「休日の訪問」

 夏季に入り始めの六月二日、休日のため雄二は自室で読書に励むこととした。

 雄二と雫はあれから漫画や小説を貸し合うのがいつの間にか習慣となっていた。両者とも趣味が同じため貸し出すものをどれにしようか悩む必要性が無いというのが大きい。

 今読んでいるのは雫からおススメされた推理小説であった。雫は漫画愛好家であるのと同時に読書家でもあるのだ。彼女は名の知れた小説家の作品は大体読んでいるのである。

 今回彼女から貸してもらった小説は、純文学を普段読まない雄二のためにかなりライトなものとなっており、絵は一枚も無いがエンターテイメント性に優れたものとなっていた。

「こういう小説は苦手だったけどこれは凄く読みやすいなぁ」

 雄二はいつもラノベ以外の小説も読まなければと考えていたが苦手意識から中々それが出来ていなかったのである。

 今回は雫から借りたものならと読んでみたがこれが中々面白い。内容はよくあるデスゲームもので主催した人間を推理するというものだ。雄二の中でデスゲームと言えば地雷タイトルが結構多いイメージであったのだが、この小説はかなりの良作だ。

 デスゲームに挑む少年たちの細かい心理描写やたまに出てくるナンセンスなギャグがかなりいい味を出しているのだ。

「というか雫ってこういうのも読むんだな」

 雫の意外な一面を見ることが出来た気がした。彼女は可愛い女の子の出るものが好きだと言っていたため、てっきり人が死んだりする作品は好まないと思っていたからである。

 雄二はならば自分がクソ漫画認定したデスゲーム系の作品を一緒にツッコミを入れながら読むのも楽しいのではないかと考えた。

 雄二がそのクソ認定した漫画を購入することになった理由というのは、言うまでもなく表紙の女の子が可愛かったからだ。

 それからしばらく小説を夢中で読んでいると

-ピンポーン-

 と玄関チャイムが鳴った。そして、「はーい」と母親が出ていく声が聞こえ、しばらく経つと「ゆうじー、お友達よー」と呼びだす声がした。

 雄二は読書を中断し、階段を下りて玄関へ向かった。

 誰だろうと開かれたドアの方を見れば、そこには綺麗な茶色のショートヘアーの美少女、雫の姿がそこにあった。

 一応彼女には住所は教えていたが、雄二もまさか休日に来るとは思っていなかった。

(でもよくよく考えると僕んちに来てくれるような人は雫くらいしかいなかったな)

 自分の友達の少なさを再度自覚した。

「ど、どうしたの急に」

 玄関先にいる雫に雄二は話しかけた。

「うーん、休日なのに何もやることが無くてさー、暇だから来ちゃった」

「いや、来るのは構わないけど、連絡してくれればいいのに」

「あ、そうだった、ごめんね」

「まぁとりあえず上がってよ、お茶くらいしか出せないけど」

 雄二は自宅に雫を招き入れ、自分の部屋へ案内した。

「ちょっと汚いけどゆっくりしててよ」

「はーい、へぇーここが雄二の部屋かぁ」

 雫は部屋の中をキョロキョロと見回した。雄二は自分の部屋を見られていることに強い恥ずかしさを感じた。

(よくよく考えれば女の子を部屋に上げたのは初めてだな・・・)

 雄二の部屋は小学生の時に友達をあげたくらいでしばらく彼と両親以外出入りしていなかったのである。

 女っ気の一つもなかったその部屋は、雫が入っただけで印象がガラッと変わった。

「お茶持ってきたわよー」

 そう言って雄二の母親がお盆にコップに入れたお茶を乗せて持ってきた。その表情はどこかニヤニヤとしている。

 お茶を部屋の真ん中にあるちゃぶ台に乗せると、お盆で口を隠し

「ごゆっくりー」

 と言い残して立ち去った。

(嫌な親だな・・・)

 雄二の母はどこか茶目っ気がある。過去にも雄二の部屋を掃除した際にいかがわしい本を見つけ、それをわざわざ机の目立つ場所に置くと、その日の夕飯で赤飯を炊いたことがあった。雄二はこの時ほど部屋に引きこもっていたいと思っていたことはない。

 雄二は母のそういう所は嫌いでは無いが、たまにどうにかしてほしいと思う時があるのだ。

「ごめんな、うちの母さんが」

「いや別に大丈夫だよ。雄二のお母さんって面白い人だね」

 雫は頬を染めてそれほど満更でもなさそうな様子であったが、雄二がそれに気が付くことは無かった。

「ねぇねぇ、本棚を見ていい?」

「別にいいよ」

 雫は立ち上がってラノベ専用の本棚を見に行った。可愛い女の子が表紙に描かれているものが多いが、もう雄二の趣味は知られているので今更恥ずかしがる必要もない。

「わぁ、雄二の本棚って本当に色々なラノベがあるんだね、何だかこれも面白そう」

「気になったのがあったら自由に借りてって良いよ、そこにあるのは大体読んだやつだから」

「ほんとに!?やったー、どれを借りようかなぁ」

 雫は物色し始める。すると彼女はふと勉強机の方へ目が向いた。そこに置いてあったのはしおりが挟まれた雫の貸した小説であった。

「お、この貸した本読んでくれたんだ」

「うん、読んでみたら結構ハマっちゃってね」

「ね?面白いって言ったでしょ?雄二はこういう小説は苦手って言ってたけど」

「雫ってこういうデスゲーム系も好きなんだね、ちょっと意外だったよ」

「そうだよ、バトルものとかも良いんだけどこの小説のような心理戦や頭脳戦も大好物なのよ、グロテスクなところもプラス点」

「グロいのが好きだっていうのも意外だな」

「スプラッタ映画の有名どころも大体見てるからね」

「なんかちょっと怖い趣味してるな」

「かといって現実の人間を殺したいとか言う欲求はないから安心して、リアルの死体とかみたらゲーしちゃうよ」

「アハハ、そうでないと困るな」

 一般的な男の子であれば引いてしまうところなのだろうが、雄二はそんな趣味もあるんだぁっと簡単に受け入れてしまう。そんな性格だからこそ雄二は雫と仲良くできたのかもしれない。

「あ、そうそう、雫と一緒に読んでみたいなぁと思ってた漫画があるんだよね」

「え?どんなの?」

「ちょっと待っててね」

 雄二は立ち上がって漫画専用の本棚をゴソゴソと探り出した。そして一冊の漫画本を取り出す。

「これなんだけどね」

 その漫画の題名は"爆散少女みかりちゃんの挑戦状"というものだった。

 題名はこんな感じだが内容はれっきとしたデスゲームもので、人間の血しぶきが飛び交うものとなっている。題名と内容のギャップに最初は面白いと感じたが、読んでいくうちに内容の稚拙さと粗が目立ち、とても読めたものではないと感じた。

「何それ、題名はあれだけど表紙の女の子が魔法少女って感じで可愛い」

「この漫画はこの表紙の女の子、みかりって言うんだけど、この子がデスゲームを主催するっていう内容なんだ、どれもこれも鬼畜なゲームなんだよね」

「こんな可愛い女の子がそんなえげつないことをするの?ちょっと面白そうなんだけど」

「まぁ実際は設定の粗さがにじみ出てる正真正銘のクソ漫画なんだけどね」

「何よそれ」

 雫は雄二の話を聞いて噴き出す。そんなものを出してきて何をしたいのか分からなかったからだ。

「で、その漫画がどうしたの?」

「この漫画を雫と一緒にツッコミを入れながら読みたいと思ってね」

「なにそれー、ちょっと楽しそうじゃないの」

 雄二は雫の隣に座り、漫画を開いた。するとタイトルの書かれたところからページを捲るや否や、人間が理不尽な理由でぐちゃぐちゃにされるという凄惨な光景が出てきた。

「いや、どうしてこうなった」

 いきなりの光景に雫は言葉を失う。

「まだまだこれからだよ、この漫画のクソな所は」

「えぇ・・・これでもう既にお腹いっぱいなんだけど」

 そんな事を雫は言うが、どこか楽しそうなのは言うまでもない。その後は主人公が理不尽なデスゲームに参加することになってしまう場面に差し掛かったのだが。

「いや、参加する動機が弱すぎるでしょ」

 雫がそう言ってしまうのも無理はない。この主人公であるさとるはゲームに勝利して手に入れたお金で、孤児院の子供たちにお腹いっぱい食べさせたいという理由で参加しているのだ。

「いや、この主人公が死んだら元も子もないでしょ。だったら普通に働いて金を稼いだ方が良いと思うんだけど」

「うん、最初呼んだときそう思ったわ」

「まだ序盤なのにツッコミどころ多すぎるでしょ。ちなみにこれは何巻まで買ってるの?」

「うーん、最終巻である15巻まで買ってあるかな」

「よくこれ15巻も続いたね。てか何でクソ漫画と言っているのに最後まで買ってるのさ」

「だってゲーム主催者である女の子が可愛いんだもん、クソだと分かっててもそれを見るために買っちゃったんだよ」

「気持ちは分かるけどさ、流石に女の子が可愛いというのではカバーしきれないほど内容酷いと思うよ」

「男の子なんだから仕方ないでしょ」

「そんなもんかねぇ」

 その後もゲームを開催、人が死ぬという単調な展開が続いた。最初の1巻で読者を引き込みたいのか天界はかなり早いものとなっている。

「伏線の張り方もかなり雑だなぁ、こいつが裏切るってのは一目見ただけで分かるよ」

「え?そうなの?僕は最初読んだとき気がつかなかったけどなぁ」

「こいつ最初に出会った時に『僕がゲームに参加したのは病気の母親の手術費用を稼ぐためなんだ』とか言ってたでしょ。もうその時点で胡散臭いよ」

「流石、読書家は目を付ける所が違うなぁ」

 読み進めても面白い展開というものが一つもなかった。唯一の見どころと言えば人が死ぬたびにみかりが無邪気に笑うシーンくらいだろう。

「このみかりちゃんホントに可愛いなぁ。なんだかこの子を見るためだけに全巻買った雄二の気持ちもわかってきた気がする」

「でしょ?この歪んだ性格が最高にキュートなんだよな」

「分かる、そこが魅力的なんだよね」

「なんかこんな感じに漫画自体は面白くないけど一部のキャラが魅力的なのは結構ありがちな気がする」

「あー、あるよね、この人を主人公にして描けばもっと売れたんだろうなっていうやつ」

「そうそう、いっその事そのキャラのスピンオフを描いちゃえばいいのになぁって思うよ、まぁそれが出来るほど本編が売れてはいないんだろうけど」

「内容が面白くないせいで魅力的なキャラが無駄になっちゃうのは悲しいよね」

 そのまま読み進めていると、1巻の最終話のところへ差し掛かった。その扉絵が描かれたページを開くと、雫はいままでで一番大きな反応を示した。

 その絵という物はみくりが魔法少女のステッキを持って笑顔でポーズを決めているものだった。

「何これ何これ、超可愛いんですけど」

 雫はその絵をもっとよく見ようと近づいた。すると必然的に雄二との距離は近くなり、最終的に彼の頬と雫の頬が触れることとなった。

「えっ、ちょっ」

 雄二は「あわあわ」言いながら素早い動きで座った状態のまま離れた。すると壁に頭を思い切りぶつけて、ガンッという鈍い音が鳴り響いた。

「ぐおぉ・・・痛ってぇ・・・」

 雄二はその痛みで頭を抑え、その場でうずくまった。一方雫はと言うと、顔を両手で隠して体をくねくねとさせながら「うーん、うーん」悶えていた。

 しばらく経って痛みが引いてきた雄二はそんな雫の様子が気になり、恐る恐る話しかける。

「だ、大丈夫か雫」

 しかし雫から返事が返ってくることは無く、会話のないままそんな状態が数十秒ほど続いた。


「ごめん、ちょっと調子に乗り過ぎちゃった」

 落ち着きを取り戻した雫は雄二へ謝罪をした。

「別に大丈夫だよ。謝らなくたって」

 雄二はさっきの出来事はそこまで悪い気がしなかった、それどころか彼にとってはかなりラッキーなハプニングだった。

「どうする雫、続き読む?」

「うーん・・・もう良いかな・・・」

 雫はさっきのようなことがまた起こって悶えることになるのは嫌らしく遠慮した。漫画を一緒に読むという行為は必然的にお互いの距離は縮まることになる。そのためまたさっきのようなハプニングが起こっても不思議ではない。

「そ、それじゃあゲームでもやろうか」

 何とも言えない空気になってしまっため、どうにかしようと雄二はそんな提案をする。

「うん・・・それが良いね・・・」

 雫もその提案に乗ったため、雄二は普段滅多にやらないレトロなゲーム機を入れたインナーボックスを漁る。そうしたのは最新のゲーム機のソフトがほとんどギャルゲーや一人用のゲームだからである。

「雫はどういうゲームが良い?サイコロゲームとか二人で出来る横スクロールアクションとかあるけど」

「そうだなぁ、だったら二人で盛り上がれそうだから横スクロールのゲームで」

「りょうかーい」

 雄二がゲーム機をボックスから引っぱり出すと、適当に収納したせいか配線コードはこんがらがっていた。これは解くのにかなり苦労しそうだ。

「うわぁ、なんだこりゃ」

 雄二はゲーム機を運びながらコードを解こうとしていた。

「雄二、そんなことしてると危ないよ」

 雫がそんな注意をした瞬間、床にゴトンッと音を立ててコントローラーが落ちた。一瞬の出来事で雄二はそれをよけることが出来ずに踏んでしまう。

「おわっ」

 雄二はバランスを崩し、そのまま雫の方へ倒れこんでいった。

「ちょっ、雄二!」

 ドシンッと大きな音が家中に響き渡り、それが雄二の母親の耳に入った。母親は心配になり、階段を急いで駆け上がって雄二の部屋のドアを開けた。

「大丈夫!?さっき凄い音がし・・・・」

 部屋のドアを開けた母親の目に飛び込んできたのは、仰向けになった雫と、それに覆いかぶさるように四つん這いになった雄二の姿であった。

 母親はそんな光景に衝撃を受けたのと同時に、表情は歓喜のものに変わっていく。

「あーら、そういう事をするなら静かにやらないとダメよ。全く雄二は激しいんだから」

 そう言い残し、笑顔で立ち去って行った。

「ち、違う!これはそういう意味じゃない!」

 雄二が叫ぶがもう既に母親の姿はそこには無かった。

「くそぉ、そういう意味じゃないのに・・・」

 雄二がそう呟くと、雫は両頬を手で押さえながら「あ、あの・・・」と小声で喋り始めた。

「そろそろどいて欲しいかも・・・」

「あ、ごめん!」

 雄二は急いでその場から離れた。雫は下を向いたまま起き上がり、「ほんとに気を付けてよね」とくぐもった声で言った。

「以後気を付けます」

 雄二は頭を掻いた。まだ気恥ずかしさが残っているようだ。

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