第96話デカス城


 夜九時。

 デカスドーム。


 いつもならプライベートルームに直行するのだが、今回は少しやりたい事があったので、敢えて屋外に【転移】した。


 生命を拒絶する極寒の地、デカス山頂。

 氷点下何度なのかまでは分からないが、デカスドームに守られていなければ、並の人間など数分で凍死してしまうだろう。

 この山頂へは、寒冷地に棲息する魔獣アイアンウィングですら滅多に近寄らない程だ。

 聞けば、この異常な寒さの原因は、デカス山脈のどこかにある危険地帯デッドゾーンの影響だという。

 正直、寒いのは苦手なので今のところは近寄りたくもない。


 温かい灯りが漏れているテツオ邸を横目に、実り豊かな農場、整備された人工河川を越えて、デカス城へと辿り着く。

 この城は、当初魔女エリンをお迎えする為に作成したのだが、結局気が変わってそのままにしてあったのだ。

 ここに、古代竜の竜女アルドゥヴァインを住まわせるのはどうだろうか?

 ところが、いくらアルを呼び出しても応答が無いので後回しにし、封印されし地下施設へと移動する。

 まだ何も設計してないので、空の倉庫みたいにだだっ広い空間となっている。

 さっそく【収納】から、ベルフェゴールことバアルの魔玉を取り出した。


 魔玉の用途には、異能スキル付与だけでなく、悪魔を召喚出来る機能も付いている。

 つまりは、魔王の配下をそのまま俺の配下に出来ると言う事だ。

 残念ながら、カースこと魔王マモンの魔玉で前に試した時は、虎型魔獣サーベルライガー、男淫魔インキュバス、妖魔インプ等の獣系か男型悪魔ばかり出て、一体も女型悪魔を喚ぶ事が出来なかった。

 爆死だ。


 恐らく、自分のレベルより高い悪魔は、【召喚】出来ない仕様なのだと予想する。

 今の俺は、既にレベル60。

 期待を込めて、バアルの魔玉を握り締め、【召喚術】を発動した。


「十連召喚術発動!」


 頭の中に召喚術式が浮かび上がり、眼前に魔法陣が展開された。

 魔法陣が高速回転し閃光が迸る。

 召喚成功!

 最初に姿を現したのは淫魔サキュバスだった。

 来たー!いきなり神引きじゃないの?

 むむっ?まだ魔法陣が光っている?

 閃光と共に二体目【召喚】!

 夢魔リリム!

 うほー!美女悪魔二連引きーッ!

 半裸でふわふわと宙に浮く二体を眺め、軽く感動に浸る。

 悪魔の青白い肌ってどうしてこんなに惹かれるのか?

 エリンやグレモリーの使い魔ではない俺だけの、真っ新な女悪魔ゲットに興奮してまう。


 十連引いて、残りはリザードマン四体、馬型魔獣バイコーン四体だった。

 あ、でも結局、ハーピー出なかったなぁ、新規で何体か欲しかったんだけど。

 まぁ、谷底で拾った六体あるしいいか。

 それにしても【召喚】って結構魔力持ってかれるな。

 単発召喚一体辺り魔力量五千消費するとして、十連で約四万五千。

 十連回した方が、一体分の魔力五千もお得となっているのは一体…………?


 ちなみに、こいつらを現界させ続けるには、その悪魔の強さに応じて、継続的に魔力を消費し続ける事となる。

 支配下から離す、すなわち接続を切れば、それ以降魔力は消費しなくなるが、供給元を失った悪魔は、魔力を求めて人間を襲う可能性大だ。

 魔王などは、悪魔を【召喚】するだけして現世に放置しとくも良し、命令したい時だけ支配すれば良し、と無責任放置プレイが可能だが、俺の場合は、悪魔を捨てるなどとんでもない!

 そこで便利なのが魔玉の悪魔保管機能だ。

 魔王クラスの魔玉なら百体近くの悪魔を保管でき、また好きな時に喚び出せる。

 また自身が召喚した悪魔であれば、魔玉へ送り返す事もできる。分かり易く言えば契約破棄。もちろん魔力は一切戻らない。


 もっと召喚しようか思案していると、悪魔二体が話し掛けてきた。


「召喚に応じて来てみれば、これニンゲンじゃなぁい」


 腰まである薄いピンク色の髪を靡かせるサキュバスが、俺を指差してせせら笑う。


「ニンゲンなんかに召喚されたなんて、クツジョクよ。怒りを通り越して、もう泣いちゃいそぉ」


 クリーム色でウェーブヘアが蠱惑的なリリムは、言葉とは裏腹に凶悪な笑みを浮かべる。


「ねぇ、坊や。どこでどんな偶然が重なったのかは知らないけどぉ、ソレはとーっても怖いお方の大事な物なのよ?」


「ソレをこちらに返しなさぁい。

 そしたらぁ、命だけは助けてア・ゲ・ル」


 どういう事だ?

 召喚主である俺に従わない、だと?

 ついでに、身体をジロジロ見ている事に気付かれたのか、色仕掛けで魔玉を奪おうとしている?

 やはり、体内に魔玉を取り込まないと、魔王の真の力を引き出せないのか。

 といっても、人間が魔玉を体内に入れた時点で魔人となってしまう。

 流石に人間は辞めたくないね。


「えっと、魔王バアル氏は私が倒しましてですねぇ。それで何というか、魔玉の所有権は現在、私に移っとるんですよ、ええ。

 そこんとこご理解の程宜しくお願い出来ませんかねぇ?」


 ああ、沸き立つ。高まる。込み上がる。

 二体はわなわなと怒り出し、本性を表した。

 魔力が跳ね上がり、身体に戦闘用の装甲外皮を覆わせた。

 見た目はほぼ半裸のままだが、戦闘力が格段に向上し、レベル50は軽く超えている。

 うん、いいね。強いし可愛い。


「【魅了チャーム】」


「【ダーク拘束バインド】」


 二体が唱えた魔法攻撃は、彼女達には申し訳ないが想定内、いや想定以下だった。

 この地下施設は、幾層にも魔術結界が張られ、術者以外の魔法行使を著しく抑制する。

 それは最早封印されている状態に等しく、魔法は発動と同時に霧散していく。


「なんでぇ?」「どぉしてぇ?」


 唖然とする悪魔達。

 困ったように身体をくねらせ、俺の様子を伺いだした。

 とどめだ!

 圧倒的な魔力を解放し、凄まじい波動が悪魔達の身体を突き抜ける。

 その衝撃は施設内を激しく震わせ、リザードマンやバイコーンは身体を大きくよろめかす。


 おっと、とばっちりを喰らわせてしまったな。

【回復魔法】を掛けてやると、バイコーン達は頭を垂れ、リザードマンは跪く。


「ココニ忠誠ヲ誓イマス……」


「コノ命マスターノ為二…………」


 何やこいつら、蜥蜴も馬も喋れるんかいっ!

 見た目で決め付けたら良くない例だな。

 整列し恭しく挨拶する八体を目の当たりにすると、女型以外破棄するつもりだったが、どうにも可哀想になってしまった。

 昨日の敵は今日の友、と言うしな。

 ペット感覚で飼っておくか。


「さて、お前らはどうする?」


 床でへばっている女型二体が、近付く俺から離れようと、力の抜けた足を必死に動かして後退りする。

 女に逃げられるのはちょっと傷付くが、逃げようとする女を追い詰めるのは、無性に興奮するな。


「マスタァのお兄ちゃん!ごめんなさいーッ!」


「ちょっと調子に乗っただけなんですぅー」


 両手をバタつかせ、懸命に命乞いをしている二体の容姿に目を奪われてしまった。

 装甲外皮はとっくに解除され、胸と股を隠すだけの極小面積の衣装は少しズレ落ち、計算なのか生存本能なのか、絶妙なチラリズムを構築している。


「命までは取らないから安心しろ。

 俺はお前らを召喚出来て、喜んでいるんだからな。

 さぁさぁ、近う寄れ」


 二体は顔を見合わせた後、ニヤリと笑って、宙を舞い、俺に絡み付いてきた。


「もぉー、驚かさないでよぉー。お兄ちゃん」


「私は坊やの事、最初っから認めてたわぁ」


 二体は慣れ慣れしく手足を絡ませ、身体を擦り寄せてくる。色々な柔らかい感触に興奮しちゃうなぁ。


「貴女、マスタァに向かって坊やって、無礼じゃなぁい?」


「何よぉ、屈辱とか言ってたくせにぃ」


「これこれ、喧嘩は止しなさい。

 お兄ちゃんも坊やって呼び方も、新鮮なプレイと思えば良き良き。

 お前らの使命は、俺をとことん満足させる事だ。見事、満足する事が出来れば、大量の魔力を注ぎ込んでやろうぞ」


「わぁ、とーってもいい子ね、坊や。

 いーっぱい満足させちゃうからぁ」


「お兄ちゃん、アタシもいい夢見せるから、たくさぁん可愛がって、たくさぁんご褒美ちょうだぁい」


 おおっ!おおっ!

 淫魔・姉と夢魔・妹のコラボ企画がいきなり連載スタート!

 リザードマンとバイコーンは沈黙したままその場で平伏しているが、何となく恥ずかしいので、八体全て魔玉の中へと戻しておいた。破棄ではなく、保管なのであしからず。


 ふかふかの巨大ベッドを出現させ、プレイコンティニュー。

 二体に俺の身体をマッサージさせる。

 二つの頭を撫でながら、ふと思考に耽る。

 呼び名がいるな…………。

 召喚された悪魔には真名があり、それを知る事で支配する事が出来る。

 他人に悪用されない為に、真名は隠さねばならない。


「何て呼ぼうか…………。

 そうだなぁ、サキュバスがプリンちゃん。

 リリムをミルクちゃんと呼ぼう」


「プリン……?よく分からないけど可愛いっ」


「お兄ちゃん?アタシ、ミルク出ないよぉ?」


 サキュバスは何となく喜んでいるが、リリムは不思議な顔をしている。

 それでもマッサージの手を止めないのは、プロフェッショナルである証だ。


「俺の先っちょから出るのもミルクだ」


 ————ここでピアノの単音。


 一回目フィニッシュ。リリムが涼しい顔をして、俺の魔力を込めた哺乳瓶から出るミルクを飲んでいる。

 流石は悪魔。強化していないとはいえ、こんなにあっさり持っていかれるとは。

 プラス、終始脳内を揺さぶる二体の声とマッサージの音は、人間一人を虜にするには過剰な効果を発揮している。


「ぶひぃぃ、ぎもぢえがったぁ」


「あぁん!すっごい濃厚なミルクぅ。

 美味しぃよぉ、とっても美味しぃよぉ」


 それを羨ましそうに見ていたプリンが、哺乳瓶からピュルリと垂れた一滴を舐め取った。


「あぁ、とっても濃い魔力ぅ!坊や、私にもいっぱい頂戴ぃ」

 

「いいよぉ、オネェちゃん」


 淫力を一段階強化!

 サキュバスの攻めは、ベルで学習済みだ。

 淫力は単純に二段階で二倍、三段階で三倍高めれるが、今回は初モノのサキュバス。そこまで必要なかろう。

 じっくりと俺好みに調教してやろうて。うひひ。


「いくわねぇ」


 プリンにマッサージされた瞬間、途轍もない快感が全身を駆け巡り、気が狂いそうになる。

 完全に舐めていた。ベルが俺に対して手加減していた事実に気付く。

 俺のペースに合わせて、ゆっくりとサキュバスの神髄を魅せていたのだ。

 そこには、人間味があった。

 プリンにはそれが無い。俺から魔力を吸い取ろうと無我夢中になっている。

 堪らず淫力二倍に相当する二段階目に強化して、ようやく正気を取り戻した。


 分析の結果、マッサージ器の無数の突起が付いた管が患部に数十本と巻き付き、それが魔力により高速回転し続ける。

 その管は、液体を排出したり吸い取ったり、繊毛が出たりと様々な働きが出来る様だ。

 淫魔のマッサージ器には、一体どれだけの機能が詰め込まれているんだろうか?


 優位を取ろうと、上に乗ったプリンちゃんのプリンとしたプリンちゃんをプリンする。

 マスターは舐められてはいけない。


「ニンゲンてこんなにっ、こんなに凄いのぉ?」


「俺は特別だっ!どうだっ!どうだっ!もっとか?もっとか!」


「もっとしてぇ。お姉さんをめちゃくちゃにしてぇ」


 えっ、本当にもっとなの?

 えぇい!俺の身体もってくれよぉ。

 淫力三倍だーっ!


「おらっ!おらっ!オラオラオラオラ!ドララァッ!」


「嘘っ!嘘嘘っ?やだ?お姉さんニンゲンに負けちゃうよぉー」


「行け!行っちまえっ!お願いだから行って!」


 ピンクの髪から漂う甘いフェロモンが鼻腔から俺の意識を奪いにかかる。

 くっ、まだだ!まだ終わらんよっ!

 不意に、ミルクがマッサージ中の俺の耳をカプッと噛む意外な一手。

 あ、あかんて。


 ————————


 気が付くと本革シートの上。

 大音量のユーロビートが流れ、ミラーボールの光だけが暗い室内をくるくると駆け巡る。

 ピンクちゃんが、曲に合わせて艶かしくダンスしている。

 その横で俺に身体を密着させて踊るミルクちゃん。

 なんて今夜はラッキーなんだ。

 憧れのお姉さんとダンスが出来るなんて。


「行っちゃう?」


「えっ?いいんですか?」


「いいよぉ」


「ファッ?…………」


 ザッパアアアァァン。


 ————という夢を見た。


 何という事だ。夢魔に幻覚を見せられていたんだ…………

 そして、ああ、負けた。

 なんて清々しい脱力感…………

 実際、勝ち負けなんて無いんだが、あんなリアルなイメージ見せられちゃうと我慢なんて出来る訳がない。


 ところが、ベッドの上を見てみると、奇跡が起きていた。

 淫魔のお姉さんがピクピク痙攣してるじゃないか!気絶しているぅ!

 まさかのダブルノックアウト!

 ドロー!会場の皆様、引き分けでした!

 ルールに乗っ取り、チャンピオン防衛成功!やりました!


「オ・ニ・イ・ちゃん?まだ行けそ?」


 いつの間にか、哺乳瓶をペロペロしておねだりしているミルクちゃん。


「やらいでか!」


 勝利のウイニングラン、あるいはシャンパンファイトと言うべきか、濃厚ミルクをたっぷり注ぎ込んだところで、今日の【召喚】ガチャ生配信を終わろうと思います。


 ご視聴ありがとうございました!

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