第97話テツオ邸

 人間は便利なモノに慣れてしまうと、大事なモノを失う危険性がある。

【転移】での移動に慣れてしまうと、テツオ邸から漏れるこの癒される温かい灯りに気付けないところだった。


「ただいまぁー」


 引き続き、夜九時。

 初めて玄関から入っての帰宅。

 お迎えが無いとしても、孤独に慣れた俺にはへっちゃらさ。

 それでも、今日も無事、自分の家に帰ってきたという安堵感が全身に広がる。

 エントランスには、誰が飾ったのか花やオブジェが飾られ女性ならではの気遣いがあった。

 さぁ、何をしよう?ついつい早歩きになってしまう。

 そうだなぁ、たまにはリビングでゴロリと転がるのもいいだろう。

 まだ起きている女性がいるなら、一緒に酒を飲むのも良い。


 設計の際に拘った薄い水晶で出来た半透明の自動扉がシュッと開くと、女性が一人そこに立っていた。

 どうしたんだ?通りすがりか?

 通りすがりであれば、確かにこのエントランスの一角には、サルサーレとジョンテに繋がる転移装置があるが。

 とはいえ、この子はピンク色のエプロン姿で、お出掛けにしては些か露出が高すぎないか?


「お、おかえりなさい、ませ」


 いや、もしやこれはお出迎えというやつか?

 そうだとしたら、な、なんと嬉しいものなのか。


「あの、…………ご主人様?」


 微動だにせず軽い感動に浸っている俺に、どうしていいのか分からず、戸惑い立ち尽くしている女性の名前はピノ。サルサーレの花屋の一人娘だ。

 デカスドームでの役割は農作業と家事全般。

 人見知りで、あまり話す方では無いが、何事にも一生懸命頑張る真面目で素直な子だという印象だ。

 というのも、救助した三十五名の女性達、通称メリーズの情報は、あくまで映像と音声を掻き集めて得た情報であり、俺自身、朝食時以外でそこまで話した事は無いのだ。

 中には俺と親密になろうと、積極的に接触してくる者もいるが、大半はメイドとして一定の距離間を保っていた。


 既に彼女達は、一人一人が俺のハーレムの一員である事を自覚していて、メルロスが作ったというルールが叩き込まれている。


 ルールは三箇条、也。

 一つ、「ご主人様に抱かれてもみだりに吹聴しない事」

 二つ、「寵愛を授かる順番はご主人様の恣意的な判断であり、規則性は無く、一切邪推しない事」

 三つ、「ご主人様の言う事は、絶対」


 三つ目なんかは王様ゲーム丸出しのルールだが、この三箇条をメルロスが皆に伝え、そして全員が了承したという。

 それでも、いずれはローテーションを作成し、全員平等に寵愛を与え続けなければいけないと、メルロスに念を押された。

 感覚が人間とズレている。

 彼女は時折、嫉妬を見せる事もあるが、ここでは何故だか皆に俺の素晴らしさを広めようとしている節がある。

 それはまるで、布教活動する伝道師の如し。

 差し詰め、三十五人の女性達は熱心なテツオ教信者といったところか。


 ともかく、俺はルール1と2のお陰で、好きなタイミング、好きなシチュエーションで彼女達を寵愛出来る。

 ありがたや、メリー。

 またいっぱい可愛がってやるからな。


「あのぉ……」


 背が低いピノが、俺を恐る恐る見上げている。


「あっ、ああ、すまない。

 出迎えありがとう」


 俯くピノ。ふむ、少し照れるのも可愛いね。

 お陰様でメリーズ達には、緊張もしないし、ましてや吃ったりもしない。

 だから、ちょっと浮ついた台詞を言う事も出来ちゃうのだ。


「いえ、そんな。

 あの、えっと、お食事にされますか?お風呂にされますか?

 それとも……………………ぽっ」


 …………ぽっ?幻聴か?

 照れた擬音が聞こえたぞ?

 そして、なんだそのムラムラくる選択肢は?

 メルロスめ、どんな教育施してやがる。


 ピノは居た堪れなくなったのか、後ろへ振り返り、長い廊下を歩いてリビングへ向かおうとする。

 が、その後ろ姿は俺の目を釘付けにした。

 てっきりエプロンの下には、定番になっているキャミソールとショートパンツかと思いきや、下着である白いパンツ一枚履いただけで、上は何も付けていないではないか!

 キュッと結ばれたエプロンの紐が、ウエストの細さを強調し、余った部分がヒラヒラと垂れ下って揺れている。


 思わず、追いかけて肩を掴むと、ピノがビクッと驚いた。


「ひゃうっ」


「その格好はどうしたんだ?もしかして、…………虐められているんじゃあないか?」


 驚かせて悪いが、そこんところをはっきりさせたい。

 三十五人もの人間が一つの家で共同生活していけば、多少の摩擦が生じても仕方がないと思っている。


「いえ、そんなっ、お姉様方は皆お優しい方ばかりです」


「そうなのか?じゃあ、お前は恥ずかしがり屋な筈なのに、どうしてそんな露出した格好をしているんだ?」


「っ…………!」


 広くて長い廊下が沈黙に包まれる。

 もし、ハーレム内に様々なハラスメントが広まっている事態であるなら、メルロスの監督不行届きとして、厳しく事情聴取しなくてはいけない。


「あの……、わっ、私は内気で、目立たない人間、ですっ。

 ここに来てからは、ご主人様と、お、お話どころか、目が合った事もありません」


 ピノが堰を切った様に話し出した。

話慣れてないせいか、吃らないように真剣に言葉を紡いでいる。


「メルロス様や、お姉様方の様に、スタイルも良く無いですし、取り柄もありません」


 そんな事無いんだけどなぁ。

 健気なとこや、内気なとこも、点数高いの分かんないかなぁ。


「そ、それでもっ!ご主人様に、いつか私を、見ていただきたくて!」


 ピノは切羽詰まって、一生懸命過ぎて、いっぱいいっぱいになってきている。


「うんうん、ちゃんと聞いてるから、落ち着いて話しなさい」

 

「あぁ、も、申し訳ありません…………

 それで、お姉様方に相談しましたら、この格好で、アピールするのはどう……かと、ご指導頂いたのです。

 あの…………、如何でしょうか?」


 こっちまで緊張が伝染るくらいだったが、吃りつつも、しっかりと話し切った事を褒めてあげたい。


「あぁ、そのエプロン姿とても良く似合ってるし、ピノは凄く可愛いよ。男なら誰もが反応してしまうだろう。

 さぁ、俺の手を握るんだ」


 ピノはとても緊張した面持ちで、言われた通り、俺の手に触れた。

 視界が暗転する。


【転移】


 次にピノが目を開けた時、幻想的な光景が広がっていた。

 室内に無数の光の玉がふわふわと舞うように漂っているのだ。


「蛍みたいだろ?あ、いや、知らないか。

 これは光文蟲というエルフの魔法なんだ。

 改良してあるけどね」


 ご主人様の言う事は、良く分からなかったけど、その優しい光の魔法?を見ていると、ピノの心がほわっと温かくなった。


「綺麗、ですね」


「ああ、手をかざしてごらん」


 ご主人様の言う通りにすると、ピノの周りに光がほわほわと集まり、手に吸い込まれて…………


「…………え?」


 彼女の脳内に、まるで夢を見てるみたいに、色んな映像が流れてくる。


 ゴーレムと一緒に畑に水を撒いたり、立派に実った野菜を摘んで大きな笑顔になるピノ。

 慣れなかった調理が徐々に上手くなり、出来た料理の味見をして破顔している。

 エントランスに綺麗な花を飾り、満足げに微笑む。

 それは彼女がこのデカスドームで生活してきた今までのほんの一部分だったが、ご主人様はきちんと見てくれていたのだ。


 ピノは、閉じた目から涙を流して震えていた。


「花を飾る気遣い、仕事の一生懸命さ、俺はちゃんと見てたよ」


 それと、サイズが大きいエプロンの隙間から望む絶景もちゃんと見てるよ。はすはす。


「そして、お前の笑顔は俺の活力になっていた」


 目を開けたピノは、堪らず抱きつきご主人様と叫びながら泣いた。

 優しく髪を撫でる感触がする。

 その手はとても温かく、心が次第と落ち着いていく。まるで、魔法にでも掛かっているように。


「そんなっ、ご主人様のお陰で、私は笑える様になったんです!」


「あんな辛い事があったのに、良く立ち直ったな。偉いねぇ、偉いねぇ」


 そう励ましながら栗色の髪を撫でていると、ピノは俺を見上げて尋ねてくる。


「メルロス様やスカーレット様が仰っていた通り、ご主人様は偉大で素晴らしいお方でした。

 もし、許されるのでしたら、私も…………お慕いしてよろしいですか?」


 ピノの控えめな態度に興奮を抑えきれず、つい力強く抱き締めた。

 ああ、初々しい反応がたまらんね。


「もちろんだ。お前は大事なハーレムの一員なんだ。寵愛を受ける権利がある」


「嬉しいです」


「さ、身体の力を抜いて、身を全て委ねなさい」


 ピノの目から流れる涙を拭い、緊張でカチコチになっている身体をじっくりと解しながら、マッサージを開始していった。


 初で素直な子は扱いやすくていいさね。

 光文蟲に、監視カメラの映像を編集して保存しただけ。

 更に、この部屋中に舞い続ける光文蟲を、高性能カメラへと変形させ、マッサージ映像を万遍なく録画しよう。はすはす。




 メリーズ完全制覇まであと…………30人。

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