素直になれないのはどこか両親に対して許せないところがあるからかもしれない。

 雫の話を聞いて、雄二は自分というものがどれほど恵まれているのかが分かった。雄二が帰ってくれば必ず母親がいて、夕飯の時間には父親も帰ってきている。そして夕飯を食べながら家族で楽しく談笑する。そんな当たり前だと思っていた日常は雫にはないのだ。

 雄二は雫にかける言葉が見つからなかった。

「ごめんね、いきなり暗い話になっちゃって、ゲームを再開しよ?」

「僕は全然大丈夫だよ。そうだな、今度こそはトラップに引っ掛からないようにしろよ?」

「言われなくても分かってるよ。私だって引っ掛かりたくて引っ掛かったわけじゃないんだから、そもそもあんなとこに罠が仕掛けられてるなんて分かるはずないでしょ」

「僕は初見で見破ったよ」

 雄二は雫の方を向いてニヤニヤとする。

「なぬっ、だったら次こそは絶対見破ってやるんだから」

「アハハ、期待してるよ」

「あー!馬鹿にしてるなー?」

 今の雄二では雫を励ます言葉をかけることは出来ない。今の雄二が出来るのは一緒に楽しく遊んで寂しさを紛らわせてあげるくらいだ。

 その後も二人でワーキャー騒ぎながらゲームをし、キャラの残機を減らしながらも二人で協力しながらそれを攻略した。ゲーム中盛り上がりすぎて声がデカくなり、下にいた母親に丸聞こえであった。母親はその声を聞いて、雄二に心から信頼できる友達が出来て嬉しく感じていた。

 あっという間に日は陰り、雫は帰りの支度を始めた。

「はぁ・・・めっちゃ楽しかったぁ、雄二って結構ゲームが上手いんだね」

「そりゃ幼いころから父親に鍛えられてるからね」

 雄二の部屋にあったレトロゲーは元々父親のものである。昔は休日に父親とゲームをやって盛り上がっていたが、年齢を重ねて父はゲームを卒業した。その際にこのゲーム機を譲ってもらったわけである。

 最近は誰かとゲームをやる機会というものは無かったため、久しぶりに盛り上がれて雄二も心から楽しいと思えたのであった。

「それじゃ、急に来ちゃってごめんね」

「いや、僕も凄く楽しかったから良いよ」

「それじゃあお邪魔しましたー」

「じゃあねー」

 雫を玄関先まで送り、そこで別れを告げた。

 しかしその時、急に母親が玄関近くの部屋のふすまをガラッと開けた。そして雄二の方へズカズカと近づいていく。

「コラ雄二!何ここでサヨナラしようとしてるのよ。女の子を一人で帰らせる気?ちゃんとお家まで送っていきなさい」

 雄二はいきなり出てきた母親に驚きを隠せず、雫はどう反応してよいのか分からず苦笑いしていた。

「まったく、ビックリするから急に出てこないでよ母さん。雫、家まで送るよ」

「え?そんなの悪いよ」

「いや、そうしないとうちの親がうるさいからさ。僕のためだと思って、ね?」

「まぁ、それなら」

 そんな二人の会話をみて母親は腕を組んで「よろしい」と一言入れてまた部屋に帰って行った。

「ごめんな、嵐みたいに騒がしい親で」

「良いよ、本当に面白いお母さんだね」

 雄二は靴を履いて雫とともに玄関を出た。


 外はすっかり夕方になっていた。雫が来た時にはまだ真昼間だったのに時間はあっという間だった。雄二も雫と一緒にいるのには慣れたため、もう気まずくなることは無い。見てるだけで穏やかな気持ちになってしまう夕日を眺めながら二人は雫の帰路を渡っていた。

「ねぇねぇ雄二、ちょっと聞いてもいい?」

 二人で並んで歩いている途中、雫は唐突にそんな問いかけをした。

「ん?どうしたの?」

「あのさ、雄二は何で友達がいないの?」

「ブフッ」

 雄二はついつい噴き出してしまった。いきなりそんな事を聞く雫にビックリしたのだ。そもそも雫には自分に友達が少ないと言う事を話したことが無い。

「急だな。てか何で僕に友達が全然いないと思ったんだよ」

「うーん、何となくかな。なんか私以外と話しているのを見たことが無いし」

「まぁ合ってるんだけどさ。合ってるけど、そんな事をストレートに言われるとちょっと傷つくぞ」

 雄二がそう言うと、雫はしまったという表情になり、急いで雄二の方を向いて弁解をする。

「あ、ごめん、そんなつもりはなかったんだ。ただ雄二みたいな優しい人に友達が全然いないのが不思議だっただけなんだ」

「え、そんな事・・・」

 女の子にそんな真っ直ぐな目で優しいと言われるとかなり照れるという物だ。雄二は自分の顔が赤くなっているのを隠すように目を反らした。

「雄二って人と話せないレベルでシャイって言うわけでは無いし、普通に友達が出来ててもおかしくないと思うんだけどな」

「確かに昔はそれなりに友達はいたけれども」

「でしょ?なのに今は何でそんな感じなの?何か理由でもあるのかな」

「理由ねぇ・・・うーん、そうだなぁ・・・」

 雄二は顎に手を当てて空を見た。その事に関してどう説明したらいいものかと悩んでいたのだ。しばらく考え込み、頭の中が大体整理されるとまず自分の過去のことについて話そうと考えた。

「その答えになるかどうかは分からないけど聞いてくれる?」

「うん、話して」

「僕ってね。中学に入ったときは結構世話好きだったんだよ。困っている人がいるとほっとけなくてね」

「なんか雄二らしい、というか今もそんな所あるし」

「それは雫に対してだけだよ。今は他人に対してわざわざ世話を焼きに行くことは無くない」

「ふーん、それはちょっと嬉しいかも」

 雫が嬉しいと言った事の意図は、今の雄二では理解できなかった。それがなんだろうと考えつつも、雄二は話を続けた。

「最初の方は誰かを助ければ感謝はされてたんだ。別に感謝されたくてやってたわけじゃないけどお礼を言われるたびやって良かったなぁって気持ちになってたんだよ。だけど何度も掃除や係の仕事を手伝っているうちにみんなはそれを当たり前のように考え始めて、酷い時には礼の一つも言われないこともあったんだ」

「それは酷いね。本来はもっと感謝心を持たなくちゃいけないのに」

「そこまではまだ良かったんだ。たとえお礼を言われなかったとしても、誰かの役に立ててるという実感があったから、でも・・・」

「でも?」

「トイレの個室に入っている時、うちのクラス連中が話している声が聞こえたんだ・・・」


----2年前----


この時の雄二は中学二年生、今より活発で元気のある少年だった。クラスの子達には積極的に話しかけ、友達もそれなりにいた。

 現在、二限の授業を受けていた雄二はその間ずっと便意を我慢していたため、授業を終える号令とともに急いで教室を出た。そのため、彼が教室からいなくなっていることは誰も気が付いていなかった。

 トイレの個室に駆け込んだ雄二はそこで用を足し、授業中ずっと彼を苦しめていた便意から解放された。その愉悦に浸っていると、後から誰かが喋りながらトイレに入ってきた。その声から三人組かつクラスメイトであることが分かった。

(うーん・・・ここで出ていくのは気まずい・・・)

 そう考えた雄二は、その人たちが用を済ませて出ていくまで待つこととした。そのため、必然的にその人たちの会話は聞こえてきてしまう。

 雄二は立ち聞きは好きでは無いが、耳を抑えようにも手を洗っていない状態でそんな事をするのも気が引けるため、出来るだけ話し声に注意を払わないようにすることにした。

 その状態でしばらくボーっとしていると、話しているクラスメイトの一人がいきなり

「そういえば田村雄二ってやついるじゃん」

 と話し始め始め、体をビクッとさせた雄二はついつい気になって耳を傾けてしまった。

(何で急に僕の名前が?)

 雄二は出来るだけ会話を聞かないようにしていたため知らないが、そのクラスメイトは先ほどまで英語の課題に関して話していた。その話題の途中、それぞれ「ダリいなぁ」、「めんどくせぇよ」と文句を言っていた。

 雄二のクラスを担当していた英語の先生は成績に関してはかなり厳しく、一度課題をやらなかったりすると成績が大幅に下がるのである。

 その後もクラスメイト達の会話は続いた。話題は雄二に関することに変わっている。

「ああ、あいつな、そうかあいつだったら」

「頼み事とかあんま断らなそうだもんな」

「んじゃ課題の答えを田村に見せてもらうって言う方向で」

 そんな会話を聞いて雄二は呆れた顔になる。

(僕は頼まれたところで課題は見せないぞ、全く)

 そんな雄二の心を読んだように三人組の一人が声をあげる。

「でも多分あいつは頼んでも見せてもらえないと思うぞ」

 それに対してまた一人が声をあげる。

「いや、ただ頼んだだけでは聞いてくれないよ。ちゃんとあいつがお願いを聞いてくれる頼み方ってものがあるんだ」

「は?なんだよそれ」

「それはな、家族が熱を出して面倒を見なきゃいけないとか適当な理由をつけるんだよ。あいつって疑う事を知らないから簡単な嘘でも騙されるんだ」

「へぇーそうなんだ、でもそれは流石にダメだろ」

「良いんだよ、みんなやってるんだから」

「マジで?」

「この前、田村に母親のお見舞いに行かなきゃいけないからって掃除当番を頼んだ女がいたんだろ?」

「あぁ、いたなー」

「そいつ放課後友達とカラオケ言ってたんだぜ」

「え、それは酷いな」

「それだけじゃない。適当な理由を付けて田村に係の仕事を頼んだ奴や、放課後の日直の仕事を頼んだ奴だって結局放課後遊んでたからな。都合よく利用されてるんだよ」

「だったら課題を見せてもらうくらい大したことないな」

「そういうことー、ま、騙されるのが悪いってやつよ」

 三人組は個室に雄二がいるとも知らずにそんな事を話した後、トイレから出ていった。

 この時、雄二の頭の中は真っ白になっていた。みんなを信じて助けていたのに只々利用されていただけだったのだ。中には本当に助けてほしくて頼んだ人もいただろう。しかし、今の話を聞くともはや誰を信じれば良いのかが分からなくなっていた。

 

---回想終了---


「その後は酷かったよ。誰かが頼みごとをすれば無視するようになってたし、それが影響して友達も僕から離れて行って。完全に孤立しちゃったんだよね。それがトラウマになっちゃって、高校でも友達が出来ずじまいって訳よ」

 雄二は夕日を眺めながらため息を吐いた。

「そんな事があったんだね・・・」

 雫は雄二の過去に関する話を聞いて下を向き、しばらく考え込んだ。そして、顔をあげた雫は雄二においでおいでと手招きをした。

「ん?どうした雫」

 雫が何をしたいのか分からなかったが、とりあえず言われた通り雄二は彼女の元へ近づいていった。

「それっ」

 雫はそんな掛け声と共に雄二の顔を自分の胸に抱き寄せた。急今日な出来事で雄二の頭の中は一瞬パニックになった。

「えっ、ちょっ、こ、これは何?雫・・・」

 戸惑う雄二だが、雫はそんな事を気にせず抱きしめ続けた。

 そして優しく微笑み

「辛かったんだね」

 と雄二の頭を撫でて労いの言葉をかけた。雄二は最初の方は戸惑っていたが、今はもう完全に体を雫に預けていた。

「雫・・・」

 全身を温かいもので包まれたような、体の芯まで温かくなるような、そんな感覚だった。雄二は小さいころに道端で転んで泣いていた時、母親が背中をさすりながら抱きしめてくれたことを思い出していた。

 温かくどこか懐かしい。雄二は雫の体温を顔に感じながらホッとした気持ちになっている。

「雄二、あなたの優しい心を利用する人だったり、都合の良いものだと考えていた人がいたかもしれない。でもね、そんな心優しい雄二を大好きになってくれる人はきっと沢山いるんだよ。私だってその一人。だからもう人を助けることを怖がる必要なんかないんだ。誰も信用できないならまず私だけを信じてほしい。私は絶対に雄二の事を裏切らないから」

 雄二は様々な感情があふれ出そうになっていた。彼はずっとこの過去を誰かに話したかったのかもしれない。そして、慰めてくれる人を無意識に探していたのだろう。両親には心配をかけたくないという理由で話すことが出来ていなかったのだ。

 雄二は涙が出そうになるのをグッと堪えた。昔の雄二であればこんなに自分を思ってくれる友達が出来るとは思ってもみなかっただろう。

「ありがとう・・・」

「どういたしまして」

 雄二は雫から離れると、急に恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にした顔を隠すために背を向けた。

 雫は微笑んだまま、そんな雄二を黙って見つめていた。


 しばらく二人で黙り込んで一緒に歩いていると、いつも間にか雫の家の前まで来ていた。

「じゃあね、雄二」

「またね、雫」

 二人はそこで別れを告げ、雄二は自宅へ帰って行った。体にはまだ雫の温もりが残っている。母親と同じような温かさだった。

 雄二は雫のような人と友達になれたことがとても幸せに感じていた。出来たら大人になってもずっと彼女と一緒にいられたらと心から願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る