「伝えたいこと」

 そしてその日の放課後、雄二は勉強を教えてもらうために食堂へと向かった。

 食堂について雫の事を探すがどこにもいない。どうやら彼女よりも先に来たようだ。教科書を広げて雫を待つことにした。

 しばらく待っていると、息を切らしながら走ってくる雫の姿が見えた。

「いやぁ、ごめんごめん、先生の話が異様に長くて遅くなっちゃった」

「全然大丈夫、そもそも僕が教えてもらう側なんだからそいつまでも待ってるよ」

「ごめんね」

 さっそく雫は雄二の隣の席に座り、教える体制に入った。すると雄二は体をビクッとさせた。

「え、隣はちょっと近すぎない・・・?」

「だってこの方が教えやすいよ」

「それはそうだけど・・・」

 雄二自身は向かい合って座ることを想定していたため、このように隣り合うのは予想外なのであった。隣に雫が座ったことにより、彼女からくる甘い香りが鼻をつく。

(やばいやばい、煩悩を、煩悩を捨てなければ)

 せっかく勉強を教えるために来てくれたのに、雄二自身が劣情にかられるのは相手へ失礼という物だ。ここから雄二は心を出来るだけ無にすることを試みることにした。

「それで田村君はどこら辺が分からないの?」

「え、あー、ここなんだけどね、僕は元々数学が苦手なんだけど先生の話を聞きそびれたせいでもうチンプンカンプンなんだよ」

「どれどれー」

 そう言って雫は教科書をよく見ようと近づいた。すると雄二と雫の距離は更に縮まり、その瞬間に雄二はひえっと情けない声をあげてしまった。

「ど、どうしたの?大丈夫」

「あ、いや、なんでもないんだ、へいきへいき」

 心配する雫に対して雄二は両手をブンブン振って即座に誤魔化した。

「これは・・・うん教えられるよ」

「そう?良かったぁ」

「まずこの問題で使用する公式を覚えようか」

 ここから雫によるマンツーマンの授業が始まった。

「ここは公式をこうやって応用してね、そうすると答えはこうなるってわけ」

「なるほど・・・」

 雫は頭がかなり良く、難しい公式でさえ完璧に理解できている様子だ。そのうえ勉強を教えるのもかなり上手く、数学が苦手な雄二でさえ彼女に教えてもらうことによってすぐに理解することができたのであった。

「凄く分りやすいよ、ありがとう千堂さん」

「いえいえ、これくらいならお安い御用よ、また分からないことがあったら言ってね、いつでも教えてあげるから」

「それは頼もしいなぁ、僕は本当に数学が出来なくて困ってたんだよね。多分また分からないところが出てくるからその時はお願いするよ」

「りょうかーい」

 テーブルに置かれた勉強道具を片付け、雫も部活に所属していないらしくその流れで一緒に帰ることとなった。

 女子と下校するのは小学生以来のため緊張気味である。雫と隣り合って歩く雄二はどこかぎこちない。

(僕が女の事一緒に帰ってるよぉ、こういう時って何を話せばいいんだろう・・・)

 そんな事を悩んでいると

「ねぇねぇ田村君」

 と雫の方から話しかけられた。考え事をしててボーっとしていた雄二は急に話しかけられ体をビクッとさせた。

「え、あ、どうしたの?」

「田村君ってさ、女の子が大食いで引いたりしないの?私の弁当箱を見ても何とも言わなかったけど」

「ん?何で?」

「だって女子があんなにバクバク食べてたら男の子だったら普通引いちゃうでしょ。このことで中学の時男子にからかわれたし」

「そうだったんだ、まぁ僕は別にそんな事全く気にならないけどなぁ」

「田村君はそういうの気にしないタイプなんだ」

「ま、そんなの個性でしかないでしょ」

「それで片付けられれば良いんだけどねぇ」

 雫は目を半分開けて憂鬱そうに言った。何か嫌なことを思い出したのかもしれない。

 それに対し雄二は、女の子と帰るときはどうすれば良いのかと未だに悩んでおり、相変わらずボケーっとしていた。

 そのため、油断して思っていたことをそのまま口に出してしまうのであった。

「でもモグモグとご飯を食べる千堂さんの姿は凄く可愛らしかったよ、最近はそれをお昼休みに見るのが楽しみになってるんだ」

「え、なっ・・・」

 とんでもない爆弾を投下してしまったが、雄二は無意識だったためそれに全く気付いていない。

「ちょちょちょっと、田村君はいきなり何をいいい言ってるのかな」

 雫は頬を染めてかなり動揺した様子である。自分のやったことに気づいていない雄二は心配そうに雫の顔を覗き込む。しかし彼女は顔を隠すように雄二に背を向けた。

「だ、大丈夫?千堂さん」

 そう雄二が問いかけると雫はモゴモゴと喋り始める。しかしそれは雄二に全く聞き取ることは出来なかった。

 そして、雫は顔をあげると

「それじゃあね」

 と言い残して雄二を置いて走り去ってしまった。

「え、ちょっと待ってよ」

 気づけばもう雫は雄二の視界から消えてしまっていた。

「何だったんだ・・・」

 一人で帰ることになってしまった雄二は仕方なくそのまま家に帰ることにした。何故雫は急にあんな態度になったのか首を傾げながら歩いているといつの間にか家にたどり着いた。

「ただいまー」

 自室に入り、椅子に座ってしばらくボーっとしていた。

 するとようやく気が付く。

「あれ?よくよく考えれば僕とんでもない事を言ってたな・・・」

 自分の発言を振り返ってみると酒に酔った際に喋った内容のようにその瞬間の記憶は若干薄いが、思い返せば確かに凄いことを口走っていたのだ。

「明日からどんな顔で会えばいいんだろう・・・」

 そんな事を考えたが、雫の様子を見るに怒っているわけではなかったため、最終的に終わったことをそんなに気にしてもしょうがないという結論に至った。

 そして明日雫に貸すためのライトノベルを選ぶために本棚を物色し始める。

 今日はわざわざ雄二に勉強を教えるために時間をとってくれたのだ。お礼もかねてここは真剣に選ぼうと考えた。

「千堂さんは確か可愛い女の子がいっぱい出てくる漫画が好きとか言ってたよな・・・」

 しかしそれだけでは候補を全く絞ることはできない。ライトノベルのほとんどには萌え要素があり、大抵の場合可愛い女キャラが出てくるからだ。

 そのためラノベ初心者の雫にどれを持っていけば良いのか分からなくなっていた。


 本棚を物色し始めて数分後、あるラノベの表紙が雄二の目に留まった。

「お、これは良いんじゃないか?これなら特に癖は無いし千堂さんにピッタリな気がする」

 雄二はそれをウキウキで鞄にしまい込んだ。


 そしてまた翌日、学校に登校してた雄二は自分の足取りが前と比べて格段に軽くなっていることに気が付いていた。少し前までは授業を受けるためだけに学校に行っていたため、本当に渋々だったのである。しかし今は雫に学校で会うのが楽しみで仕方なくなっていた。

 雄二自身も一人の人間と出会っただけでこんなに変わるとは思ってもみなかったのである。

(千堂さんと会えることを考えるともう学校はそこまで苦痛じゃないな・・・)

 軽い足取りで学校の門をくぐり、そのまま教室へ向かった。

 教室に着くと雄二はいつものように机に突っ伏し、先生がやって来るのを待った。

 1限の授業が始まり、そのままあっという間に4限の授業が終わった。

 4限の授業を終える号令が済むやいなや雄二は食堂へと向かった。今日は彼の方が来るのが速かったらしく雫の姿は見えなかった。

 弁当をテーブルに置いてしばらく待っていると、雫が入り口から入ってくるのが見えた。雫は雄二を見つけると手を振って駆け寄ってきた。

「おいっすー、田村君」

「おはよう、千堂さん」

 雄二の向かい側に座った雫は早速大きな弁当箱を広げた。

「そうだ千堂さん、昨日約束したラノベの方持ってきたよ」

「お、どんなのか楽しみだなぁ」

「普段ラノベを読まない千堂さんでもこれなら結構楽しめると思う」

 そう言って鞄から一冊の本を取り出した。

「これなんだけどね」

 その本を見て雫は一瞬言葉を失う。

「え?これって・・・」

 雄二が取り出したラノベの題名は"超料理魂"というへんてこなものだった。表紙には料理を美味しそうに料理を食べる女の子の絵が描かれている。

「このラノベのストーリーというのはね。今作の主人公である料理人志望である少年の誠大が料理人の家に修業のため泊まることになるんだけど、実は師匠含めてそこには女の子しかいなくて誠大が凄くドギマギしちゃうっていうものなんだ。そしてこの表紙に描かれている女の子は今作ヒロインで名前はちずるって言うんだ。主人公の料理をいつも美味しい美味しいって食べる食いしん坊なんだよね。それがめっちゃ愛くるしいのよ」

「そうなんだ・・・でも何で私にそれを・・・」

 雫は訝しげな顔で雄二を見る。大食いの雫にそういうラノベを見せたのだ、何か意図があるのだろう。しかしそれが全く分からない。

「何でって、このヒロインの女の子が千堂さんにそっくりだったからかな、千堂さんってさ、自分が大食いなことを気にしてない?」

「ま、まぁ気にしてないと言えば噓になるかな・・・」

「でもね、このラノベに出てくる女の子って大食いだけどそういう所も含めて凄く可愛らしいんだ」

 そう、これは雄二なりの雫に対するメッセージなのだ。

「だから、千堂さんは大食いであることを全く気にする必要が無いんだよ。大食いという事はマイナスなんかじゃなくて、ちずるのように魅力の一つなんじゃないかなって」 

「そんなこと・・・」

 雫は黙り込んだ。何かを考え込んでいる様子である。

(ちょっと調子に乗って踏み込みすぎたかな・・・)

 しばらく沈黙の時間が続くと、雫の表情は笑顔に変わっていき、最終的に堪えられず笑い始める。

「アハハハハ、君って面白いなぁ、わざわざそんな事を私に言うためにこれを持ってきたの?」

「そ、そうだけど・・・」

「そうかそうか、クフフフフ」

 雫はどうしても笑いを堪えられない様子である。そうなると雄二は自分が変なこと言ってしまったのではないかと心配になってくる。

「ご、ごめん、ちょっとおかしかったかな・・・」

「ううん、全然そんなことないよ、ありがとね、なんだか胸がスーッとしたよ」

「なら良かったよ千堂さん」

 雄二がそう言うと雫はほっぺたを膨らませた。

「なんかその千堂さんって言うのも他人行儀だなぁ、私は君ともっと仲良くなりたいよ、だから私のことは雫って呼んで、あなたの事を私は雄二って呼ぶから」

「え?で、でも・・・」

「でももクソもない、はいこれは決定事項です」

 雫は有無も言わせずにお互いで名前呼びすることを決定づけてしまった。雄二はと言うとそんな雫に圧倒されて何も言えなくなっていた。

「それじゃあ雄二、そのラノベだけど帰ったら早速読むよ、感想は読み終わり次第言うね、とはいっても雄二が選んでくれたんだから多分面白いだろうけど」

「面白いことは保証するよ、千堂さんに・・・」

「え?なんて?」

「し、雫に合いそうなものを選んだからね」

「それは楽しみー」

 雫は雄二から本を受け取るとルンルンとした様子で鞄にしまった。そして弁当の残りを食し、御馳走さまでしたと手を合わせた。

「雄二が言ってくれたようにこれからは大食いであることをコンプレックスに思わないようにするよ、もう気にしたって仕方が無いからね」

「お役に立ててよかったよ」

「それに、それを魅力だとか言ってくれる人がいるからね」

 そう言って雫は雄二の鼻を指先でツンと突いた。

「え・・・」

 雄二は耳まで真っ赤にしてしまった。それがバレないように彼は突っ伏してしまう。

「アハハ、どうしたの雄二」

 雫はそんな雄二を見てからかい交じりに笑った。

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