第95話ソニア③


 今から南の森のベースキャンプにひょっこり顔を出すのはまずいのではないか?

 そんな懸念が頭をよぎる。


 プレルス領で危険地帯デッドゾーンを攻略したニュースは、新聞等でいずれ国中に広まる事だろう。

 その際、プレルス領に居た筈の俺が、遙か遠方にあるジョンテ領南へ同時刻に現れるのは、常識的に考えておかしい。


 そういう訳で、ジョンテ領内テツオリゾートでも採用している簡易転送装置を、南の森周辺で見つけた集落に設営された【ノールブークリエ】のベースキャンプに設置する事に今決めた。

 これがあれば、そういった矛盾は解消され、俺が【転移魔法】を使える事実は秘密のままに出来る。

 いつまで秘密にする必要があるのかは、俺自身でもよく分かっていない。

 いずれ来たるべき日がくれば、お話ししましょう。


 転移装置については使用制限を設け、南の森攻略に携わる者のみを許可する事にする。

 こんな最強便利魔具は、人々から多くの仕事を奪いかねない。

 利便性は同時に危険性をはらむという。


 さて、まだ一日も経っていないが進展はあったのか、現段階での状況を聞く為に、ベースキャンプのある集落へと向かう。


 上空から眺めるが、漆黒の如き木の葉に覆われ、森内部の様子は何も見えず、不気味でしかない。

 そのすぐ近くに一際目を引く明かりがあった。

 拠点の集落だ。

 いくつもの篝火が焚かれ、その壁の内側に細々と動く【ノールブークリエ】の団員達が確認できる。

 入り口付近を見ると、以前仕掛けておいた罠が軒並み撃退したドルドルという名の熊型魔獣の骸が殆ど片付けられていた。

 あのままだと確かに不衛生だし、見た目も汚く良くないだろう。


「よし、あの辺りかな」


 二重に囲われた塀の内側に、転移装置と共に降り立つ。

 突然現れた謎の黒い立方体に、そして中から俺が現れた事に、近くにいた団員達を大層驚かせてしまったようだ。

 だが、ここにいる団員達の顔が誰一人分からない。

 これは俺の記憶力の問題ではなく、最近入ったばかりの団員や、一獲千金を狙い森にやってきた流しの冒険者達で、やはり初対面だったようだ。

 ともかく注目を集めるのは苦手だし居た堪れないので、話し掛けられる前にそそくさとその場を去る。


 途中、いい匂いがしたので目線を移すと、ドルドルが鍋やら串焼きやら、いい感じに姿を変え調理されていた。くぅ、食欲をそそるぜ。

 早く食べたい気持ちを抑え、作戦本部になっている幕舎へと入った。

 テントの中は、大人用ベッドを十人分くらい置いても余裕がありそうなくらい広い。

 暖色系のランプが、テーブルで事務作業に勤しむ人物を照らしている。

 中には団長が一人いるだけだった。


「団長、お疲れ様です」


「ああ、テツオか」


 なんか素っ気ないな。テーブルの上にある大量の書類から察するに、タイミングが悪かったかな。


「忙しそうですね。また出直します」


「ああっ!そんな事ないぞ!

 ま、待って!」


 頭を下げ帰ろうとすると、ガタガタと大きな音を立てて、ソニアが呼び止める。

 慌てる団長、可愛い。いじめたくなっちゃう。

 勢いでぶつかった机から雪崩れの様に書類が流れ落ち、ソニアが手を伸ばす。が、落ちはしない。

 魔力で書類を元通りに戻したからだ。


「ありがとう。便利だな」


 落ちた書類をせっせと拾う団長も、一見の価値がありそうだが、今回は助けておこう。


「団長は森に行かなかったんですね」


「そうなんだ。

 ふぅ、話ついでに少し食事休憩にしよう。

 書類は見るだけで疲れる」


 事務作業への苦手アピールなのか、顰めた顔を俺に向け、肩を回したり、大きく背伸びをした。

 その都度、大きな胸が動きこれでもかと存在感をアピールしてくる。

 やっぱり団長はすげぇ。改めて凄さがとてもよく、


「分かりました」


 焚き火の前に座り、先程見た熊鍋を団長によそってもらうと、団員達が物珍しい目で見ている。

 団長直々に配膳してもらえるなんて、こいつ一体誰なんだ?という目線だ。

 金等級ゴールドの腕章付けてるんだから、ある程度察してほしい。

 ソニア特製の鍋をかけ込むと、頬っぺたが落ちそうになる程美味い!

 甘辛煮で味付けされたドルドルの肉は弾力があって、噛めば噛むほど甘みが滲み出る。

 熱々のスープも出汁がきいてて美味い。

 寒い地域には身体を暖める系の料理が数多く揃い、ソニアは幼い頃から【ノールブークリエ】伝統のレシピを仕込まれてきたらしい。

 料理が出来る女はいい。


「見ての通り、新参の冒険者が増えたせいでな。リヤドに押し付けられた入団手続きの書類が山の様にある。参ったよ」


 なるほど、リヤドか。

 あのデカッ鼻は、呪いの森と恐れられる危険地帯デッドゾーンに、団長を行かせたくなかったのかもしれない。

 聞くところによると、既に百人以上の冒険者が森に潜入したらしい。

 この内、無事に帰れるのは何人だろうか?

 いや、そもそも冒険者は命をかける誇りある職業だ。俺が心配するのは、無粋で失礼だな。


「それと、他に点在する集落で見つかった子供達をここでまとめて保護している。

 大人達が行方不明なのはどこも同じのようだ。

 このまま戻らないのであれば、ジョンテ領で保護してもらえたら助かる」


「お任せ下さい」


 ソニアは肉を肴に、ただひたすら強い酒を涼しい顔でぐびぐびと飲んでいた。

 この地域では強い酒で寒さを紛らわす風習がある。

 程良く腹が膨れ一息つくと、待ってましたと言わんばかりに、ソニアがグラスを押し付けてきた。

 団長の酒は断れない。

 ついでに、聞きたかった事を聞くチャンスだと捉えよう。


「団長、我々には人を殺さないという誓いがあります」


「ああ」


「ヒトのカタチをした魔物と対峙しました。リザードマンは武具を巧みに扱い、ハーピーは言葉を使うのです。

 殺せなくなりました。私は、ヒトの基準が分からなくなってしまったのです。

 ヒトとはなんでしょう?」


 ソニアは焚き火の揺らめきを見ながら、話を黙って聞いてくれた。

 暫し沈黙し、酒を煽って一息付くと、俺の方へ向きを変え、真っ直ぐ見つめる。


「テツオは優しいな。

 その問いに団長として答えよう。

 テツオの言う通り、人の形を模した魔物は我々の判断を鈍らせ、罪悪感をもたらす。

 それでもな、テツオ。

 それらが敵として襲ってくるのであれば、護るべきものの為に躊躇なく倒すしかない。

ノールブークリエ】は無闇な殺生を禁じているだけだ」


 ソニアは話し続ける。

 既に助からない負傷者を楽にしてやる時。敵対者との力量差により命を奪ってしまった時。暴動、戦争時の危機的状況。

 等々、殺さざるを得ないいくつもの例を分かり易く挙げてくれた。

 そして、いつ如何なる時も、魔物であれ人であれ、命の尊重を義務付けた。

 ソニアは、命を軽んじる人間にだけはなってはいけないのだと、切に願っているのだ。


「胸のつかえが取れた気分です。

 ありがとうございます」


 ソニアは優しく微笑み、そうかと呟いた。

 いつも厳しい切れ長の目が、穏やかに緩むのを見ると、また頑張ろうという気になってくるから不思議だ。

 団長には、味方の士気を上げるスキルがあるのかもしれないな。


「それにしても、お前の顔を見たら少し疲れが取れたよ。不思議なもんだな。

 これも魔法なのか?フッ……」


 以前、グレモリーが言っていた事を思い出す。

 悪魔を支配下に置く、或いは魔玉を入手すると、その異能スキルの一部が付与されるという。

 グレモリーのスキルは、女性の愛をもたらす力。特に若い乙女に高い効果を発揮する。

【魅了】が解けても、女性達の俺に対する好感度が下がらない理由は、このスキルのおかげだったのかもしれない。

 そう考えると、男として育ったソニアが未だ自覚していない乙女の恋心も、俺の魔力が要因だと言えなくもない。


「恋の魔法なのかもしれませんね」


 団長が固まってしまった。

 強い酒でも変化の無かった顔がみるみる赤くなり、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くして驚いている。


「恋、…………恋だって?

 ハハハ、こんながさつな私が?」


「団長は、団長の重責に縛られ、女性である事を長く蔑ろにしてきた。幼い頃から強い男であろうとしてきた。

 それでも、団長は素敵な女性だと皆が思っていますよ」


「バッ、バカな事をっ!」


 恥ずかしさの余り団長は俺の肩を突き飛ばした。

 一瞬、視界が揺れ、走馬灯が脳裏を過ぎる。

 気付いた時にはベットの上だった。

 えっ?クリティカル?クリティカル入った?

 食事中のツッコミ程度にどんなパワー使ってんの?命、尊重してくれてる?

 ベットの横から、ソニアが俺の顔を覗き込む。


「すまん、テツオ」


「いえ、別に…………」


 ……………………


 おっと、不機嫌な顔をしていたかもしれない。団長が困ってるじゃないか。


「その、なんだ。テツオも……私の事を、…………女性として…………その」


 なんだよ、別の意味で困らせてしまっていたのか。

 焦ったくて、もどかしくて、思春期の乙女の様な初い反応に、こっちが恥ずかしくなってしまいそうだ。

 笑みが溢れてしまいそうになるのを我慢して、ソニアが欲しがっている言葉を選ぶ必要がある。


 一、「団長は、巨◯です」

 二、「団長は、ちょろいです」

 三、「団長は、素敵な女性です」


 一は真実だが、今言う台詞じゃない。二は時を戻せたとしても、絶対に言ってはいけない言葉だ。答えは三のみ。


「団長は、素敵な女性だと思ってます」


 俺の本心を伝えると、ボフッと擬音が聞こえそうなくらい、ソニアの顔が再び赤くなった。


「…………嬉しくもあり、恥ずかしくもある。

 胸がもどかしく、それでいて、あたたかい。

 これが魔法なんだとしたら、こんな感情を教えてくれた事に感謝したいな」


 なんだよ、団長。もしかしてキュンキュンしてるんすか?キュンキュンしてるんすかー?


「も、もし魔法が解けたら、どうします?」


「また…………掛け直して欲しい」


 なんだ、この青春っぽいやり取りは?

 俺の方も、もどかしくなって、あたたかくなって、先っちょキュンキュンしてきましたよー!これが切ない恋心なんすねー!


 団長の頭に手を回し、ぐっと引き寄せ、強引に唇を奪う。柔らけぇ、けど酒臭ぇ。

 だが、酒の匂いも酔った女も嫌いじゃない。


 いつも、団長から迫られているから、今回は俺が主導権を握らせてもらおう。

 ベットに引き寄せ、革製の軽装備を外し、シャツを一気に毟り取る。その間、僅か一秒。

 自分を見たソニアは、今までで一番恥ずかしい顔を見せ、両手で顔を隠した。

 え?隠すとこ、そこ?

 ところが奇しくも、両肘と閉じた脚が患部を、ものの見事に隠している。


「恥ずかしいんですか?」


「おかしいんだ。今夜は何故か凄く意識してしまっている。

 とても恥ずかしい」


 顔隠団長。圧倒的爆◯。急激括腰。細長脚。興奮不可避。

 テント内を【鋼鉄アイアン防壁ウォール】で隠蔽して覗かれない様にし、ソニアへマッサージを施術開始した。

 二基の巨砲にトリップしてしまいそうだ。まさに夢心地。

 でも、そろそろ顔が見たくなってきたので、両腕を強制的に広げさせた。

 ソニアの俺を見つめる目は潤み、口からは熱い吐息を漏らす。

 こんな団長は見た事がない。

 前よりも感じ易くなっているのか、施術する度に敏感に反応するので、虐めたくなって執拗にマッサージした。


「テツオ…………」


 次第に肩で息をし出し、もう耐えきれないといったご様子。

 こんな状態の団長に、続けて大丈夫か?と思いつつ、辛抱たまらず追加のマッサージ。


「ふあぁっ!」


 突き抜ける快感に、大きく身体を仰け反らし、両脚で俺の腰をギリギリと締め付ける。

 とんだ暴れ馬だ!

 魔力で軽く自由を奪い、顔を埋めたまま、変幻自在の施術で思いっきり堪能する。

 次々と押し寄せる快感に戸惑う女らしい反応。

 それらをずっと見ていたくて、何度嫌がってもお構い無しにマッサージしまくった。


「やめてって、言ってる、のにっ!壊れるっ!ひゃんっ!」


 ひゃん?

 可愛いっ!団長可愛いっ!

 どっから出た?その声はっ!

 くっ、やめられないっ!止まらないっ!

 なんなんだ、このパワーは!俺は人間超えたっ!ふんふんふんっ!

 ああっ、ソニアの身体から力が抜けていくではないか。

 気絶するまでマッサージしてしまった。

 では、そのままフィニッシュ!

 マッサージ気ィ持ちいいィーッ!



 ————————



【回復魔法】と【覚醒魔法】を絶妙にブレンドさせ、微睡みの状態でゆっくりと起きてもらう。

 甘美で気持ちのいい目覚めは、余韻を引き立たせる俺の優しさだ。

 俺に腕枕されているソニアが薄目を開けて、俺を見つめている。


「モーガンの爺様に、ジョンテ領に行くって言ったら猛反対してきてな。

 ホームであるサルサーレを離れる事は絶対に許さんとか何とか。

 そこで、なんとか説得しようと、真剣にテツオの話をしていると、突然、大笑いして許可してくれたんだ。あの堅物が簡単に折れた事に驚いたよ。

 でも、私のテツオへ抱いている感情に爺様が気付いたんだと、今なら分かる」


 そこで、ソニアは口を噤んだ。

 ソニアの緊張が伝わってきて、俺も黙っている事しか出来ない。


「テツオが好きだ」


 真っ直ぐなソニアらしい告白だ。

 はぐらかす訳にはいかない。


「俺も好きですよ」


 そう答えると、ソニアの頬っぺたが暫くヒクヒクしていたが、我慢出来なくなったのか満面の笑みに変わった。


「…………ありがとう、とても嬉しい。嬉しいよ。

 …………だがな、私はテツオを困らせるつもりはないし、何かを求める訳でもない。

 ただ、こんな素晴らしい感情を教えてくれたお礼がしたいだけなんだ。

 だから、テツオが私を求める限り、私はそれに応えようと思う」


 この世界の、この国の人々の特徴なのか、冒険者に対して、あまり期待しない傾向にある。

 結婚する冒険者は圧倒的に少ないのだ。逆に、冒険者を辞めてから結婚する者は多い。

 確かに、危険な冒険者稼業と安定した結婚生活とでは、対極に位置するだろう。

 そうだとしても。


「それでいいんですか?」


「私にはたくさんの可愛い団員達がいる。

 お前ばっかり優遇すると、また爺様にどやされてしまうよ。ハハハ」


 それでは団長は、団長であり続ける限り…………

 天幕に吊られたランプの微かに揺れる灯りを眺めていると、ソニアがギュッと抱きついてきた。


「二人でいる間は、団長と団員じゃなく、恋人の様に接してくれたら嬉しい。

 あと、また前みたいにソニアと…………呼んで欲しいな」


「分かりました。あ、いや、分かった。

 ソニア、お前は俺の女だ」


「…………うん。

 次は気絶しないよう頑張るから、もう一度、貴方を感じさせて」


 団長に貴方と呼ばれる特別感にゾクゾクと興奮してしまい、結局また気絶するまでマッサージしてしまった。


 明日また来ます、と書き置きを残し、この場を去る。


 どうやら、淫魔サキュバスから圧倒的な淫力を授かった俺は、もはや女一人では満足できない身体になってしまった様だ。


 …………この先、自分を抑えきれるだろうか?

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